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ソーセージ

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子供のころ、自分は非常に好き嫌いの激しい子供だった。

好きなものはとことん好きだが、
嫌いなものはとことん嫌いという、
かなり極端な嗜好を持った子供で、
好きなものと嫌いなものの比率でいえば、
大体、「好き」が1割で、「嫌い」が4割、
「そのどちらでもない」が、
5割くらいを占めていたのではないだろうか?
つまるところ、随分と嫌いなものが多く、
好きなものの少ない子供だったようだ。
もちろん、嫌いの中でも喉を通らないほど嫌いなものは、
4割の中の1割ほどで、
残りの3割はイヤではあるものの、
食べられないこともないという程度だったので、
実際には、出されたもののほぼ9割は
食べていたことになる。

その数少ない、
好きなもののひとつが「ソーセージ」だった。
それも普通の「ソーセージ」ではなく、
粗く挽いた肉で作る、「粗挽きソーセージ」である。
あの独特の、ポリッポリッとした食感が大好きで、
母親に何が食べたいかと聞かれると、
いつもそれをリクエストしていた。
そうすると母親は、買い置きの「粗挽きソーセージ」を
フライパンで適当に焼いてくれる。
子供のころの自分は、
「これ」をおかずにいくらでもご飯を食べていた。
今、改めて考えてみれば、
結構、扱いやすい子供だったのかもしれない。
買い置きしておいた「粗挽きソーセージ」を、適当に焼いて
食べさせておけば、ゴキゲンな子供なのだ。
ソーセージを焼くのに失敗して、
皮が弾けようがどうなろうが、
とりあえず目の前にご飯とソーセージを出しておけば、
文句も何もなく、ただ黙々とご飯を食べている。
母親からは、3人の子供の中で「もっとも味音痴」と、
極めて不名誉な評価を与えられていたが、
手間のかからなさと、扱いやすさでは
「もっともラクチン」という評価を
与えられていたに違いない。

「ソーセージ」は、鳥獣類の肉を挽肉にして、
様々な調味料や香辛料で味付けし、
羊やブタの腸に詰めたものである。
この腸のように挽肉を詰める管状のものを
「ケーシング」と呼び、
動物の腸を使ったものの他にも、コラーゲンやプラスチック、
セルロースなどで作られた人工のものもある。
日本では日本農林規格により、
牛腸、または太さが36㎜以上のものをボロニアソーセージ、
豚腸、または太さが20㎜以上36㎜未満のものを
フランクフルトソーセージ、
羊腸、または太さが20㎜未満のものを
ウィンナーソーセージと呼んでいる。
さらに日本では、材料に魚肉を使用したものもある。
これは魚肉ソーセージと呼ばれ、
他国にはない、魚食文化の進んだ日本独特のものである。

ソーセージがいつ、どこで作られ始めたかについては、
はっきりしたことはわかっていない。
ただ、3500年前のエジプトや、
古代バビロニアで「ソーセージらしきもの」が
食べられていたという伝承がある。
これらの他にも、同じ時期に似たような伝承がある所から、
ソーセージは3000年~3500年ほど前から
作られていたのは間違いがないようだ。
ソーセージらしきものが文献上に初めて出てくるのは、
3000年前に、古代ギリシャで書かれた
ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」で、
「脂身と血を詰めた山羊の胃袋」というものが出てくる。
今日でいえば、「血」を使ったブラッドソーセージだろうか。
また、同じ古代ギリシャの都市国家(ポリス)の広場に
腸詰め屋があったという伝承も残っている。
これらの伝承などから判断すれば、
3000年ほど前の地中海沿岸から中東地域で、
ソーセージは誕生しており、
その最初のものは肉ではなく、
脂身や血(恐らくはレバーなどの内蔵も使ったかも)を
詰めたものだったようだ。
殺した家畜から肉を取り去り、
残った部位を利用して作った、
一種の「廃材利用」だったのかもしれない。

ソーセージの語源については諸説あり、
牝豚をあらわす「sau」と香辛料のセージ「sage」が、
ひとまとめになったものという説、
ラテン語で塩漬けをあらわす
「salsus」からきているという説、
そして塩水をさす「sause」と、寝かすをさす「age」から
塩漬けにして熟成させたものが
「ソーセージ」になったという説などである。
どの説でも、何らかの調味料や香辛料が
その語源に取り入れられている所から見ても、
もともとは現在のものよりも塩分濃度を高くした、
保存性の高いものだったのかもしれない。

現在、ソーセージといえばドイツ、
ドイツといえばソーセージ、という風に考えてしまうほど、
ドイツとソーセージは強く結びついているが、
ドイツでソーセージが作られ始めたのはいつごろなのか、
はっきりしていない。
ヨーロッパにソーセージの技法が伝わったのが、
十字軍の遠征以降のことらしいので、
少なくとも11世紀末から12世紀初頭くらいまでは、
ドイツにもソーセージはなかったようである。
ドイツではソーセージのことを「ブルスト」と呼ぶが、
この「ブルスト」という言葉が生まれたのも、
第1回の十字軍遠征と同じころのことになっているので、
時系列で考えれば、中東から持ち帰った「ソーセージ」を
ほぼ当初から「ブルスト」と呼んでいたことになる。

ソーセージが日本に伝わったのは、意外に遅い。
同じ肉の加工品であるハムは、
幕末にはすでに「臘干(らかん)」として、
文書に記録されているが、
ソーセージに関しての記述はない。
日本人がソーセージを食べた記録としてもっとも古いものは、
第1回遣米使節に随行した森田岡太郎の記録で、
「豚の油煮、ことのほか味よろしくおぼゆ。
 これは豚の腸のうち、ヒャクヒロの汚物をのぞき、
 豚肉の正味へ、コショウ粉を混和し、
 ヒャクヒロへ詰め込み、油にて煮候ものの由」
とある。
「油煮」とあるところから、油で揚げたものか
フライパンなどに油をひき、焼いたものだったのだろう。
「ことのほか味よろしく」とある所からも、
肉食に慣れていなかった日本人にも、
受け入れやすい味だったのだろう。
日本には、魚肉を同じように練って固めた食品
(ちくわや蒲鉾、さつま揚げなど)があったので、
肉をそのままの形で食べさせる料理よりは、
抵抗も少なかったのかもしれない。
本格的に、日本にソーセージが伝わったのは、
第1次世界大戦の際に捕虜になったドイツ人たちが、
日本人にソーセージを作る技術指導をしたのが
最初である。
このときのドイツ人技術者は、
カールレイモン、ヘルマンウォルシュケ、ローマイヤー、
バンホーテン、ブッチングハウスなどで、
現在でも、彼らの名を冠したブランドが
日本に残っている。

今回、ソーセージについて調べていると、
現在ドイツで人気を博している、
「カリーブルスト」なるものについての情報を
いくつか見た。
この「カリーブルスト」、調理法を見ている限りでは、
日本の家庭でも簡単に作れそうなので、
最後にその作り方を紹介しておく。

と、いってもそれほど難しい作業は必要なく、
焼いたソーセージにカレー粉と、
トマトケチャップをかけるだけである。
ドイツではフライドポテトなどと一緒になって、
街角の屋台などで販売されているらしい。
ビールのおつまみとしてもいいかもしれない。

興味のある人は、作ってみてはどうだろう。

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