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マドレーヌ

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どれくらい前のことだったかは忘れたが、
最近では「マドレーヌ」のことを
「フィナンシェ」と呼ぶ、という話を耳にした。

その話を聞いたとき、自分はただ「ふーん」と思っただけである。
時代の移り変わりとともに、物の名前が変わっていくのは
そう取り立てて珍しいことでもない。
「ズボン」という言葉は「パンツ」という言葉に変わっていったし、
「ジャンパー」という言葉は「ブルゾン」をいう言葉に変わった。
食べ物でいえば、「スパゲッティ」を「パスタ」と呼ぶように
なったのも、その一例だろう。
(厳密にいえば、「パスタ」という大きなカテゴリーの中に
 「スパゲッティ」という名のモノがある、
 ということになるのだが……)
この手の言葉の変遷は、我々の身の回りで常に行なわれており、
これに乗り遅れるようなことがあると、
「時代遅れ」「ダサイ」などという、
不名誉なレッテルを張られることになる。
自分は昔からこういうことには疎く、
いまだに「ズボン」、「ジャンパー」、
「スパゲッティ」などの言葉を使っている。

「マドレーヌ」が「フィナンシェ」に変わったという話を聞いてから
しばらくの後、「マドレーヌ」を頂く機会があった。
自分自身、「マドレーヌ」でも「フィナンシェ」でもいいと
思っているので、いちいちその辺を指摘したりはしない。
あくまでも「マドレーヌ」として、そのお菓子を頂いた。

が、そのとき頂いた「マドレーヌ」は、
どうも自分の知っている「マドレーヌ」とは、形が違っていた。
自分の知っている「マドレーヌ」は、
カップケーキを上から押しつぶして平たくしたような、
円板状のものだったのだが、このとき貰ったモノは
なんだかちょっと細長い感じで、
表面には幾筋もの波模様が入っていた。
もちろん、アルミ箔や紙で出来たカップには入っておらず、
1つ1つ、ビニールパックで個包装されている。
思わず「なんだ、これは?」と首をひねってしまったのだが、
一口食べてみると、味は確かに「マドレーヌ」らしかった。
最近の「マドレーヌ」は、こんな風になっているのかと、
時代の移り変わりを感じてしまった。

で、それからしばらくの後、ふと、そのときのことを思い出し、
インターネットを使って「マドレーヌ」について検索してみた。
あのとき食べた、ミョーな形をした「マドレーヌ」について、
調べてみる気になったのだ。
だが、調べてみて分かったことは、
あのミョーな形をした「マドレーヌ」こそ、
実は本来の形の「マドレーヌ」そのもので、
自分がイメージしていた、
カップケーキを押しつぶしたような「マドレーヌ」は、
日本で作り出された、日本独自のものであったらしい。
さらに調べてみると、「マドレーヌ」と「フィナンシェ」は
よく似てはいるものの、全く別の種類のお菓子で、
「マドレーヌ」が「フィナンシェ」に変わった、
なんていうことはないらしい。
……。
本当にあのとき、余計なことをいわなくて良かったと、
胸を撫で下ろした。

「マドレーヌ」というのは、フランス発祥の焼き菓子だ。
無塩バター、バターと同量の小麦粉、卵、砂糖、
ベーキングパウダーなどを混ぜ合わせた生地を、
貝殻型の焼き型の中に入れて、焼き上げる。
自分が見た、あのミョーな波模様は、
どうも貝殻を模したものだったようである。
同量のバター、小麦粉、砂糖、卵を混ぜた生地というのだから、
これはパウンドケーキの生地と、全く同じであると考えていい。
個性を出したければ、この生地に香料やドライフルーツ、
レモン汁などを加えるのもいいだろう。
ある意味でいえば、この「マドレーヌ」というのは
パウンドケーキの亜種であると、いえるかもしれない。

この「マドレーヌ」の発祥については、有名な話がある。
1755年、フランスのロレーヌ地方、
元ポーランド王・スタニスラスの宮廷でパーティーが開かれていた。
ところが、そのパーティーの途中で、
館の料理長とパティシエがケンカして、
パティシエが館を飛び出していってしまった。
困り果てていると、館で召使いをしていた
マドレーヌ・ポルミエという女性が、あり合わせの材料と、
厨房にあったホタテの貝殻を使い、祖母から教わった菓子を作った。
このとき作られたのが、現在にも残る貝の形を象った
「マドレーヌ」であるという話である。
この菓子を気に入ったスタニスラスは、
ルイ15世に嫁いでいた娘に、この「マドレーヌ」を送った。
このため「マドレーヌ」は、
ヴェルサイユやパリでも評判になったという。

この他にも、1661年に枢機卿・ポール・ドゥ・グロンディが、
お抱えの料理人マドレーヌ・シナモンに、
揚げ菓子の生地から新しい菓子を作らせた、という説や、
サンディアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼のため、
そのシンボルであるホタテ貝を象って、
マドレーヌという女性が作ったという説もある。

ただ、先に書いたように「マドレーヌ」に使われている生地は、
パウンドケーキに使われているものと、同じものである。
このパウンドケーキが最初に作られたのは、
18世紀初頭のイギリスでのことで、
これは卵を膨張剤として使い始めた時期とも一致している。
これを考えれば、1755年のフランスで
この生地を使った菓子が生み出されたというのは
時代が合っているが、1661年の説では、
時代が逆転してしまう。
(もちろん、あくまでもこれは生地の関係から、
 パウンドケーキが先で「マドレーヌ」が後という前提の話だ。
 ひょっとしたら「マドレーヌ」の方が、
 パウンドケーキに先んじていた可能性もある)
少なくとも、これら3つの説に共通しているのは、

・フランスで誕生したということ
・マドレーヌという名の女性が、これを作り出したということ
・ホタテの貝殻を型として使ったこと

という3つである。
時代の前後はあるものの、17〜18世紀のフランスで
マドレーヌなる女性によって作り出されたということは、
間違いがなさそうだ。

では、この「マドレーヌ」はいつごろ日本にやってきたのか?
はっきりとしたことは、調べてみてもよく分からなかった。
ただ、これが日本に入ってくる際、
「パン・ド・ジェーヌ」と呼ばれるパンと混同され、
「パン・ド・ジェーヌ」の型で「マドレーヌ」を作ったのが、
日本の円板状の「マドレーヌ」の始まりだったようだ。
(「パン・ド・ジェーヌ」は、直訳すれば
 「ジェノバのパン」という意味。
 これはローマジパン(アーモンドと砂糖で作ったペースト)を
 生地に混ぜ込んであるため、独特の深みのある味わいがある)
恐らく、洋菓子が日本に持ち込まれ始めた、明治以降のことだろうが、
このタイプの「マドレーヌ」が現在でも残っている辺り、
ホタテの貝殻を象った型を作るよりは、
円板状の「パン・ド・ジェーヌ」の型の方が、
簡単に作りやすかったのだろう。

さて、自分が最初に間違って教えられた「フィナンシェ」だが、
これは17世紀のフランスで作り出された焼き菓子である。
生地に大量のアーモンドパウダーが混ぜられており、
金塊を象った型に入れて焼き上げられる。
「フィナンシェ」という言葉自体、
「金持ち」という意味だというから、大概である。
生地に使う卵は「マドレーヌ」のように全卵ではなく、
卵白のみを使うという。
だが、インターネットでレシピを検索してみると、
その材料の中には卵黄が入っているのもあるので、
存外、その辺りはいい加減なのかもしれない。

こうして、自分の「マドレーヌ」と「フィナンシェ」に関する
勘違いは、誰にも知られることなく、修正された。
知識というのは、裏付けを持って、
初めて「生きた知識」となる。
それを思い知らされた、お菓子であった。

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