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イカナゴの釘煮

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先日、ローカルニュースを見ていると、
兵庫県の春の風物詩、
「イカナゴの釘煮」に使うためのイカナゴの新子が、
去年の半分くらいの量しか獲れそうにない、
というニュースが流れていた。
ちなみに去年も、イカナゴの新子は不漁だったのだが、
今年の漁獲量はさらにその半分になるという、
なんとも悲惨な漁獲量予測であった。

さて、ここで何割かの人は
「イカナゴの釘煮」ってなんだ?と思っていることだろう。

イカナゴというのは、スズキ目イカナゴ科イカナゴ属に
属する魚のことであり、
春先にはその新子(稚魚)が大量に水揚げされる。
ここ近年は、その漁獲量が激減しており、
今回の漁獲量予想も、その流れに沿ったものといえる。

イカナゴの新子の大きさは、
いわゆるチリメンジャコと同じ程度であり、
兵庫県内の瀬戸内沿岸では、
これを「釘煮」と呼ばれる佃煮に加工する。
「釘煮」という名前が付けられたのは、
醤油とザラメで赤錆色に煮付けられたイカナゴが、
ちいさな錆釘に見えるからである。
もちろん、水産加工業者もこれを製造するが、
それ以上に、県下の一般家庭で
「イカナゴの釘煮」は、大量に作られる。

春先になると、県内のスーパーには
「イカナゴの釘煮」コーナーが作られ、
大量のイカナゴの新子の他に、
醤油、ザラメ、生姜などが販売される。
近隣の主婦らはこれを買い込み、
kg単位で「イカナゴの釘煮」を作り、
遠方の親戚などに、送りつけるのである。
我が家でも過去に、母親が一度作ったことがあったが、
それに数倍する量の釘煮が、
神戸の親戚から送られてきたので、
その年以降は、「釘煮」を作ることはなかった。
だが、県下瀬戸内沿岸に住んでいる主婦の中には、
春先に「イカナゴの釘煮」を作ることに、
命をかけているのではないかと思えるほど、
情熱を燃やす人がいるのも、また事実である。

こういう人たちは、
イカナゴの新子の価格に敏感である。
これが安ければ、大量に釘煮を作り、
これが高ければ……、
やはりグチグチと文句をいいながらも、
しっかりとイカナゴを買い込み、
大量に釘煮を作るのである。
事情を知らない人が見たら(知っている人でもだが)
そこに一種の狂気を見出すだろう。
それほどに、春先のイカナゴの漁獲量は、
大きな社会的影響力を持っているのである。

今では、すっかり春の風物詩のようになってしまった
「イカナゴの釘煮」だが、
これが作られ始めたのは、そう古いことではない。
事実、一般家庭で大量に釘煮を作るようになったのは、
ここ20〜30年くらいのことで、
それまでは一部の水産加工業者などが、
イカナゴの新子のシーズンに作っているだけであった。

「イカナゴの釘煮」を一番最初に作り出したのは、
神戸市垂水区にある鮮魚店である。
1935年、客より「イカナゴを佃煮にしてほしい」
と依頼され、試行錯誤の末にこれを完成させた。
これが評判を呼んで、
やがて当の鮮魚店の店先でも、販売するようになった。
1960年ごろになると、垂水漁協の組合長により、
「釘煮」という名前が付けられた。
さらに漁協の婦人部により、
主婦向けの料理教室を行なわれたのだが、
その中で「イカナゴの釘煮」が取り上げられ、
一般家庭の主婦たちに広がっていった。
また「コープこうべ」が普及活動に乗り出したことも、
「イカナゴの釘煮」が広く知られるきっかけとなった。

さらに「釘煮」の名前を
全国へと広めるきっかけになったのが、
1995年に起こった、阪神淡路大震災である。
このとき、全国からボランティアたちが駆けつけ、
震災復興の大きな助けになったのだが、
後に、被災した人たちがこのお礼として、
「イカナゴの釘煮」を全国各地の知人へと送った。
これにより「イカナゴの釘煮」は、
兵庫県下・阪神間だけでなく、
全国的な知名度を持つようになったのである。

だが、ここ数年はイカナゴの不漁と、
それにともなうイカナゴ新子の価格高騰が続いている。
これは釘煮需要の増大による、
乱獲の影響も大きいだろう。
もちろん漁獲量自体は最盛期に比べれば、
下がっているのだろうが、
それ以上にイカナゴの数が減っているので、
種の存続に影響が出ているのではないだろうか。
それ以外にも、海底の砂の採取の影響により、
イカナゴの産卵場所が
減少しているのではないか、とも考えられている。
さらに、漁獲量と直接の関係があるのかはわからないが、
かつては3月下旬ごろから
始まっていたイカナゴ漁が、
現在では2月末から3月上旬にまで早くなっており、
これは、温暖化の影響だと思われる。

恐らく、理由はこのどれかひとつということはなく、
これらの理由が複合することによって、
急激なイカナゴの減少を引き起こしているのだろう。

イカナゴは、イワシなどと並んで
生態系の基礎を支える土台のような魚だ。
ここが減少することにより、
必然的にその上に築かれる生態系ピラミッドも、
一気に小さなものとなってしまう。
これが何を意味するかといえば、
魚類全体の壊滅的な減少である。
昨今、春先のイカナゴの不漁のニュースは
「イカナゴの釘煮」が作れない、
という視点でのみ報道されているが、
それ以上に深刻な事態を、
その背後に抱えているのである。

ここ最近、「イカナゴの釘煮」は
本当にメジャーになり、
最近ではコンビニでも
「イカナゴの釘煮」を具にしたおにぎりなども
販売されるようになってきた。
兵庫県民としては、兵庫県発の「イカナゴの釘煮」が
有名になっていくのは誇らしい限りだが、
そのフィーバーの陰で、
瀬戸内海が痩せ細っているという事実には、
なんとも複雑な気分になってしまう。

近い将来、「イカナゴの釘煮(中国産)」とか、
「イカナゴの釘煮(カナダ産)」なんてものが、
出回らないことを、祈るばかりである。

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