初夏、播磨地方の防波堤では、タコが釣れる。
えっ?タコって釣れるものなの?という人もいると思うが、
タコは釣れるものなのである。
タコテンヤ、タコジグなどと呼ばれる、一種の疑似餌釣りになる。
堤防の上から、仕掛けを落とし、ゆっくりと底を探っていると、
やがてタコジグを餌だと勘違いして、抱きついてくる。
それを釣り上げるのだ。
普通の釣りだと、魚の引きが……などというところだが、
タコ釣りの場合、そういう引きはまるでない。
アタリも、根がかりしたかゴミでも引っかかったかと思うようなもので、
底から引きはがすようにして、これを取り込む。
ひとつの夏の風物詩だ。
今回は、この「タコ」について書いていく。
子供のころ、海水浴をしていてタコを捕まえたことがある。
ヤスなどで突いたわけではなく、海の底に沈んでいた空き缶の中に、
入り込んでいたのを、空き缶ごと捕まえたのだ。
砂浜の上で逆さに振ると、中から小さなタコが出てきた。
さすがに食べるようなことはしなかったのだが、
思わぬ獲物を前にして、驚いた記憶がある。
しかし、後になって考えてみれば、これは蛸壺と同じ原理だ。
タコには、狭い隙間に入り込む習性があり、
普段は岩の隙間などに身を隠している。
蛸壺は、そんなタコの習性を利用した漁法だ。
海の中に、素焼きの壷などを沈めておき、時間をおいてこれを引き上げる。
すると、壷の中にタコが入っている。
タコの本場、兵庫県の明石で始まったとされる。
もともとは素焼きの壷を使っていたが、近年ではプラスチック製のものも、
使われている。
一度、蛸壺の中に入ってしまうと、これを水の中から引き上げるときにも、
逃げ出すようなことはない。
蛸壺漁は、弥生時代から行なわれていた。
明石の周辺の遺跡からは、蛸壺が発見されている。
古墳時代になると、蛸壺漁は瀬戸内海から北九州までの範囲に広がっていった。
このように蛸壺漁には長い歴史があるが、効率は良くない。
そのため現在では、蛸壺漁はほとんど行なわれていない。
現在、行なわれているタコ漁は、網漁がメインとなっているが、
この場合、タコの身が網にもまれることによって傷つき、傷みやすくなる。
それに比べ、蛸壺漁で捕れたタコは、身が痛むことがない。
現在では数少ない、蛸壺漁で捕らえられたタコは、
高級品として、料亭などにまわされている。
さて、日本では太古より食用にされてきたタコだが、
イギリスなどの一部の国々では、「悪魔の魚」として忌み嫌われている。
宗教的にいえば、ユダヤ教ではタコは「鱗のない魚」となり、
食べてはいけないものとされている。
また同じように、イスラム教やキリスト教の一部の教派でも、
タコを食べることを禁忌としている。
日本と同じ極東アジアでも、韓国は日本と同じようにタコを食べ、
中国ではほとんど食べない。
ヨーロッパでは、地中海沿岸の国々では、タコを常食しているが、
北ヨーロッパの国々では、これを食べない。
近い地域でも、タコを食べる国と、食べない国に、別れているのは興味深い。
タコは低カロリーで、高タンパクである。
タウリンや亜鉛も豊富に含んでおり、タウリンは疲労回復に効果がある。
生で食べることもできるが、ほとんどは加熱調理される。
寿司に使われているタコも、たこ焼きに入れられるタコも、
茹でダコが使われている。
スーパーなどでは、生のタコを販売していることもあるが、その量は少ない。
生のタコには独特のぬめりがあり、これを塩を使って取り除かないといけない。
この行程を面倒に思う人は多く、加熱調理済みのタコを買う人が多い。
イカと同じ「頭足類」に分類されているが、イカと違っている点もある。
そのひとつがスミである。
イカ、タコともに外敵に襲われると、スミを吐いて逃げ出すが、
イカのスミには粘性があり、吐いた後も形がそれほど崩れない。
ところがタコのスミには粘性は少なく、付近にあっという間に広がる。
これはイカのスミは、自分の分身を作り出すことを目的としているのに対し、
タコのスミは、敵の目をくらませる、煙幕の役目をしているからである。
イカのスミには、アミノ酸を中心とした旨味成分も多く、
料理にもよく利用されているが、タコのスミにはそのようなことはない。
スミの量も、イカは豊富であるが、タコは少ない。
日本では、タコはユーモラスに捉えられている。
ディフォルメ化され、滑稽なキャラクターにされてしまう。
「悪魔の魚」として忌み嫌われているのとは、全くの正反対だ。
同じ生物を見て、滑稽と感じるか、不気味と感じるか。
ここら辺に、民族的なパーソナリティが隠されていそうである。