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健康の森

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By: k g

現在、自分が住んでいるのはたつの市である。
自分が子供のころは、龍野市であった。

「たつの市」は、2005年10月に、
龍野市、揖保郡揖保川町、
揖保郡新宮町、揖保郡御津町が、
合併して出来た、新しい「市」なのである。

かつての龍野市には、小学校が7校存在した。
龍野小学校、小宅小学校、揖保小学校、
神岡小学校、誉田小学校、揖西東小学校、
そして自分の母校である、揖西西小学校だ。

当時から龍野市は「田舎」であり、
そんな「田舎」都市にある小学校の中でも、
我が揖西西小学校は、格別に田舎であった。
通学区域は、全小学校の中でも圧倒的に広かったのだが、
その全てが「田舎」としか言いようのない状態であり、
よく隣の揖西東小学校の連中からは、
「おまえらの学校区域には、信号機もない」
などといわれて、バカにされていたのである。

さらにいえば、小学校の立地自体、
東と北の二面が山に接しているという、
なんとも言い訳しようがないほどの、立地であった。
「山に面しているなんて、緑が豊かでいいなぁ」
などという意見もあるかもしれないが、
残る南面と西面も、水田と畑が広がっており、
結局、四方全てが緑に囲まれているのである。
もう、緑は超過状態であり、
それこそ掃いて捨てるほど緑は豊かであり、
逆にいえば、緑を掃いて捨てれば何も残らない、
それが我が母校、揖西西小学校なのである。

そんな田舎の母校に在学していたころ、
学校のスローガンのようになっていたのが、
「健康優良児を量産しよう」
というものであった……、と思う。
思う、とはっきりしていないのは、
当時小学生だった自分が、在校している間中、
そう言ったムードが、学校内に漂っていたからだ。

実際、自分の在校中に、
プールが新しくなったり、
体育館が建てられたり、
目の体操というものが作られたり、
「西小体操」という名の、エアロビクスをさせられたり、
一輪車が導入されたりした。
プールや体育館に関しては、
普通に施設の新築といえなくもないが、
それ以外のものは、
どれも他の小学校には存在しないだろう。
(最近は、一輪車を導入している小学校も多いと聞くが、
 30年前の段階で導入していた所は、
 ほとんど無かった)

だが、この「健康優良児量産計画」において
最大のものが「健康の森」の創設であろう。
……。
なんだ、「健康の森」って?と思われる人ばかりだろう。
この「健康の森」というのは、学校東側の山の、
学校側斜面を伐り開き、
一大アスレチックパークにするというものである。
学校東側の山は、学校から峰の辺りまで、
ほぼ丸裸にされ、
そこに20種類ほどの遊具が、設置された。
斜面自体、結構傾斜がきつく、
そんなところに遊具を設置するのは、
大変だったと思うが、
これを作ってしまったのである。

おお、市もよくそんなに金を出したし、
施工業者の人も大変だったろうなー、
と思われるかもしれない。
大間違いである。
この、山を伐り開いて作られた
アスレチックパーク建設には、
業者というものは、全く関わっていない。
これを作り上げたのは、全校生徒の親たち、
つまりPTAだったのである。
さらに遊具の作る際に使われた材料である。
遊具はその全てが、
木材を中心にして作られていたのだが、
これは新しい木材ではなく、
どこかで使われていた廃材の再利用であった。
そのほとんどが、すでに使われなくなった
材木製の電柱であり、これに腐食を防ぐ塗料を塗り、
遊具の材料とした。
学校活動の一環として、駆り出されたPTAたちには、
本当に頭の下がる思いだ。
(しかも、恐らく日当は出ず、タダ働きであった)
廃材を使い、PTAをこき使って完成したアスレチックは、
以降、揖西西小学校の名物として、
長く愛されていくことになるのである。

完成した、アスレチックに、
ほとんどの子供たちは大喜びであった。
このアスレチックは「健康の森」と名付けられ、
この施設を最大限利用すべく、
2時間目と3時間目の間に、
20分間の「健康タイム」というものが設けられ、
子供たちは、半ば強制的に「健康の森」へと追いやられ、
そこで遊ぶことを義務づけられたのである。

……。
こういう風に書くと、
「あんた、どうも嬉しそうじゃないね」
という声が聞こえてきそうだ。
その通りである。
子供のころ、絵を描いたり、
本を読んだりすることが好きだった自分は、
運動はあまり好きではなく、また体力もなかった。
だから学校が推し進めていた、
「健康優良児量産計画」のごときものは、
苦手分野を押し付けられるものであり、
先の一輪車や体操の件も含めて、
「余計なことをしてくれた」というのが、
偽らざる本音であった。

しかし、あの当時、どうして揖西西小学校だけが、
一輪車にせよ、体操にせよ、アスレチックにせよ、
他校にないものを、推し進めることが出来たか?

どうも今、思い返してみれば、
ある1人の先生が、かなりの熱意を持って
「健康優良児量産計画」を推し進めていたようである。
一輪車にせよ、体操にせよ、
その先生が「噛んで」いるというのは、
わりとよく聞いた話であり、体操の件に関しては、
市が行なっていたエアロビクス教室に赴き、
熱心にその様子を見学していたと、
母親から聞いたことがある。
自分としては、あまり嬉しくない学校の方針だったが、
それでもこの先生のバイタリティには、
脱帽せざるを得ないものがあった。

わりとグチグチと、
小学生時代の愚痴を書いてしまったが、
子供のころに、
強制的に山へ追いやられた体験というのは、
歳をとって、山に登るようになった現在、
かなり役に立っている。
安全とか、そういう面の配慮があるのかも疑わしい、
急斜面のアスレチックを駆け回らせられたことにより、
崖であろうが、急斜面であろうが、
全く冷静さを失わず、すいすい進んでいくことが出来る。
子供のころの「アレ」がなければ、
きっとこうはなっていなかった筈であり、
そういう意味で、現在の山趣味は
あのころの強制的な山遊びが、
その下地になっているといえる。

子供のころ、イヤでイヤでしようのなかった
あの「健康優良児量産計画」は、
結局の所、回り回って、自分の趣味に役立っている。
同級生で、運動の得意だった連中より、
今現在、山に登って楽しんでいる自分の方が、
健康になっているのではないかと思われる。

そう考えると、あの「健康の森」は、
30年ほどの時を経て、
自分を健康にしてくれたわけである。

「健康の森」に感謝。

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