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かき揚げ

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最近、「かき揚げ」の巨大化が著しい。

一口に巨大化、といっても横方向に広がっていくのではなく、
縦方向に伸びているのが、その特徴だ。
早い話、面積自体は一昔前と変わらないのだが、
厚さがグッと、分厚くなった。

一昔前までは、「かき揚げ」というのは薄っぺらなものだった。
厚さは1㎝ほどのものがほとんどで、
これを大きくしようとするのであれば、厚さは変えず、
面積を広げていくというのが、唯一の手段であった。

もちろん、例外もあった。
かつて東京・新橋にあった天ぷらの老舗「橋善」は、
厚さ10センチほどもある「かき揚げ」を売り物にしてきた。
(新橋「橋善」は、天丼の発祥の店としても知られている。
 しかし残念ながら、10年ほど前に閉店してしまった。
 現在では、鹿児島に暖簾分けされた「橋善」が営業しており、
 そこでは新橋「橋善」さながらの
 「かき揚げ」を食べることが出来る)
東海林さだおの「ショージ君の「料理大好き!」」によれば、
この店の「かき揚げ」は、直径12㎝、
厚さはなんと10㎝あったという。
厚みのある「かき揚げ」が一般的になった今日において尚、
厚さ10㎝の「かき揚げ」を目にすることは少ない。
この巨大な「かき揚げ」は、老舗「橋善」の名物で、
これを作るためには、独自の技術が必要であった。
揚げ物をする中華鍋(?)の縁の部分に、
玉杓子にすくったタネをかぶせるようにたたきつけ、
そのまま玉杓子ごと油の中にずり下げる。
このタネが、まだ鍋の縁にあるうちに、もう一度タネをすくい、
1回目のタネの上にのせ、さらにもう1回、
今度は玉杓子に半分ほどのタネを追加する。
わかりやすくいえば、
最初に鍋の縁に叩き付けたタネが皿の役目をし、
その上に1杯半分のタネを、さらに乗せるのである。
これを鍋の中央部分へと静かに移動させ、
10秒ほどしてからひっくり返す。
皿の部分はすでに固まっているため、
1杯半分のタネは上方向へは膨らまず、
下へ、下へと膨らんでいくことになる。
こうして出来上がるのが、厚さが10㎝もあるという名物、
「巨大かき揚げ」である。
これはかなり難しい技術らしく、
「橋善」の職人がやっても、理想的に揚がるのは、
100個のうちの2~3個だけだという。
(もちろん、これは職人の目で見た話であり、
 実際にはどれもキチンと揚がっているのだが……)
東海林さだおは本の中で、
「お皿方式を取り入れないで、
 かき揚げを大きくすることは出来ない」と書いているのだが、
当時、厚みのある「かき揚げ」を作るためには、
それだけ高度な技術が必要だったのである。

今更いうまでもないことだとは思うが、
「かき揚げ」とは、魚介類や野菜などを小さく切ったものを、
小麦粉を用いた衣でまとめ、油で揚げた、天ぷらの一種である。
江戸時代に書かれた百科事典「守貞謾稿」には、
蕎麦屋の天ぷらは、芝海老であったと書かれており、
日本最初の「天ぷら蕎麦」は、
「芝海老のかき揚げ蕎麦」だったと考えられている。
「守貞謾稿」は、江戸末期である1837年に起稿され、
以後30年に渡って執筆され続けているので、
恐らくは1830年代には、
「かき揚げ蕎麦」が作られていたものと考えられる。
「守貞謾稿」の記述を信じるのであれば、
1830年代には、異業種である蕎麦屋においてさえ、
「かき揚げ」が作られている様なので、
このころにはすでに、広く認知されていたものと思われる。

さて、最初に書いたように、最近「かき揚げ」巨大化が著しい。
蕎麦屋やうどん屋での「かき揚げ」が分厚いのはもちろん、
最近ではスーパーの総菜コーナーに並んでいる「かき揚げ」まで、
かなり分厚いものが販売されるようになってきた。
「橋善」のように10㎝もの厚さのある「かき揚げ」は
なかなか見かけることはないが、
5㎝程度の厚さの「かき揚げ」であれば、
あちらこちらで見かけることが出来る。
(ちなみに自分の調べてみた限りでは、
 もっとも分厚い「かき揚げ」は、
 静岡県沼津市「丸天」の海鮮かき揚げ丼に使われているもので、
 15~20㎝ほどの厚さがある。
 こうなると、もはや円柱である。
 タワー天丼などとも呼ばれており、
 当然、そのままの状態では食べ辛いため、
 「かき揚げ」を横(!)にして食べるようである)
これはどういうことなのか?
老舗天ぷら屋並みの技術が、スーパーの総菜コーナーにまで
広がったということなのだろうか。
……。
もちろん、そんなことはない。
蕎麦屋やうどん屋、スーパーの総菜コーナーにて
「かき揚げ」の厚さが肥大化したのには、
それなりの理由がある。
それが「かき揚げリング」の登場である。
これは金属製の筒に柄のついたもので、
この「かき揚げリング」を油の中に入れ、
その筒の中に「かき揚げ」のタネを入れれば、
タネは油の中で散らばったりせずに、
しっかりとまとまった状態で揚げることが出来る。
さらにものが筒状であるために、タネをたくさん入れても
横方向には広がらず、縦方向に肥大化していくことになる。
そう。
要は、タネを増やせば増やすほど、分厚い「かき揚げ」が
出来上がることになるのである。

この「かき揚げリング」の登場によって、
「かき揚げ」を作る際の、技術的なハードルはかなり下がった。
もともと「かき揚げ」には、
揚げている途中でバラバラになる、という失敗が
つきものだったのだが、
バラけさせないように筒の中で揚げることによって、
この失敗を防止できるようになったのである。
さらに、筒の中に入れるタネの量を増やすことにより、
そのまま「かき揚げ」のボリュームを増やすことが出来るようになり、
かつての「橋善」のような、巨大な「かき揚げ」が
誰でも簡単に作れるようになった。
最近では飲食店やスーパーだけではなく、
一般家庭にも「かき揚げリング」が普及し、
安いものならば100円ショップで
購入することも出来るようになった。

天ぷら油の中で、「かき揚げ」がバラバラに散っていくのを見ると、
ああ、この周りに輪っかでもはめてしまいたい、とは、
誰でも思うことだろうが、「かき揚げリング」は、
それをそのまま形にした商品ということになる。
そしてこの料理下手の想いから作られた商品は、
その副作用(?)によって、
老舗の天ぷらの再現をも容易にしてしまった。
今や「かき揚げ」は、分厚いのが当たり前になりつつある。

近い将来、「かき揚げリング」を使わずに作る
薄い「かき揚げ」こそがプロの技と、
もてはやされるようになるのかも知れない。

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