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スパゲッティ

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By: yoppy

最近では、スパゲッティのことを「パスタ」と呼ばないと
旧人類のような扱いを受けるらしい。

自分などは、幼少のころから
「スパゲッティ」で通してきているので、
今更、これを「パスタ」と呼んでと言われても、
うまく対応することが出来ない。
少なくとも、細い麺状のものに関しては、
どうしたって「スパゲッティ」ということで
頭の中に刷り込まれており、
「パスタ」なんてことになると、
マカロニの出来損ないというか、
餃子の出来損ないみたいな形をしたものをイメージしてしまう。
何でも、細い麺状のものにしても、
「スパゲッティ」と呼ばれるものは、
ある一定の範囲の太さのものだけで、
そこから外れた太さのものについては、
また別の名前がついているという。
非常にややこしいようにも思えるが、
日本の麺類も太さによって「うどん」「そうめん」などと
呼び分けられていることを考えてみれば、
「スパゲッティ」についても、
ごく当たり前の呼び分けをしているに過ぎない。

現在では、こういうややこしいことになっている
「スパゲッティ」だが、自分がまだ子供だったころ、
「スパゲッティ」の世界は極めて単純な世界であった。
つまり、自分が子供のころには、
「スパゲッティ」といえば、
「ナポリタン」か「ミートソース」しかなかったのである。
もちろん、「パスタ」なんていう単語は使われていなかった。
少なくとも、自分が子供だった当時、
現在「パスタ」として認知されているもので、
自分の身の回りに存在していたのは、
「スパゲッティ」と「マカロニ」だけであった。
「スパゲッティ」は、先に書いたように
「ナポリタン」か「ミートソーススパゲッティ」にしか調理されず、
「マカロニ」は、「グラタン」か「サラダ」に
調理されるだけだった。
トマトケチャップにまみれた「ナポリタン」は、
喫茶店の定番メニューの1つだったし、
崩れた煮込みハンバーグをかけたような
「ミートソーススパゲッティ」は、
喫茶店や、オシャレなレストランのメニューに名を連ねていた。
我が家では、「グラタン」や「サラダ」の具材として、
「マカロニ」を使うことはあったが、
「スパゲッティ」に関しては、全く食べることがなかった。
だから、自分が初めて「スパゲッティ」を食べたのは、
小学校の学校給食で出てきた「ナポリタン」が最初であった。
数百人単位の食事を作っている給食では、
どうしたって「スパゲッティ」も作り置きしておかねばならず、
そんなマネをすれば、どうしたって麺はのびてしまう。
ものの本などによれば、「スパゲッティ」の最高の茹で加減は、
麺の中心に髪の毛1本の太さの芯がある
「アルデンテ」という状態らしいが、
作り置きの「スパゲッティ」にそんな絶妙な茹で具合が
期待出来る筈もない。
自分はぐったりと伸び切った
ケチャップまみれの「スパゲッティ」を食べ、
「スパゲッティ」というのは、極めてマズいものであると、
思い込んでしまったのであった。

「スパゲッティ」は、イタリア料理で使われるパスタの一種で、
ヒモのように細長い、麺状のものをさす。
日本では、麺状のパスタをひとくくりにして
「スパゲッティ」と呼ぶことが多いが、
実際に「スパゲッティ」と分類されるのは、
断面が円形で、その直径が2㎜弱のものである。
これよりちょっと太いものを「スパゲットーニ」、
ちょっと細いものを「スパゲッティーニ」と呼ぶが、
日本では、そこまで細かい呼び分けはされていないようである。
主にデュラム小麦粉のセモリナと、塩、水で作られているが、
中には鶏卵、イカスミ、トウガラシ、ホウレンソウなどを
練り込んだものもある。
日本で一般的なものは、麺を乾燥させた「乾燥スパゲッティ」だが、
これは元々、飢饉に供えた保存食であり、
16世紀半ばにナポリで発明されたものである。

「スパゲッティ」の歴史は古く、
その歴史は紀元前4世紀まで遡ることが出来る。
チェルヴェーテリにあるエルトリア人の遺跡からは、
現在のものとほぼ同じ形態の、パスタを作る道具が出土している。
古代ローマの時代には、ラガーナと呼ばれるパスタがあったが、
これは現在のもののように茹でて食べるものではなく、
焼いたり、揚げたりして食べていたようである。
「麺」というよりは、
パンやビスケットに近いものだったのかも知れない。
現在と同じような食べ方が記録に現れるのは、
1224年に書かれたジェノバの公正証書である。
「スパゲッティ」の由来として、
マルコ・ポーロが中国から麺類を伝え、
それを元にして「スパゲッティ」を作ったというものがあるが、
これはあくまでも俗説に過ぎない。
18世紀ごろまでは、「スパゲッティ」は全く庶民の食べ物で、
彼らは茹でた「スパゲッティ」にチーズをのせて、
これを手づかみで食べていた。
1770年代に、ナポリ国王フェルディナンド2世が
宮廷で「スパゲッティ」を出すように命じ、
これを少しでも品良く食べるための道具として、
「フォーク」が発明された。

日本に「スパゲッティ」が入ってきたのは、
江戸時代末期のことである。
日本にやってきた西洋人たちが、
外国人居留地で食べ始めたのがその始まりで、
1883年にフランス人神父が、長崎で製造を開始した。
日本人の手によって国産スパゲッティが作られたのは、
1928年のことで、兵庫県尼崎市の
「高橋マカロニ」によって製造された。
しかし、広く一般家庭で「スパゲッティ」が
食べられるようになったのは、
戦後の1960年代ごろからだが、その後20年ほどは、
「ナポリタン」と「ミートソース」のみの時代が続く。
1980年代に入り「イタリアン」ブーム、
いわゆる「イタめし」ブームが起こると、
本場イタリア風の様々な「スパゲッティ」が日本に入ってきた。
さらに日本の食材を使った「和風スパゲッティ」も
いくつも生み出されることになった。

「スパゲッティはマズい」という自分の考えが変わったのは、
まさにこのころのことである。
ちょうど、自分は高校生ぐらいだったと思う。
このころ、新しい「和風スパゲッティ」として、
「たらこスパゲッティ」というのが世に現れた。
これがウマかった。
ほぐした「たらこ」がバターと生クリームであえられ、
それが茹でたての「スパゲッティ」に絡められており、
和風の「たらこ」と、洋風の「スパゲッティ」が、
これほどまでに合うものかと、驚いた。
麺についても、それまでの「ナポリタン」のように
伸び切っておらず、しっかりとしたコシがあった。
この「たらこスパゲッティ」を食べて、
それまで「スパゲッティ」に抱いていたイメージは一変した。

ちょうど本格的なイタリアンスパゲッティが
あちこちの店で販売され始めたころである。
「カルボナーラ」「ペペロンチーノ」「ボンゴレ」などなど、
現在では定番となった、様々なイタリアンスパゲッティが
世に出てきたのである。
このころに出てきた本格的イタリアンスパゲッティは、
どれもそれまでの「ナポリタン」「ミートソース」とは、
比べ物にならないほどウマいものであった。
まもなく自分は大学に合格し、
一人暮らしを始めることになるのだが、
そのころには、スーパーにも「スパゲッティ」コーナーが作られ、
様々な種類のスパゲッティソースが棚に並んでいた。
大方の商品は、茹でたスパゲッティに絡めたり、
レトルトパックに入ったソースを温めて、麺にかけるもので、
料理の腕の未熟な男子大学生にとっては、ありがたいものであった。

それから、さらに20年。
最近では、野菜や肉を適当に味付けして茹でたスパゲッティに絡め、
自分オリジナルのスパゲッティを作れるほどに、
スパゲッティに馴染んでしまった。
大学時代、スパゲッティにレトルトのソースを
絡めることくらいしか出来なかったことを考えれば、
自分のこととはいえ、素晴らしい成長と感嘆せざるを得ない。

人間、何事も続けてさえいれば、
大概のことは出来るようになるものである。

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