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ピーマン

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現在でも、子供の「好き嫌い」というのは、
親たちの悩みのタネになっているが、
自分が子供だったころ、
この問題は、より深刻だったように思う。

妹なども、甥っ子の「好き嫌い」に関して
頭を悩ませているが、
相対的に見て、最近、子供たちの「好き嫌い」は
無くなってきているのではないかと思う。
自分が子供だったころは、子供の「好き嫌い」というのは
もっとひどくて、本当に子供たちは
あれが嫌い、これが嫌いと、食べ物に文句を付けていた。

我が家の3兄弟でも、自分と弟は「好き嫌い」が激しく、
妹にはそれが全くなかった。
自分は肉、野菜、魚を問わず、「好き嫌い」が激しかったし、
弟は野菜を中心にして「好き嫌い」があった。
自分の「好き嫌い」というのは、
成長とともに1つ1つ、なくなっていったが、
弟の「好き嫌い」は、その多くが現在まで継続している。
さらにいえば、妹は成長とともに
「好き嫌い」をするようになった。
現在では、かつて一番「好き嫌い」の激しかった自分が
まったく「好き嫌い」が無くなっていて、
兄弟の中で一番、何でも食べる人間になっている。
全く同じ環境で育ってきた子供なのに、
「好き嫌い」に関することが、
こうも一人一人違っているというのは、不思議な話である。

当時の子供たちが嫌いだった野菜には、2大巨頭がいた。
「ニンジン」と「ピーマン」である。
マンガなどで、この2つは
子供が「好き嫌い」をいう対象として、
よく取り上げられていた。
しかし現在、子供の嫌いな野菜のランキングを見てみると、
その中から「ニンジン」の名前が消えている。
相変わらず「ピーマン」の名前はランキングの中で
上位をキープしているのに対し、
「ニンジン」の名前は、ランク外になっていたり、
ランキングされていても、随分と下位になってしまっている。
いつのまにやら「ニンジン」は、
それほど嫌われる野菜では、なくなってしまっていたのである。
昔の子供たちは、あのニオイが嫌いといっていたのだが、
どうも最近の「ニンジン」は、ニオイの少ないものに
品種が切り替えられているようである。
ニンジン農家たちは、「子供の嫌いな野菜」という
不名誉な肩書きを無くすため、
「ニンジン」の品種改良にいそしんだのだろう。
その努力が実り、現在「ニンジン」は、
子供の嫌いな野菜ランキングを
大きく下げることに成功している。

残念ながら「ピーマン」に関しては、
そういう努力が行なわれなかったようである。
いや、行なわれなかったというのは間違いだ。
「ピーマン」も、「ニンジン」と同じ程度には、
品種改良は進められていたはずである。
恐らくは、その青臭いニオイや、苦みを減らすような試みも
行なわれたのではないだろうか?
もちろん、昔の品種に比べると、
ニオイも苦みも減ってきているのは間違いない。
しかし、それらは現在でも、厳然として残っている。
「ニンジン」には、ニオイを抑えて甘味を押し出し、
それを魅力の1つにするということが出来たが、
「ピーマン」の場合、あの青臭いニオイと
苦みを抑えてしまえば、
「ピーマン」本来の魅力自体をも、
大きく損なうことになるからだ。
そう、「ピーマン」の魅力は、
「ピーマン」が嫌われる要素に大きく関わっているのだ。
「ピーマン」の嫌われる要素を減らすことは、
「ピーマン」を好きな人の、好きな要素を減らすことにもなる。
そういうことなら、あまり大胆な品種改良は、
かえって「ピーマン」ファンを減らすことになってしまう。
「ピーマン」は、そういうジレンマを抱えている。

ピーマンは、ナス科トウガラシ属に属する、1年生草本である。
緑色の果実を割ってみると、中はほとんど空洞で、
種子がヘタの近くについているだけである。
我々が一般に食べている果実は、まだ未成熟な若い果実で、
これを収穫せず、成熟させると赤、黄、橙などに変色する。
スーパーなどで販売されているものの中にも、
赤や黄に変色し始めているものが混じっていることもあり、
そういうものは、大概「おつとめ品」として、
値引き販売されている。
「ピーマン」も、未成熟な緑色の濃いものは苦みが強いが、
赤や黄に成熟したものは、苦みが減り、甘味が強くなる。
日本では未成熟な緑色の果実を食べるのが一般的だが、
北米などでは成熟した様々な色のものが流通している。
露地栽培されているものは、
夏の暑い時期にその収穫期を迎える。
もっとも、スーパーなどでは1年中販売されており、
夏以外に販売されているもののほとんどは、
ハウス栽培のものである。
1990年ごろから販売されるようになったパプリカも、
「ピーマン」の仲間であるが、
こちらは苦みが少なく、甘味が強いため、
子供たちにもウケがいいようだ。

ピーマンの原産地は中南米で、
コロンブスがこれをヨーロッパへ持ち帰ったことが、
ピーマンが世界的に広がっていくきっかけとなった。
この際、同じナス科のトウガラシも
同じようにヨーロッパへと持ち帰られ、
ポルトガル人によって、16世紀ごろに日本へと伝えられた。
しかし、その後の扱われ方は全く違っており、
トウガラシは江戸時代から日本でも栽培され、
重要な香辛料の1つとして扱われてきたのに対し、
ピーマンの方は全く見向きもされず、
栽培されるようなこともなかった。
日本で現在栽培されているものは、
ポルトガル人によって持ち込まれたものではなく、
明治時代にアメリカ人によって持ち込まれたものである。
しかし、明治時代に持ち込まれた後も、
それほど一般的に広まることもなく、
これが広まっていくのは、第2次世界大戦後のことである。
明治時代、持ち込まれたばかりのピーマンは、
「西洋トウガラシ」、「甘トウガラシ」などと呼ばれていた。
先に書いた通り、「トウガラシ」も元々は
西洋人によってもたらされたものなので、
「西洋トウガラシ」なんていう名前が付けられるのも、
おかしな話である。

さて、最初に書いた通り、
今も昔も子供に嫌われている「ピーマン」であるが、
不思議なことに、自分はこれが嫌いではなかった。
夏ごろになると、例によって婆さんが大量のピーマンを作り、
母親がこれを料理していたのだが、
ピーマンに関しては、母親のレパートリーも少なく、
天ぷらにするか、細切りにして牛肉と炒めるくらいしか
調理法がなかった。
ピーマン料理の定番ともいえる、肉詰めピーマンなども
ついに一度も食卓に上ることはなかった。
きっと、いちいち中に肉を詰めるのが面倒だったのだろう。
婆さんの栽培が良かったのか、
母親の調理が良かったのかはわからないが、
我が家のピーマン料理は、それほど青臭くもなく、
苦みもあまり感じなかった。
「好き嫌い」の多かった自分も弟も、
不人気野菜のピーマンに関しては、普通に食べることが出来た。

これは今思い返しても、不思議なことだと思う。

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