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箸の立つ粕汁。

更新日:

うちの「粕汁」は、箸が立った。

唐突に何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、

本当に我が家で作る「粕汁」は、箸が立ったのである。

それはあれでしょ?

具沢山で、その間に箸を突き立てるから、箸が立ったんでしょ?

と思われるかもしれない。

否である。

カレーでいう所のルーの部分、

つまり粕汁から、具材を取り除いて、残った汁に箸を刺すと、これが立ったのだ。

ちなみにうちの実家のカレーのルーに箸を突き刺しても、立ったりはしない。

詰まる所、うちの粕汁は、カレーよりも濃厚であったことになる。

ここまで書いて、ふと気になった。

ひょっとして「粕汁」って、なんだ?

と思っている人が、いるかもしれない。

粕汁。

「かすじる」と読む。

ひどい名前だが、この料理を正確に言い表している。

肉や魚、野菜を切って煮た汁の中に、酒粕を溶かし込んだものである。

うちではみそ汁などと同じ、汁物としてカテゴライズされていたが、

世の中にはこれを鍋物として食べている所もある。

三平汁や石狩鍋などにも、味付けに酒粕を入れることがあるが、

いわばこれの簡易版が「粕汁」なのである。

この粕汁、実は出自が不明である。

いつごろから作られているのか?

発祥の地は一体どこなのか?

全てが謎に包まれている。

いつも使っている国語辞典の中には「粕汁」という項目はなく、

古い百科事典を引いてみても、「粕汁」という項目はなかった。

昔から愛用している料理本を2冊、調べてみたが、

やはり「粕汁」の作り方は載っていなかった。

ただ、「塩鮭のかす煮」という料理が載っており、

これが少し「粕汁」に似ていたが、所詮は煮物なので、

出来上がりはまるで別物だった。

ただ、調べていくと、どうも関西地方で昔から食べられていたらしい。

発祥の地については、はっきりと書かれているものはないが、

酒の神様が祀られていた奈良辺りか、

造り酒屋の多かった京都・伏見辺りではないか、ということであった。

では、粕汁に不可欠な酒粕は、いつごろから作られていたのか?

冷静に考えてみれば、酒は神代のころから作られていたわけであるから、

酒粕もそのころから存在していたはずである。

文献の中に「酒粕」らしきものが出てくるのは、

「万葉集」に収められている歌の中である。

この中に、山上億良の「貧窮問答歌」というのがある。

これに「糟湯酒」というものが出てくる。

これは酒粕をお湯に溶いたもので、当時の安酒であった。

ただ、このころの酒粕は現在のもののように、

酒を絞った後に残る、しっかりとした個体ではなく、

酒樽の下に沈殿した、澱のようなものであった。

上澄みである澄んだ酒は、上流階級にまわされ、

一般庶民は底に沈んでいた酒粕を湯に溶き、自分たちの酒としたのだ。

記録によれば、このころの酒粕は、病人に配布されたり、

人夫の給料代わりに支給されたりしていた。

酒粕といえども、栄養は豊富で、それなりの価値はあったようだ。

恐らくは、酒粕から酒を絞ってはいたが、

当時は技術が未熟で、酒粕の中に酒の成分がたっぷりと残っていたのだろう。

しかし、酒粕を湯で溶いて酒にしていたのならば、

このころはまだ、粕汁を作るということはなかっただろう。

現在のような酒粕が作られるようになったのは、室町時代のことだ。

もろみを絞って、酒を液体と個体に分ける。

この液体の方を「清酒(すみさけ)」と呼んだ。

個体の方は「奈良酒(ならざけ)」と呼ばれ、土地の漬け物に利用された。

この酒粕を使った漬け物というのが、「奈良漬け」である。

ところが、「奈良漬け」の歴史は室町時代よりずっと遡る。

平城京の跡地から発見された、長屋王木簡には「粕漬瓜」という記述があり、

これが文献に現れる「奈良漬け」の最古のものである。

先に書いた通り、このころの酒粕は酒樽の底にたまる沈殿物であったが、

「粕漬瓜」はこの沈殿物に、瓜をつけ込んだものだったと考えられる。

室町時代に作られるようになった、固形の酒粕。

これらは江戸時代に入り、一般庶民の間に広まっていく。

この酒粕が当初「奈良酒」と呼ばれていたことからも、

これは奈良が発祥の地である。

きっちりと酒を絞り切った酒粕「奈良酒」では、

いくら湯に溶いた所で酒にはならない。

恐らくは、これを機に、料理への転用が盛んに行なわれるようになったはずだ。

その中で、酒粕を使った汁物、「粕汁」が作られたのではないだろうか?

実は現在でも「粕汁」というのは、地域性の高い食べ物だ。

主に関西地方で食べられ、

他の地域の人は「粕汁」の存在を知らないこともある。

これも考えてみれば当然のことで、

当時、上等な酒は、ほぼ関西で作られていた。

この酒を樽に詰め、樽廻船にて江戸に運んだ。

これを上方から下ってくる酒、「下り酒」と呼んだ。

当然のことだが下っていくのは、酒だけである。

酒粕は、生産地である関西に残され、そこで様々に再利用された。

その中で、様々な酒粕を使った料理が生み出された。

「粕汁」というのは、その流れの中で作られ、

現代まで生き残った料理なのだ。

さて、話を我が家の「粕汁」に戻そう。

箸の立つ、半ペースト状の我が家の「粕汁」は、

これでもか、というくらい大量に投入された、酒粕の産物だ。

「粕汁」の入った鍋は、白いマグマのようにプクリ、プクリと泡が立っていた。

後にイベントかなにかで、「粕汁」を食べる機会があった。

その時になって初めて、自分の家の「粕汁」が異端であることに気がついた。

以降は「粕汁」をポットのお湯で薄め、箸が立たないようにして食べた。

最近では「粕汁」を作ることもなくなったが、

また久しぶりに作ってみてもいいか、とも思う。

その際、箸が立つように作るか、立たないように作るかが、悩みどころだ。

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