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イチジク

更新日:

自分が幼少のころ、我が家は借家を借りていた。

その後、マイホームを建てたのが
自分が小学校の低学年のころなので、
うちの3兄弟の中で、借家暮らしの記憶があるのは
多分、自分だけだろう。

何十年も前の話になるので、
借家の間取りなどは、大まかにしか覚えてないのだが、
敷地自体が狭かった上に、母屋の横に大きな(子供の目線では)
納屋があり、その中には家主の耕耘機などが収まっていた。
部屋数も3つほどしかなく、
台所については、ほとんど記憶に残っていない。
ただひとつ、強烈に覚えているのは、
風呂が五右衛門風呂だったことである。
納屋と母屋の間に通路があり、
そこに入っていくと裏口の横に、風呂焚き釜があった。
ガスで焚く装置があった記憶がないので、
恐らくは、完全に薪で焚く風呂だったのだろう。
鋳物の蓋を開くと、中には丸い風呂釜が宙に浮かんでおり、
その下に薪を入れて、風呂を焚いていた。
もちろん、風呂に入るときはフタを踏んで沈め、
その上に乗っかるようにして入っていた。

はっきりいって、周りの家よりもはるかに古い家で、
同じ地区に住んでいる友達の家と比べると、
1世代か2世代、古い家であった。
普通、友達の家よりも圧倒的に古い家(+小さい)に
住んでいると、強い劣等感を覚えそうなものだが、
生来の暢気な性格ゆえか、そういう不満を持った記憶がない。
五右衛門風呂なども、同世代の人間では、入ったことはおろか、
見たこともないという人間がほとんどだろうが、
自分は間違いなく、
幼少期を五右衛門風呂で育ってきたのである。

この借家には、小さいながらも庭があり、
そこに何本かの果樹が生えていた。
かつてこのブログで書いた「グミ」なども、
そういう果樹の1本で、
自分のオヤツ代わりになっていたのだが、
その「グミ」と並んで、何本かの「イチジク」が生えていた。

こういう風に書くと、
「ああ、じゃあ、子供のころは
 グミとイチジクをオヤツにしていたんだな」
なんて思われてしまいそうだが、
そういうことにはならなかった。
グミの方は、あまり美味しくはないものの、
手の届く範囲に、きれいに熟した実がなっていたので、
これを摘んで食べていたのだが、
イチジクに関しては、これを喜んで食べた記憶が無い。
庭で採れるものなのだから、
普通に食べさせられたことはあるのだが、
残念ながら、そんなに美味しいものとは思わなかった。
良く考えてみれば、
イチジクが大好きという幼児も少ないだろう。
ともあれ、子供のころはイチジクが苦手で、
その苦手意識を持ったまま、大人になってしまった。
もちろん、今では普通に食べることはできるのだが、
子供のころに刻み込まれた苦手意識があり、
あまり好んで食べるということのない、果物の1つである。

イチジクは、クワ科イチジク属に属する落葉高木である。
漢字で書けば「無花果」と、
まるで花の咲かない植物のような字面であるが、
実際にはきちんと花の咲く植物である。
ただ、実際に植えられているイチジクを観察していても、
花のようなものが咲くことが無い。
あれ?それじゃあ、やっぱり花は咲かないんじゃないの?
と思われてしまいそうだが、
きちんと花はあるのである。
では、一体どこに花があるのか?
イチジクの果実を半分に割ってみれば、
赤いツブツブがたくさん詰まっている筈である。
この赤いツブツブこそが、イチジクの花なのだ。
つまりイチジクのあの独特の食感は、
果肉の感触ではなく、花が生み出していたのである。
イチジクは花もまた、可食部なのである。
野生のイチジクの場合、イチジクコバチという昆虫によって
受粉が行なわれるのだが、
日本国内で栽培されているイチジクは、
受粉しなくても果実が大きくなる
「単為結果」という性質を持っているため、
昆虫による媒介は行なわれない。

原産地はアラビア半島の南部地域である。
少なくとも6000年前には栽培が始まっていたことが
明らかになっている。
地中海沿岸、中東、北アフリカでは、
かなり古い時代から食べられており、
古代エジプトの壁画にイチジクが描かれていたり、
旧約聖書の中にもイチジクは頻繁に登場している。
その後、ヨーロッパからペルシャ、中国と伝えられ、
日本へは江戸時代、中国から長崎へと伝えられた。
当初は食用としてではなく、薬用として栽培されていたが、
やがて生産量が増えると、食用として用いられるようになった。
挿し木をすれば、簡単に増やせることから、
手間のかからない果樹として、
庭などに植えられることが多かった。
伝来当初は「蓬莱柿(ほうらいし)」「南蛮柿(なんばんかき)」
「唐柿(とうがき)」などと呼ばれていた。
どの名前を見ても「外国からやってきた柿」という意味である。
あまり柿には似ていないように思えるのだが、
当時の人間にとっては、良く色づいたイチジクは
柿のように見えたのかも知れない。

イチジクという名前の由来に関しては、
毎日1つずつ実が熟すことから「一熟(いちじゅく)」が
変じたという説、
ひと月で実が熟すため「一熟(いちじゅく)」となり、
これが変じたとする説、
中国での名前「映日果(インジークォ)」が変じて
イチジクになったとする説などがある。
ただ、毎日1つずつ熟すという説も、
ひと月で実が熟すという説も、
「一熟」という言葉ありきの説のような気がする。
どうも話が出来すぎている気がするのだ。
この3つの説の中では、中国語の名前が変じたというのが、
もっとも説得力があるように思える。

先にも書いた通り、イチジクはもともと「薬」として広まった。
果実にはカリウムが含まれており、
高血圧、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞などを予防してくれる。
さらに食物繊維も含まれており、
これには便通をよくする働きがある。
フィシンという、タンパク質分解酵素を持っているため、
イチジクを食後に食べると、消化を助けてくれる。
果実に含まれるこれらの働きも、身体の為になるものだが、
イチジクが薬用とされるのは、果実だけでなく、
葉や樹液も薬用になるからである。
葉は、乾燥させて生薬として使い(無花果葉)、
白い樹液は痔やイボに塗布したり、駆虫薬としても用いられる。

たつの市では、イチジクを新たな特産品にするべく、
苗木の無料配布を行なっていた。
(現在はすでに終了している。
 自分が「それ」に気付いたのも、
 終了した後のことであった)
これによって、どれほどイチジクが
生産されるようになったのかはわからないが、
いつの間にやら、たつの市の「ふるさと納税」のお礼の中に、
イチジクが並ぶようになった。
それなりに、イチジクが生産されるようにはなったようだ。

同じような苗木の無料配布が、
また行なわれるのかはわからないが、
もし、次回そういう機会があれば、
うちの庭に、数十年ぶりにイチジクを
復活させてみたいものだ。

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