
By: Yuya Tamai
「春告魚(はるつげうお)」と呼ばれる魚がいる。
文字通り、その魚が捕れるようになれば、
「春」が来た、という意味で捉えられる魚のことである。
かつて「メバル」について書いた際に、
「メバル」は「春告魚」と呼ばれていることを書いたが、
釣りの対象魚としては、ほぼ通年で釣ることの出来る「メバル」も
本来は春が旬なのである。
ただ、日本で「春告魚」と呼ばれる魚は、
決して「メバル」だけではない。
魚介類の豊富な日本において、春先に旬を迎える魚は多い。
そんな魚のうち、いくつかが「春告魚」と呼ばれている。
例を挙げてみれば「ニシン」である。
最近では漁獲量が激減し、ほとんど市場に出回らない「ニシン」だが、
かつてはこの魚も「春告魚」と呼ばれていた。
ただ「ニシン」が捕れる海域というのは、北日本だけである。
関東、東海地方で「春告魚」ということになると、
これは「メバル」と「サヨリ」である。
これらについては、広く日本の全域に渡って捕獲されるが、
この2種を「春告魚」と呼んでいるのは、関東、東海だけである。
同じ関東でも、伊豆諸島では
「ハマトビウオ」を「春告魚」と呼んでいる。
この「ハマトビウオ」もまた、「ニシン」と同じように、
その漁獲量が激減した魚である。
そして我らが関西、瀬戸内地方で「春告魚」といえば、
まず、思い浮かぶのは播磨灘で捕れる「イカナゴ」だろう。
春になり、「イカナゴ」漁が解禁されると、
キロ単位でパック詰めされた「イカナゴ」が、
大量にスーパーの鮮魚コーナーに並ぶことになる。
神戸から姫路辺りに住む主婦たちは、競ってこれを買い求め、
これで「イカナゴの釘煮」と呼ばれる佃煮を作る。
これはもう、兵庫県の春の風物詩のようなものである。
ただ、この「イカナゴ」についても、
年々、その漁獲量は減ってきており、
ここ数年は春先になると、イカナゴ不漁のニュースと、
それによる価格の高騰が、TVなどで報じられるようになった。
そしてもう1つ、瀬戸内の「春告魚」として、
忘れてはならない魚が「サワラ」である。
サワラは、サバ科サワラ属に属する海水魚である。
サバ科、というだけのことはあり、
その姿はどことなくサバに似ている。
ただ、サバに比べると胴体がうすく、魚体は細長い。
サバが大きいものでも50㎝前後までしか成長しないのに対し、
サワラは1mを超すサイズものもの存在する。
口が大きく、顎には鋭い歯があるため、
サワラを釣り上げた場合は、針を外す際には注意が必要である。
釣り上げるときには直線的な引きを見せるが、
いざ釣り上げた後には、体を痙攣させるようにして暴れる。
この点も、サバに似ているといっていいだろう。
ただ、暴れている時間は極めて短く、
あっという間に死んで、動かなくなってしまう。
潔いのか、虚弱体質なのか、判断に困る所だ。
すぐに死んでグッタリとしてしまうことから、
讃岐地方では「グッテリ」などと呼ばれることもある。
体の側面には、頭から尾に続く斑点が、幾筋もついている。
このサワラもメバルと同じく、ほぼ1年中、味の良い魚だが、
5〜6月の初夏にかけて産卵するため、その直後には味が落ちる。
卵の直径は1.5〜2㎜と、サバ科の魚の中でも
特に大きい卵を産卵する。
産卵数は約85万個で、これらは一昼夜、
波間を漂いながら孵化する。
瀬戸内の地方の中には、このサワラの卵を干して
「カラスミ」を作る所もある。
良く知られたボラの「カラスミ」と違い、
魚卵の粒が残り、より濃厚な味わいがあるとされる。
旬とされるのは、関西では春、関東では冬であるが、
一般的には冬の寒鰆の方が脂がのりがよいとされる。
皮が薄く、身が水分を多く含んでいて柔らかいのだが、
反面、鮮度が落ちやすく、身割れが起こりやすい。
関東では塩焼き、西京漬で食べることが多く、
関西ではこれ以外にも、刺身、照り焼き、蕪蒸し、押し寿司、
煮付け、フライなど、かなり多岐に渡る食べ方がある。
サワラは、漢字で書けば魚編に春で「鰆」となる。
まさに「春告魚」の面目躍如という所だろう。
サワラの「サ」は「狭」を表し、「ワラ」は「腹」を表している。
つまり続けて書くと「狭腹」となる。
これは腹が細く、薄い魚体を表しており、
幼名の1つである「サゴシ」も、漢字にすれば「狭腰」となる。
これまた、腰の辺りが細いサワラの姿が語源である。
先に触れた通り、「サワラ」はサイズによって
名前が変わっていく出世魚で、
関東では、サゴチ → ナギ → サワラ、
関西では、サゴシ → ヤナギ → サワラ、
土佐では、ゴシ → サゴシ → ヤナギ → サワラと、
その呼び方が変化する。
関東のナギと、関西のヤナギについては、
恐らく、その語源については同じだと思われるし、
(ヤナギが関東で縮められ、ナギに変化した?)
サゴチとサゴシにしても、同様である。
土佐では、関西の呼び分け方に、
さらに小さいサイズのものを付け加えて、4つに呼び分けているが、
ゴシというのは、サゴシの変じたものだと思われる。
ただ、成魚の名前は「サワラ」で変わらないものの、
それより小さいサイズのものに関しては、
サゴシとヤナギが入れ替わっている地域もあるようだ。
5月の中旬、播磨灘の沿岸各地でもサワラ漁が本格化し、
我がたつの市の室津漁港でも、1m近い大物が水揚げされ始めた。
基本的にサワラは1年中食べることの出来る魚だが、
関西ではやはり、この春の時期のサワラが旬である。
水揚げされたサワラはすぐに冷凍され、
各地の市場へと送られていく。
スーパーなどでは、常時販売されている
味噌漬けや醤油漬けの切り身の他に、
新鮮な生の切り身などが並ぶようになるが、
90年代後半にはその漁獲量が落ち込み、
瀬戸内海全域でも千t以下になってしまった。
80年代後半には、6千tの水揚げがあったから、
わずか10年ほどの間に、漁獲量は6分の1以下に
落ち込んでしまったことになる。
さすがにこれはマズい、ということで、
漁期の制限や稚魚の放流などの取り組みが進められ、
2010年以降には、千〜2千tほどの漁獲量に回復した。
正直、漁獲量としては、まだまだ心もとないくらいなのだが、
一応、右肩下がりの漁獲減にはストップがかかった格好だ。
これからの漁獲量回復に期待したい。