暑くなってくると、冷たくてさっぱりしたものを食べたくなる。
昔はそうでもなかったのだが、どうも歳をとってくると、
そういうことになるらしい。
素麺、冷やし中華、ざるそば、ざるうどん。
昔は、夏といえども見向きもしなかった。
夏であろうと、なんであろうと、脂ギトギトのラーメンであり、
どでかい天ぷらののった天ぷらソバであり、
胃もたれするくらいの濃いカレーをかけてある、カレーうどんだった。
それがいつのころからか、夏場にはさっぱりしたものを好むようになった。
前出したようなものが、食べられなくなったわけではない。
ただ、暑い時期に、そのようなものを食べると、
汗が噴き出して大変なことになる。
この点、昔も同じだったはずだが、歳をとって、
それがうっとうしくなったのかもしれない。
冬の寒い時期になるとこってりしたものが食べたくなり、
夏になるとさっぱりしたものが食べたくなる。
これがある程度歳をとった人間の、自然の摂理らしい。
これはみそ汁にも当てはまる。
冬場には、脂の浮いた豚汁がうまいし、
酒粕をこれでもかとぶち込んだ粕汁は、こたえられないほどうまい。
逆に夏場のみそ汁には、茗荷などのさっぱりした香味のある野菜を使い、
あっさりとした飲み口のものが嬉しい。
このさっぱりの極致ともいえるみそ汁が、「冷や汁」である。
今回は、この「冷や汁」について書いていく。
冷や汁を初めて知ったのは、マンガでのことだった。
「クッキングパパ」の、コンビニ版・魚介料理編だった。
この中で、熊本・宮崎・鹿児島に伝わる「冷たいみそ汁」と紹介されていた。
現在では、わりと知られるようになったが、
その当時はまだ、知る人ぞ知る、というメニューであった。
注目すべき点は、「魚介料理編」に収録されていた点だ。
これをそのまま信じるならば、「冷や汁」は魚介料理ということになる。
マンガで紹介されていた調理方法も、魚を焼いて、そのすり身を入れたり、
残った骨からダシをとったりしていた。
この点が、面倒臭そうだったので、自分で作ろうという気にはならなかった。
それからしばらくして、近所のスーパーで、
「冷や汁のもと」という商品を見つけた。
キュウリ、大葉、茗荷があればすぐできるという、インスタント「冷や汁」だ。
早速この「冷や汁のもと」と、キュウリ、大葉、茗荷を買い込んだ。
「冷や汁のもと」の中には、みそ味のペースト状の調味料と、
すりゴマのパックが入っており、これを冷水に溶いて、熱いご飯にかけ、
上にキュウリ、大葉、茗荷の刻んだものをのせて、食べる仕組みだった。
で、いそいそと説明書通りに作って、食べてみた。
……これがまずかったのである。
問題は味ではない。
熱い炊きたてのご飯に、冷たい「冷や汁」をかけたものだから、
なんとも生温く、ぐちょぐちょと、気色の悪いものが出来上がってしまった。
マンガでは、「さっぱりとしていて、夏にぴったり」
ということだったが、正直、暑い時期に、生温い汁飯は最悪にまずかった。
こんな、料理ともいえないような料理にも、起源がある。
鎌倉時代の「鎌倉管領家記録」に
「武家にては、飯に汁かけ参らせ候。
僧侶にては、飯に冷や汁かけ参らせ候」
と書かれている。
ただ、それだけの記録であるが、たしかに「冷や汁」という表記が使われている。
少なくとも、鎌倉時代には「冷や汁」が食べられていたようだ。
だが、この「冷や汁」が、現在のものと同じものかは、わからない。
現在の「冷や汁」に使われている材料は、
鎌倉時代には全て日本に存在していたが、
みそ汁という汁料理が作られるようになったのは、
室町時代から江戸時代にかけてのことであり、
それ以前は、味噌はいわゆる「おかず味噌」として消費されていた。
現在でいうところの、「金山寺味噌」や「ねぎ味噌」みたいなものだ。
ということは、「鎌倉管領家記録」に書かれている「汁」も「冷や汁」も、
みそ汁ではなかった、ということになる。
ではこの「汁」とは、どのようなものだったのか?
味噌で味付けされていなかったのであれば、醤油か?
しかし、現在使われている液状の醤油が使われるようになったのは、
室町時代からだ。
それ以前は、味噌と醤油の入り混じったような「醤」と呼ばれるものが、
使われていた。
時代的にみて、使用できる調味料は、塩、酢、酒、醤くらいだ。
魚を使った「醤」、「魚醤」も存在していたが、
これも使われていたとは思えない。
鎌倉時代、武家と親密だったのは禅宗だが、精進料理でわかる通り、
禅宗では一切の生臭ものを口にしない。
そうなってくると、「魚醤」が使われていたはずがない。
で、あれば、汁の味付けに使えそうなのは、塩と酒くらいか。
酢を、汁の味付けに使うとは思えないし、
おかずとして食べられていた味噌(醤)も汁には使わないだろう。
つまり、原初の「冷や汁」は「塩汁」だった可能性が高い。
時代が進み、みそ汁を使うようになった、と考えられる。
話をインスタント「冷や汁」に戻す。
これが驚くほどまずかったと書いたが、問題はこれが2食入りだったことだ。
もう1食分、残っていたのである。
どうすれば、これを美味しく食べられるか、頭をひねった。
これがまずいのは、熱いご飯に、冷えた「冷や汁」をかけ、
生温くして食べているためで、改善点はここだ。
どちらかの温度を、もう片方の温度に合わせれば良いのだ。
そうなると、「冷や汁」を温めるか、ご飯を冷やすかである。
夏の暑い盛りなので、迷うことなく後者を選んだ。
ご飯にラップをかけ、冷蔵庫で冷やし、それに「冷や汁」をかけたのである。
冷えたご飯はやや固くなっていたが、「冷や汁」をかけてから箸でほぐせば、
すぐにバラバラにばらけた。
この上に、胡麻、大葉、キュウリ、茗荷をのせて、匙を使って食べてみた。
すると、これがうまかったのである。
キンと冷えた「冷や汁」が、冷たいまま口の中に入り、胃に落ちていく。
涼感たっぷりの、最高の夏のご飯であった。
その後、色々試してみたが、結局のところ、
味噌・胡麻・大葉・キュウリ・茗荷があれば、同じような味になる。
味噌がダシ入りだと、なお良い。
食欲の落ちるこれからの季節、ご飯まで冷やした「冷や汁」は、
驚くほどするすると食べられる。
食欲が落ちた際には、一度試してみてほしい。