一般的に、「モンブラン」という単語を聞くと、
人は次の2つのうち、どちらかを思い浮かべる。
ひとつは、ヨーロッパアルプスの最高峰。
もうひとつは、糸状にうねうねと絞り出されたマロンクリームの上に、
大きな栗の甘煮をのせたケーキである。
ヨーロッパアルプスの最高峰は、同時にヨーロッパの最高峰でもある。
標高4810m。
富士山より、1000m以上も標高がある。
現地の言葉で「モンブラン」とは「白い山」という意味を持つ。
マロンクリームと栗の甘煮のケーキは、この山の名前からつけられている。
つまりこのヨーロッパの最高峰が、この栗のケーキの元ネタなのだ。
……。
そうなってくると、誰もが不思議に思うだろう。
「モンブラン」は「白い山」という意味だと書いたが、
ケーキの「モンブラン」は全然白くない。
栗の甘煮は黄色、マロンクリームも黄色である。
この栗のケーキに「モンブラン」と名付けるのは、いくら何でも無理がある。
どうして、この栗のケーキに「モンブラン」と名付けたのか?
モンブランの歴史を遡っていくと、フランスとイタリアの郷土菓子にたどりつく。
モンブランは、フランスとイタリアの国境に位置しているので、
これはある意味で必然といえる。
フランス語でモンブラン、イタリア語でモンテビアンコと呼ばれる菓子は、
マロンペーストと、泡立てた生クリームでできている。
マロンクリームをドーナツ状に絞り出し、
その真ん中の穴に、生クリームを絞り出すようにして盛りつける。
フランスのものは、生クリームがドーム状に、
イタリアのものは、生クリームが岩肌状に盛りつけられている。
少なくともこの時点では、モンブラン=白い山というのは守られている。
この郷土菓子のモンブランが、パリに伝えられた。
喫茶店「アンジェリーナ」が、これを初めて売り出した。
この店の、パティシエの奥さんがイタリア人で、
故郷の菓子モンテビアンコをモデルにして、「モンブラン」を作った。
「アンジェリーナ」のモンブランは、メレンゲの土台の上に生クリームを絞り、
それを覆うように細い糸状のマロンクリームを絞り出してある。
このマロンクリームが茶色であったために、
モンブランは「白い山」ではなくなってしまった。
現在では、日本でも茶色のマロンクリームを使ったモンブランを、
販売している洋菓子店がある。
恐らくは「アンジェリーナ」のものを、真似たものであろう。
モンブランが日本で初めて売り出されたのは、1933年、
東京自由が丘の「モンブラン」という洋菓子店である。
「モンブラン」の店名は初代店主、迫田千万億がヨーロッパを旅した時に、
ヨーロッパ最高峰・モンブランを見て、感動したためにつけられた。
どうも登山が趣味であったらしい。
フランス菓子で「モンブラン」の名を持つものがあると知り、
これを元にして、店の看板商品になる、日本独自の「モンブラン」を作り上げた。
「アンジェリーナ」のモンブランと違い、土台にはカステラを使用した。
これにカスタードクリームと生クリームをたっぷりと絞り、
さらに栗の甘煮をのせる。
これをバタークリームで縁取りし、さらに糸状のマロンペーストを絞る。
最後に一番上に焼いたメレンゲを盛りつける。
最後のメレンゲは、「モンブラン」の万年雪を模したものだという。
この「モンブラン」のモンブランが、黄色いモンブランの始まりである。
……。
別に、早口言葉を言っているのではない。
とにかく、このモンブランの最大の特徴は、そのサイズだろう。
様々なクリームをたっぷりと使っているため、かなりのボリュームになっている。
「モンブラン」では、これを商標登録しなかったため、
この栗のケーキは、あっという間に日本中に広まっていった。
一説によれば、それこそが迫田千万億の願いで、
日本の洋菓子界の発展のため、わざと商標登録しなかったという。
彼の願い通り、モンブランは今や日本のケーキにはかかせない一品になっている。
ところが最近は、いろいろと縛りが緩くなったのか、
栗を使っていないモンブランまで登場してきている。
代わりに何を使っているかといえば、サツマイモを使っていたりする。
そういえば、おせちでおなじみの「栗きんとん」も、
最近はサツマイモを使って作られることもあるという。
「栗」の代用品として、「サツマイモ」は色も味もちょうど良いのかもしれない。
とはいえ、全く縛りがなくなってしまえば、
それはそれでモンブランらしさがなくなってしまう。
せめてモンブラン=栗ぐらいの縛りは、これから先も残ってほしいものだ。