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紅茶の物語〜その1

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By: bizmac

今回は、世界を動かした、ある「葉っぱ」の話だ。

その葉は、乾燥しており、
その「香り」を吸い込めば、人は陶然とした気持ちになる。
……。
それって、ヤバい「葉っぱ」なんじゃないの?
と思われてしまいそうだが、別段、非合法なものはない。
その「葉っぱ」の名前は「茶」。
非合法ではないものの、あらゆる非合法な「葉っぱ」より、
ずっと人類の歴史に影響を与えてきた「葉っぱ」である。

「茶」は、元々の植物名をチャノキといい、
これはそのまま「茶の木」からきている。
このチャノキの葉と若芽を摘み取ったものを、
様々に加工することで、「紅茶」、「ウーロン茶」、
「緑茶」など、様々な種類のお茶が作られる。
「緑茶」と「紅茶」などでは、
実際にお茶をいれたときの色や風味が大きく違っているが、
これは、葉を摘んだ後の加工工程の違いからきている。
「緑茶」は、摘み取った葉をすぐに炒り上げることで、
葉を発酵させる酵素を殺してしまう。
それに対し「紅茶」では、
摘み取った葉をよく揉み込んで発酵を促し、
完全に葉を発酵させた後に、加熱・乾燥させて仕上げる。
茶葉が発酵していく過程で、赤褐色に変色し、
我々が良く知っている、あの色になる。
「緑茶」には、この行程がないために
茶葉は変色せず、緑色を保っているのである。

我々は「紅茶」と聞くと、イギリスを思い浮かべてしまう。
イギリス人の紅茶好きは格別だし、
アフタヌーンティーなどという
ティーセレモニーを作り出したのもイギリスである。
ともすれば、イギリス人がせっせと
お茶を作っているようにも思われてしまいがちだが、
もちろん、彼らはお茶の栽培などはしていない。
彼らは主にインドなどから、紅茶を輸入し、
これを楽しんでいるだけなのである。

イギリスで「茶」を飲んだという最古の記録は、
サミュエル・ピープスの記述によるもので、
1660年に初めて「茶」を試した、と書かれている。
これはロンドンのコーヒーハウスが、
初めて「茶」を置き始めたころである。
このときピープスが飲んだ「茶」は、
リスボンかアムステルダムから持ち込まれたもので、
イギリスが輸入したものではなかった。
このころのイギリスは、東インド会社を作り、
彼らに貿易を独占する権利を与えていたものの、
まだイギリスへの輸入は始まっていなかったのである。

イギリスへ「茶」を持ち込んだのは、
ポルトガルのジョアン4世の娘・キャサリンだと
されることが多い。
彼女は1662年、イギリスのチャールズ2世に嫁いだ際、
「茶」をイギリスに持ち込んだといわれる。
しかし、先に書いたとおり、この2年前には
イギリスのコーヒーハウスにて、すでに茶が飲まれており、
自国が輸入したものではなかったにせよ、
イギリスに茶が入ってきていたのは、間違い無い。
ただ、このころは、「茶」がブームになることもなく、
全く一部のマニアたちの趣味にすぎず、
多くのイギリス人たちは、コーヒーを飲んでいたのである。

イギリスで「茶」がブームになりはじめるのは、
18世紀になり、東インド会社が
「中国」から「茶」の輸入を始めてからだ。
……え?中国?インドじゃないの?
そういう風に思われる人もいるだろうが、
そもそも「茶」はインド→イギリスではなく、
中国→イギリスというルートで入ってきていた。
というのも、このころ「茶」は、中国が独占しており、
イギリス人をはじめとする外国人たちは、
中国人たちの決めた場所でしか
「茶」の取引をすることが出来ず、
さらには「茶」を作っている農家たちと
直接取引することも禁じられていたためだ。
だから、この時代のイギリス商人の中には、
「紅茶」と「緑茶」が同じ植物から作られていることさえ、
知らない者もいた。
さらに中国は貿易の代金を、
金と銀でしか受け取らなかったため、
初期の「茶」貿易は、
極めて中国に有利な仕組みになっていたのである。

さらにこのころ、西洋諸国が中国から輸入していたのは
「茶」だけではなかった。
中国で生産されている「磁器」なども、
当時のヨーロッパには、その製作技術がなかったため、
全面的に中国からの輸入に頼っていた。
つまるところ、イギリスの「茶」は、
「茶葉」のみならず、その茶道具に到るまで、
全て中国から輸入していたわけである。
そもそも船の積荷としてみると、「茶」は軽量だ。
船に「茶」だけを満載しても、バランスは悪く、
安全な航行をすることが出来ない。
そのため、船底に重量のある「磁器」を満載し、
船のバランスをとっていたのである。

だが、この中国有利な貿易によって、
イギリスの東インド会社はたちまちに疲弊していった。
これを打開するため、東インド会社は
インドで領地拡大に乗り出した。
インドにおいて戦争を起こし、
ベンガル地方を含む新領地を獲得したのである。
そして、このベンガル地方を獲得したことによって、
イギリス・東インド会社は、
中国との「茶」貿易に使える
ある「商品」を手に入れるのである。

そう、その「商品」こそが、後に中国の歴史を狂わせる
あの「アヘン」であった。

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