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油揚げ

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自分がみそ汁を作る場合、そこには厳然とした「ベース」が存在している。

みそ汁の「ベース」なんて、ダシとミソなんじゃないの?と
考えている人は多いだろうが、それはそれで大前提として、
今回、自分が言っているのは具材の選択、その「ベース」である。

自分がみそ汁を作る場合、具材として2つの素材を欠かさない。
タマネギと「油揚げ」である。
この2つの具材を適当に刻み、みそ汁を作る鍋に放り込む。
鍋の中には、まだ水も顆粒ダシも入っていない。
ただ、このタマネギと「油揚げ」の刻まれたものが入っているだけである。
そこに、さらに様々な種類の具材が切り刻まれて、追加されていく。
豆腐、ネギ、豚肉、ジャガイモ、カボチャ、サツマイモ……。
大根、人参、カブ、茗荷、白菜、キャベツ、ニンニクの芽……。
ひょっとして、これを読んでいる人の中には、
え、そんなものをみそ汁に入れるの?と驚いている人もいるかも知れない。
もちろん、これらの雑多な具材については、
その中から何種類かチョイスされて追加されていくわけだが、
それらのどういう組み合わせであっても、タマネギと「油揚げ」だけは
決して除外されることはない。
すなわち、この2つの具が、自分の作るみそ汁にとって
「ベース(基本)」であると言い切る理由である。

鍋一杯に具材が入ったら、そこに水を入れる。
はっきりいって鍋の中の主役は様々な具材で、
水はそのわずかな隙間を埋めているだけに過ぎない。
具材がほぼ浸るほどに水が入ったら、その上から顆粒ダシを振りかける。
その状態で適当に鍋の中をかきまわすと、
ちょうどいい具合に顆粒ダシが水の中に溶けて、散らばっていく。
そこで鍋のフタを閉じて、コンロの火にかける。
鍋が沸騰した所で、フタを開けてミソを溶かし込み、
1〜2分ほど煮立たせた後、フタを閉じて火から下ろし、
そのまま毛布などで鍋ごと来るんで、食べる時まで放置しておくのである。
卵やワカメなどを具材に入れる場合は、ミソを溶かし込んだ後に
鍋に加えることになる。

はっきりいって、伝統やら技術などを全く無視した乱暴な作り方であり、
グルメを自称する人間どもが見れば、悶絶した後に憤死しそうな作り方だと、
自分でも思う。
しかし、こんな雑な作り方で作ったみそ汁であっても、
それはそれで、それなりに上手いのだから、世の中は上手く出来ている。

さて、ここまでで何度も出てきた「油揚げ」だ。
自分の作るみそ汁には、顆粒ダシが旨味を、ミソが塩味を、
タマネギが甘味を、そして「油揚げ」が油味を加えて、
「ベース」が出来上がっている。
異なる味わいを4つ加えることによって、味に膨らみを持たせているわけだ。
基本的に自分が「油揚げ」を買う時は、みそ汁か、それに類する汁物を
作る時であって、それ以外の場合にこれを買うことはまずない。
世の中には、これを甘辛く煮付けて稲荷寿司の皮にしたり、
きつねうどんの具にすることも多いようだが、
こと自分の使い方に限っては、そのような使い方をすることは絶無である。
(そういうものは、完成品を買ってきて食べるか、
 外で食べるのが普通である)
たまに、みそ汁にするためのタマネギを切らしていた場合などは
そのままオーブントースターでパリパリに焼いて、
大根おろしとダシツユをかけて食べることもあるが、
そういうこともめったにやらない。
あくまでも自分にとって、「油揚げ」というのは、
みそ汁の「ベース」となる具なのである

「油揚げ」は、薄切りにした豆腐を油で揚げたものだ。
「油」で「揚げた」から「油揚げ」。
身もフタもないネーミングである。
調べてみた所では、「油揚げ」に用いられる豆腐は、
薄い豆乳で固く作った豆腐を用いるらしい。
濃い豆乳で固い豆腐、薄い豆乳で柔らかい豆腐というのなら、
何となく納得はできるのだが、実際にはそれが逆になっている。
どういう理屈で、そのようなことになるのかは
調べてみたのだがわからなかった。
(実際に豆腐の手作りを開設しているホームページなどでは、
 固い豆腐は、濃い豆乳で作れば〜などとしている所もあった。
 ひょっとして、薄い豆乳を
 無理矢理固くするような作り方があるのだろうか?)
ただ、この水分量の多い固い豆腐を、最初に低温の油で揚げ、
さらにそれが冷えてから、もう一度高温で揚げることで、
豆腐の中に含まれている水分が蒸気となって膨らむことによって、
油揚げ全体が膨らみ、あの独特のスポンジ状の仕上がりになるようだ。
外側が固く、中が柔らかなスポンジ状になっているので、
一度、棒などで「油揚げ」を押しつぶすようにしておくと、
中のスポンジ部分がそれによって破壊されるのか、袋状にしやすくなる。
これを甘辛く味付けして、中に酢飯を入れて「稲荷寿司」にしたり、
様々な具材を刻んで中にいれ、口を干瓢などで縛ることによって
「巾着」型にすることも出来るようになる。

「油揚げ」の歴史を遡っていくと、
これが作られ始めたのは室町時代のことらしい。
ただ、一般庶民の間に「油揚げ」が広まったのは、
江戸時代になってからのことで、それまでの「油揚げ」は、
それなりの高級食品だったようだ。

というのも、まず、食べ物を油で揚げるという調理法が一般的でなかった。
この油で「揚げる」という調理法が日本に持ち込まれたのは、
グッと時代も古く奈良時代ことで、中国から持ち込まれた
小麦粉で作った生地を揚げた「唐菓子」がその最初になる。
しかし、これは本当にごく一部の富裕貴族たちが食べていただけで、
全く一般層には広がらなかったようだ。
時代が下がり、鎌倉時代になると禅宗が日本に伝えられ、
「精進料理」が作られるようになる。
この「精進料理」の中にも、油で揚げる調理法が入っていたが、
やはりあまり広まるようなことはなかったようである。
理由は至極簡単で、この当時の油というのは非常な貴重品で、
料理に大量に用いること(というよりも食べること自体)がなく、
その用途はほとんどが照明用であった。
一般的には、このころ禅宗と共に「豆腐」も日本に伝えられたそうだから、
「油揚げ」を作る条件はこの時点で揃っていたのだが、
人々の意識が、豆腐を揚げるという方向には行かなかったようだ。

それから時代が下って室町時代になり、ようやく「油揚げ」が作られる。
その細かいエピソードは残っていないのだが、
恐らくは室町時代末期、日本にやって来た南蛮人達によって
大量の油で食材を揚げるという技法が再輸入されたことが、
その理由の1つだったのではないかと考えられる。
さらに、ちょうどそのころ、新たな搾油原料として
ナタネがエゴマに取って代わったのも大きな理由の1つだ。
これによって、より大量の油が生産できるようになり、
油の価格が下がって、調理に油を用いることが出来るようになったのだ。
南蛮人の到来による「揚げる」という技術の再輸入、
菜種油の普及による油価格の下落という2つの条件が重なり、
このころから、日本では天ぷらなどの「揚げ物」が作られるようになった。
その「揚げ物」の中の1つとして、「油揚げ」が誕生したのであろう。
どこで作られ始めたのかはハッキリしていないが、
可能性が高いのは、豆腐と縁が深く、揚げ物の技術も持っていた
禅宗の寺院では無いだろうか?
しっかりと揚げた「油揚げ」は、豆腐に比べると
遥かに日持ちするようにもなるため、
あるいはそういった目的で作り出されたのかも知れない。

その後、江戸時代に入り、安定して油が生産されるようになると、
様々な油を使った料理と共に、「油揚げ」も
庶民の間に広まっていったのである。

さて、ここでは「油揚げ」が、室町時代末期に禅宗の寺院で
発明されたのではないか?という風に推測したわけだが、
実は、これに似た食品は中国にも存在しているようだ。
そちらの方の歴史がどれくらいになるのかは分からないが、
もともと豆腐は中国から伝わったものであるし、
油を使う料理にしても、中国では古くから一般的であった。
当然、「油揚げ」を生み出す基盤はあったと思われるのだが、
もし、これが中国で確立していたのなら、恐らくは豆腐が伝わるのと同時に、
「油揚げ」も日本に伝えられていたのではないだろうか?
そうなっていない所を見ると、「油揚げ」自体が作り出されたのは、
中国ではなく、日本でのことだったと考える方が自然なようだ。

さて、この「油揚げ」。
料理などに用いる際には、大概の料理本、レシピでは
「お湯をかけて油抜きをして〜」と書かれている。
どうやらこれは、その昔、油の質が良くなかったころの名残の様で、
現在ではそれほど神経質に、「油抜き」にこだわらなくても良いようだ。

むしろ、適度に油が残っていないと、「油揚げ」自体が
味も素っ気もなくなってしまうと感じるのは、自分だけだろうか?

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