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焼き鳥

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By: Haseo

世の中には、たまにワケのわからないものが存在する。

「豚肉の焼き鳥」なんていうのは、その最たるものだ。
「豚肉の焼き鳥」という言葉を打ち込んでいるときも、
なんともいえない違和感を感じる。
普通であれば、豚肉を焼いたのであれば、
「焼き豚」になるはずである。
しかし、「焼き豚」というものは、
「焼き豚」として別に存在している。
豚肉を一口大に切り、これを串に刺して焼いたものが、
「豚肉の焼き鳥」になるのである。
恐らくは、肉片を串に刺して焼く「焼き鳥」が
あまりにその名前を知られているため、
串に刺す肉片が「鶏肉」でなくなったと場合でも、
「焼き鳥」という言葉を使っているのだろう。
本来であれば、先に書いたように「焼き豚」とするか、
「豚肉の串焼き」とでも表現するのが正しいのだろうが、
もはや日本では「串焼き」=「焼き鳥」という方程式が、
出来上がってしまっているのだ。

この「串焼き」=「焼き鳥」のような感覚は、
「焼き鳥」が一般的な、日本独特のものであろう。
もし、外国人観光客が「豚肉の焼き鳥」という言葉を見たら、
大混乱を起こすに違いない。
彼らにとっては、「ポークで作った、ローストチキン」とでも
言われているようなものだからである。
え?豚なの?鶏なの?と、頭をひねるだろう。
一般的な日本人だと、
豚肉だろうが、鶏肉だろうが、
それほど深刻な問題になることはないだろうが、
世界には、豚肉を不浄な動物であるとして、
禁忌にしている宗教(イスラム教やユダヤ教など)もある。
そのような宗教を信仰している人たちにとっては、
こういうワケのわからない表示をされると、
うっかりと禁断の肉を食べてしまうことにもなりかねない。
さすがに日本の焼き鳥屋で、
誰かが「それ」を監視していることはないだろうが、
禁忌とされるものを食べてしまった人の気持ちというのは、
我々日本人には、到底理解できないものだろう。

こんな風に、いまいち定義の曖昧な「焼き鳥」だが、
やはりその名前の通り、「鶏肉」を焼いたものが一般的だ。
鶏は元々日本に存在していた種ではない。
原産地はインドで、4000年前には家畜化されていた。
これが中国、朝鮮半島を経て、
紀元前2世紀ごろの弥生時代に、日本へと伝えられた。
日本神話の「天岩戸伝説」の中にも、
夜明けを告げる「常世長鳴鳥(とこよながなきどり)」として
登場していることから、
日本では有史以前から存在していたことは明らかだ。
長らく、日本人が「卵」を食べなかったことは
今までに何度も書いてきた通りだが、
「鶏肉」に関しても、積極的に食べられていたわけではない。
当初、鶏に求められていたのは、
鳴き声で朝の到来を告げる「時告げ鳥」としての働きであり、
「鶏肉」として利用されていたのは、
廃鶏になった鶏の利用法、程度のものであった。
飛鳥時代に出された「肉食禁止令」では、
牛や馬と一緒に肉食を禁止されている。
少なくとも、鶏肉食の風習が存在していたのは間違いない。

奈良時代・平安時代になると、
文献上に鶏を飼育していることが、記録されている。
恐らくは、日本に持ち込まれた当初から
鶏の飼育、すなわち養鶏が行なわれていた筈だが、
現在のような大掛かりなものではなく、
ある程度、裕福な農家や、貴族の屋敷の庭において、
家内生産的に飼われていたようだ。
裕福さが必要だったのは、草だけを食べている牛や馬と違い、
ある程度、穀物をエサとして与えなければ、
ならなかったからだ。
人間が食べることだけで精一杯な貧農では、
鶏のエサまで捻出することは出来なかっただろう。
また、貴族の屋敷で飼われていたというのは、
先に書いた「時告げ鳥」として愛玩飼育されていた他に、
「闘鶏」用の鶏として、飼育されていたためだろう。
こちらは、現在の養鶏とは違い、
食肉・卵を得ることが目的ではなく、
純粋なペットとしての役割を、期待されたものであった。

室町時代後期から、安土桃山時代にかけ、
日本にやってきた南蛮人達によって、
「卵食」の文化が日本へと持ち込まれた。
恐らくは、これに引っ張られるような感じで、
「鶏肉食」も、盛んになったと考えられる。
1つには、江戸時代という安定した時代に入ることによって、
農産物の生産量が拡大し、
「鶏」を飼育する余裕のある農家が増え、
その結果、卵も鶏肉も一定量が流通するようになった。
それでも「鳥肉」として流通しているものの総量としては、
鴨や雉、スズメなどの野鳥の割合が非常に多く、
人間によって畜産されている「鶏肉」は、
その他の「鳥肉」各種に比べると、割高であった。
江戸時代になると、文献上に「焼き鳥」の名前が
多く見られるようになるが、
そこで紹介されている「焼き鳥」は、
鴨、うずら、ひばり、雉、山鳥、ヒヨドリ、つぐみ、雀、鳩、
などの野鳥類を用いたもので、
そこに「鶏」の名前は存在していない。
江戸時代に、特に「焼き鳥」に使われていたのは「雀」で、
現在でも、京都伏見稲荷大社の参道には
「雀の焼き鳥(丸焼き)」を販売している店がある。

「鶏肉」を使った「焼き鳥」が作られ始めたのは、
明治時代になってからである。
とはいっても、本当に「鶏肉」を使っている所は少なく、
使ったとしても、高級鶏料理店で出た、
ガラやすじ肉を使ったもの、
大方は「雀」などの野鳥の類、
ひどい所になると、牛や馬、狗肉なども混じることがあった。
現在、豚肉を使ったものを、
何の臆面も無く「豚肉の焼き鳥」と称して販売しているのも、
この当時に培われた風習かも知れない。
(豚肉を使っていることを表記している分、
 明治・大正時代の焼き鳥屋よりは、良心的であるといえる)
少なくとも、明治・大正時代においては、
「鶏肉」は「牛」や「豚」、
「馬」の肉よりも高級品とされており、
庶民が気軽に食べられるものではなかったのである。
この原因であるが、
恐らく畜産技術が発達していなかった時代、
牛、豚、馬、といった「獣肉」類は、
獣臭さがかなり強かったのではないだろうか?
同じ畜肉でも、「鶏肉」はそれらに比べると臭いが少なく、
それだけに高級品とされていたのかも知れない。
「鶏肉」の「焼き鳥」が一般的になるのは、
戦後、大量生産式のブロイラー産業が興ってからである。
大量生産によって、価格の下がった「鶏肉」は
ごく当たり前の用に「焼き鳥」に使われるようになり、
現在の「焼き鳥」=「鶏肉」と言う風潮を決定的なものにした。

現在では、ブロイラー以前に使われていた地鶏各種や、
大量生産式ではない、自然養鶏の「鶏肉」を使った
「焼き鳥店」も増えてきている。

現在、「鶏肉」といえば、スーパーで販売されている肉類の中では、
もっとも安価なものになっている。
同じブロイラーにしても、国内産の他にブラジル産などの
輸入物が大きく幅を利かせている。
そういう状況を受けてか、
各所で販売されている「焼き鳥」は、大方がかなり安価である。
1本80〜120円というのが平均的な価格だろう。
販売しているのも、店を構えた「焼き鳥店」のみならず、
屋台の移動販売、スーパーの総菜コーナーなど、
随分と購入しやすくなっている。

だが、この「焼き鳥」、
いざ、「鶏肉」を買って自分で作ろうということになると、
結構面倒くさいことになる。
いちいち、一口大に「鶏肉」を刻むのも手間だし、
それを1つ1つ、串に刺すのも面倒な話だ。
串に刺し終わった肉を焼くのも、
家庭用のガスコンロだと、かなり面倒なことになり、
タレの付け焼きなどをした場合、
ガスレンジ周りが、したたるタレでエラいことになる。
精々、大きめに刻んだ鶏肉を、
そのままフライパンの上で焼く程度だ。
そうすると、味はほとんど同じだが、
「焼き鳥」としては、どうもしっくりこない、ということになる。

やはり「焼き鳥」は、高級であれ、庶民的であれ、
「外食」というのが、本道であるようだ。

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