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キャベツ

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赤ちゃんがどこからやってくるのか?というのは、
子供が持つ疑問の代表格のようなものだ。

この質問をしてくる子供は、たいてい幼児であることが多く、
きちんとした性教育を行なうには、まだ早い歳だ。
そういう場合、親は色々と適当なことを言うらしい。
曰く、コウノトリが運んでくる。
曰く、キャベツ畑から拾ってくる。
ひどいものになると、橋の下から拾ってきた、
なんていうのもある。

しかし、自分はそういう疑問を持ったことがない。
理由は簡単で、自分に物心がついたころには、
母親が妹や弟を妊娠しており、腹が大きくなっていた。
当然、母親はここにあんたの兄弟がいるんだよと、聞かせる。
そうなると、もう何も疑問を持つ余地がない。
ああ、赤ちゃんはお母さんの腹の中からやってくるのだなと、
ごく自然に刷り込まれたのである。
そのまま見ていると、次第に腹は大きくなっていき、
それがへこんだときには、母親の横に赤ん坊がいた。
こんなあからさまなものを見せられれば、
いくら幼児であろうと、
母親の腹の中に「これ」が入っていたんだなと、
ごく自然に思うものである。
「腹のへこんだ母親」+「赤ん坊」=「腹の膨らんだ母親」だ。
実に単純な計算である。
そうなると、コウノトリだのキャベツ畑などだのというのは
ワケのわからぬ嘘だということが、
子供心にも自然に理解できる。

自分が子供のころは、どこの家庭でも子供が複数人いた。
だから、大方の子供は自分と同じように、
物心がつくころには、母親の腹が大きくなり、
それがへこむと赤ん坊が出てくるというのを、
ごく自然に刷り込まれていたはずである。
そのあからさまな現実の前には、
コウノトリだのキャベツ畑などの入り込む隙間は、
皆無といって良い。

しかし、例えば兄弟姉妹のいない
一人っ子だったとしたらどうだろう?
自分のように、妊娠・出産というものを身近に見ていなければ、
子供がどこからやってくるのか?というのは、
極めて不思議なことだろう。
普通に生活をしていれば、妊婦を目にすることもあるだろうし、
親が「それ」について、説明をしてくれることもあるだろう。
しかしそれは、身近な兄弟が生まれてくるという
有無を言わさぬ現実を目の当たりにする経験からしてみれば、
それほど現実感をともなわないのではないか?
その現実感をともなっていない所に、
コウノトリだの、キャベツ畑などの入り込む隙がある。

どうしてこんなことを考えるに至ったかといえば、
裏の畑で順調にキャベツが育っているからである。
もちろん、赤ん坊はいない。
ただ整然と並ぶキャベツを見て、
どうしてここから「赤ん坊」がやってくると思ったのか?
そんな疑問が浮かんだからである。

スーパーの青果売り場に並んでいるキャベツは、
どれもきれいにまとまっている。
一番外側の葉が、わずかにめくれ返っているだけで、
後は非常にきれいにまとまっているので、
キャベツというのは、きっちりとしたイメージで見られる。
だが、そういうイメージも、
畑での成長途中のキャベツを見れば、
打ち砕かれてしまうかも知れない。
そう。
今、裏の畑に植わっているキャベツたちは、
その大きな葉を四方八方へと、無造作に広げ、
実にダラシナイ姿をさらしているのだ。
たまにTVなどで取り上げられる、
「片付けられない女」のイメージがダブってしまう。
それほど、あられもない姿で畑に植わっているのである。
そんなだらしのないキャベツも、成長とともに結球していく。
中央に集まるように葉が折り重なっていき、
その中央に我々の知る、あのキャベツが出来上がるのである。
もちろん、広がっていた全ての葉が結球するわけではなく、
ある程度、結球した後に、中央部分だけを収穫するのである。
こんな風に例えれば、怒る人もいるだろうが、
全く家事・片付けの出来なかった女性が、
結婚を前に母親にきびしく家事・片付けを仕込まれ、
とりあえず形になった所で、未熟な所に目をつむり、
嫁として送り出すようにも見えてくる。

キャベツは、アブラナ科アブラナ属に属する多年草である。
多年草、となっているが、普通にキャベツを収穫するだけならば、
1年もかからないサイクルで収穫できる。
ただキャベツが花を咲かせ、タネを作るには
結球したキャベツを収穫せず、
そのまま放置しておかなければいけない。
放っておかれたキャベツは、
茎を伸ばして菜の花のような花を咲かせ、その後にタネをつける。
キャベツのタネが出来るまで、1年以上かかるため、
キャベツは多年草ということになっている。
この点は、白菜など他のアブラナ科の植物と同じである。
大きな特徴としては、丸く球になる「結球」という現象だが、
キャベツの仲間が全て「結球」するわけでもない。

キャベツの原産地はヨーロッパである。
栽培の歴史は数千年にも及び、
紀元前より栽培されていたが、
もともとは結球しない、いわゆる「葉キャベツ」であった。
「結球」する性質を持ったものが栽培され始めたのが、
紀元始めのころだとされる。
「葉キャベツ」に比べ、柔らかく、日持ちがして、
病気にかかりにくい性質を持った「結球型キャベツ」は、
人間にとってかなり都合のいい作物であった。
この「結球型キャベツ」が本格的に栽培され始めたのは、
13世紀のイタリアでのことであった。

日本にキャベツが伝わったのが、江戸時代の初期。
オランダから伝えられたこのキャベツは、
どちらかといえば「葉キャベツ」に近いものであったらしい。
しかし食用として栽培されることはなく、
むしろ観賞用として改良を加えられ、
現在の「葉ボタン」を生み出すことになった。
1709年に貝原益軒が記した「大和本草」の中では、
「オランダナ」として紹介されており、
「葉は大きくて、ツヤがなく、白っぽい。
 花は大根に似る。美味しい。
 3年で花が咲き、カブの仲間である」
と書かれている。
食用にこそされていなかったが、
一応、食べれることは知られていたようだ。
我々が現在食べている「結球型キャベツ」が日本に伝わったのは、
江戸時代末期のことである。
しかし当時の日本には、薬味や大根おろしなどを除いて、
野菜を生で食べる習慣が存在していなかった。
これは、日本の畑作では人肥(人糞)を肥料としていたため、
その土壌で育った野菜には、ある種の寄生虫がいたためである。
(現在では化学肥料が中心になっているので、
 この手の寄生虫の心配は無くなっている)
明治時代に入り、東京銀座の洋食店が「とんかつ」を発明、
これに刻みキャベツを添えて供したことから、
キャベツが本格的に普及していくことになった。
日本で野菜を生で食べることが一般化しだすのは、
昭和30年代〜40年代にかけてのことであったが、
キャベツはそれに先駆けていた、といえるだろう。

さて、冒頭で書いた
「子供をキャベツ畑で拾ってくる」という話だが、
その由来については諸説ある。
面白い話を1つ取り上げてみると、
中世スコットランドでは、
若者たちが目隠しをしてキャベツ畑に行き、
引き抜いた根に土がついているかどうか、
あるいはかじった葉っぱの味で恋占いをしていたという。
現代人の感覚からすると、随分と色気のない恋占いだが、
この「恋占い」をしていたという所から、
ヨーロッパでは「赤ん坊」はキャベツ畑からやってくる、という
話が出来上がったらしい。
「恋」→「結婚」→「出産」ということだろうか?

そんな風に子供の出産について、色々いわくのある
「キャベツ畑」だが、ニュースなどを見ていれば、
大豊作であっても商品の値崩れを押さえるため、
畑に植わっているキャベツを、
ブルドーザーで潰していく姿が流れることがある。

現在の深刻な少子化は、「キャベツ畑」の祟りなのかも知れない。

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