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ヒシ

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子供のころ、児童雑誌などを読んでいると、
たまに「忍者」特集をやっていた。

どことなく怪しく、常人には及びもつかないような
高い能力を持った「忍者」は、子供心をくすぐる。
そういうものを見越してか、子供向け雑誌などでは
たまに「忍者」の特集を組むことがあった。
もちろん、時代考証を行なった本格的なものではなく、
あくまでも子供向けの怪しい特集であったため、
中には
「巻物を口にくわえて、大きな蝦蟇に変身する」などという、
マンガか講談のような話についても、
書かれているものがあった。
さすがに、当時の子供たちでも
「それ」を本気にするような者はいなかったが、
そういういかにも「うさんくさい」話も含めて、
「忍者」というものには子供を惹き付ける、
魅力があったのである。

そういう「忍者」たちの使った道具の話になると、
忍者刀、手裏剣などとともにとりあげられるのが「撒菱」だ。
「撒菱」と書いて「まきびし」と読む。
忍者が敵に追われた際、これを地面に撒くと
追っ手の足の裏に刺さり、
追っ手の足を止めるというものだ。
写真やイラストなどで紹介されているものを見る限りでは、
鉄製のものが多く、鉄の釘(?)が数方向に伸びており、
地面にバラまくと、必ず上方向に釘が向くようになっている。
底の分厚い軍用ブーツなどではなく、
大方の人間が藁で出来た「草鞋」を履いている時代のことである。
たちまち撒菱の釘は、履物の底を突き破り、
足の裏に深く突き刺さることになる。
木製の高下駄などを履いていれば、足は無事だろうが、
今度はマトモに走ることが出来ず、敵を逃すことになる。
シンプルだが、なかなか恐ろしい武器である。
この撒菱、普段は竹筒などの中に入れておき、
いざ、敵に追われた際は、竹筒を振り払い、
路上に広く撒き散らしたという。
また、これを直接的に振りかけ、武器にすることもあったらしい。

ただ、他の忍者の逸話と同じく、
この話にも実際とは違っている所がある。
撒き散らした「撒菱」のほとんどが、鉄製ではなく、
竹製か木製であったということである。
忍者が活躍していた戦国時代、
鉄というのはまだまだ高価なものであった。
だから、「撒菱」のような使い捨ての武器に鉄を使うのは、
経済的にもかなり厳しかったということになる。
それに当時の履物は草を編んで作られているような、
ものばかりなのである。
わざわざ鉄製の撒菱でなくても、木製や竹製のものでも
十分な効果が期待出来た。
そして、この木製や竹製の「撒菱」と同じように、
多用されていたのが、天然の「撒菱」である。
……。
いやいや、天然の「撒菱」って何だよ?
という突っ込みが聞こえてきそうだ。
そもそも「撒菱」という言葉を、もう一度良く見直してみよう。
「まき」と「びし」に分けられることに気付くだろう。
このうち、「まき」というのは、そのまま「撒き」の意味で、
「撒く」「撒き散らかす」などといった意味である。
では何を撒き散らすのか?といえば、
当然、それは残りの「びし」である。
この「びし」というのは、本来的には「ひし」である。
では、この「ひし」が何を意味しているかといえば、
「ヒシの実」を意味しているのである。
「ヒシの実」は、池などによく生えている水草「ヒシ」の
種子のことである。
この「ヒシの実」は、横から見ると菱形をしており、
その両端には鋭い2本の刺が生えている。
そもそも「菱形」という形自体、
「ヒシの実の形」という意味の言葉なのである。
本来的には、鋭い棘のついているこの「ヒシの実」をばらまいて、
追っ手の足を遅らせたのが、「撒菱」の始まりなのである。

ヒシは、フトモモ目ヒシ科ヒシ属に属する、
1年草の水草である。
池沼に生え、種子は食べることが出来る。
そう、「撒菱」というのは、
本来、食べることの出来るものだったのだ。
「ヒシの実」には、デンプンが52%も含まれており、
茹でるか蒸すかして食べると、クリに似た味がするという。
詰まる所、茹でるか蒸すかした「ヒシの実」は、
武器というよりも、むしろ忍者の非常食という意味合いが
強かったのかも知れない。
忍者たちは「ヒシの実」を、撒くためではなく
食べるために持っていたのではないだろうか?
そして敵に追いかけられた際、少しでも荷物を減らすために
非常食として持っていた「ヒシの実」を
捨てたのではないだろうか?
たまたまそれが追っ手の足に突き刺さり、
その追跡の邪魔をしてくれた。
以降は、敵に追いかけられた際、「ヒシの実」を撒いて、
その脚を止めるために、使われるようになったとも
考えることが出来る。
携帯食料と撒菱の両方を兼ねていた「ヒシの実」は、
やがてそれぞれの役割の上で、
もっと高性能なものに取って代わられた。
携帯食料としては、兵糧丸などに代表される各種丸薬、
撒菱としては、木製や竹製のものに代わったのだろう。

植物としての「ヒシ」は、池沼などの水面一杯に
広がるようにして繁茂する水草だ。
先に書いたように1年草なので、
その年のうちに成長し、種子を残して枯れてしまう。
この種子こそが「ヒシの実」なのである。
葉の形は菱形で、放射状に広がっている。
葉柄が膨らみ、内部がスポンジ状になっており、
ホテイアオイによく似た構造になっているが、
ホテイアオイとは違い、水面に独立して浮いているのではなく、
水底へと茎が伸びており、根も張っている。
「菱形」「撒菱」などの言葉の元になった「ヒシ」だが、
葉、種子ともに「菱形」をしているので、
どちらが「菱形」の語源になったのかは、はっきりとしていない。
日本全国に広く分布しており、
種子は北海道や九州でも、重要な食料として用いられていた。
九州の福岡県や佐賀県などでは、
栽培もされており、かなり大粒のものが出荷されている。
もちろん、その辺の野池の「ヒシの実」も食べることは出来るが、
栽培品種に比べれば、サイズはかなり小さくなる。

最近では、あまり目にすることも少なくなったが、
自分が子供のころは、うちの近所の野池の岸にも
多くの「ヒシの実」が落ちていた。
独特の形をしているので記憶に残っていたのだが、
まさか食べることが出来るものだとは、思わなかった。
正直、ちょっと食べてみたいような気もする。
秋には種子が出来るので、
水草の生えている池の近くに行くことがあれば、
久しぶりに「ヒシの実」を探してみようかと思う。

さすがに食べてみるかどうかは、わからないが。

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