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タマネギ

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自分が中学生・高校生だったころ、
実家と学校の距離が離れていたため、自転車通学をしていた。

家の裏の納屋の中が、
自転車置き場になっていたのだが、
この納屋の中に自転車を入れておくと、
たまに、自転車に「タマネギ臭」がつくことがあった。
それも、美味しそうな「タマネギ臭」ではなく、
腐った「タマネギ臭」である。
自転車を置いている納屋の中に、
たくさんのタマネギがぶら下げてあり、
たまに腐ったタマネギが、自転車に落下してくるからだ。
その腐ったタマネギが自転車につくと、
しばらくは強烈な「タマネギ臭」がとれなかった。
洗剤をかけて洗ってみるのだが、
完全に臭いを落とすことは出来ず、
2〜3日はタマネギ臭い自転車に乗って、
学校に通うことになった。

さて、現在でも田舎では、家や納屋の軒先に
大量のタマネギをぶら下げているところを、
見かけることがある。
何故、こんなことをしているのか?というと、
こういう風に雨の当たらない場所に
タマネギをぶら下げておけば、
結構な期間、これを保存しておくことが出来るからである。
とはいえ、これにも限界はある。
普通に吊るしておいたのでは、
おおよそ2〜3ヶ月ほどでタマネギは傷んでしまう。
うちの納屋にぶら下げられていたタマネギは、
使いやすいように、低い位置に吊るしていたので、
(婆さんが吊るしていたので、
 あまり高い位置に吊るせなかったというのもある)
普段、自転車を出し入れしている自分たちが、
頻繁に頭をぶつけており、
普通に吊るしてあるタマネギよりは、
かなり傷みやすい状況だったのは、間違いないだろう。
腐ってグチュグチュになったタマネギは、
その自重によって、ポトリと落ちることになる。
だから、納屋の中には、
いくつもの傷んだタマネギが落ちていた。
婆さんの過生産が原因で、使いきれないほどのタマネギが
ぶら下げられていたためである。

タマネギは、ヒガンバナ科ネギ属に属する多年草である。
多年草といっても、タマネギの収穫までに
1年以上かかるわけではない。
種子を穫ろうとした場合、2年近くかかるだけで、
タマネギを収穫するだけならば、1年もかからない。
タマ「ネギ」と、ついていることからわかるように、
地上部分はネギに酷似している。
ネギとは違い地上部分を食べず、
これが倒伏した後に、
地中に埋まっているタマネギを収穫する。
ただ、タマネギは地中に埋まっているが、
「根」ではなく、実は「葉」である。
タマネギを縦に半分に切ると、
一番下の部分に芯があるが、この芯が「茎」である。
タマネギは、幼苗時はネギとよく似ているが、
成長すると葉の基部が肥大化し、球状のものを形成する。
これを「鱗茎」という。
ニンニクやラッキョウ、ユリネなども、
この「鱗茎」を食べる植物である。
これらのように「鱗茎」を食べる野菜のことを、
特に「鱗茎菜」と呼ぶ。

タマネギの原産地は中央アジアで、
ここから西へ、西へと広がっていった。
こう書くと、ん?東へは伝わらなかったの?
と考えてしまうが、実は東へは伝わらなかったのである。
東西の交易はあったので、
早い時期に東アジアへ伝わっていたとしても
不思議ではないのだが、
西側諸国に比べると、東アジアへタマネギが伝わったのは
かなり遅かったのである。
タマネギではなく、普通のネギは
かなり早くに伝わっているので、
(原産地はタマネギと同じ、
 中央アジアから西アジアにかけての地域である)
西へはタマネギ、東へはネギが広がっていった。
ひょっとしたら、民族的な嗜好の違いなのだろうか?

古代エジプトでは、紀元前3000年ごろの墳墓に
タマネギの絵が描かれている。
紀元前5世紀に書かれた、ギリシャの歴史家・ヘロドトスの
「歴史」によれば、ピラミッド建設の労働者には
タマネギをはじめ、大根やニンニクが支給されていたという。
もちろん、これだけを食べていたわけではないだろうが、
日本人にも馴染みのあるものを
食べていたということがわかる。
タマネギには食料としての役割の他に、
「魔除け」としての役割も持っており、
ピラミッドに収められているミイラは、
目のくぼみにタマネギを詰め込まれ、
脇の下にもタマネギを挟みこまれていた。
さらに、包帯の間にもタマネギをおいたりしていたそうなので、
古代エジプトの王族たちの死体は、
随分とタマネギ臭かったと思われる。

タマネギが日本に入ってきたのは、1770年のことだ。
南蛮船によって、長崎へと持ち込まれた。
このころ、タマネギはその保存性から、
長期航海をする船の、貴重な食料として積み込まれていた。
だから、日本に持ち込まれたタマネギが、
栽培を目的にして移入されたものなのか、
あるいは、ただ、南蛮船の食料だったものが、
何かのきっかけで日本へと伝えられただけなのか、
はっきりとはしていない。
ただ、当時すでに、ネギが存在していたためか、
江戸時代の人々には、受けなかったようだ。
本格的にタマネギの栽培が始まったのは、
明治時代に入ってからのことである。
アメリカから伝わったタマネギを、北海道に植えたのが
最初であったとされる。
以降、北海道は常に国内におけるタマネギの、
最大の産地となっている。
なかなか日本人に受け入れられなかったタマネギだが、
そのころ、ちょうど関西でコレラが流行しており、
タマネギが「これ」に効くという噂が立った。
すると、それまでの不調が嘘のように
タマネギは売れるようになり、
それをきっかけにして、様々な料理に用いられるようになった。

栄養的には炭水化物が多めで、他にもビタミンC・B1・B2、
カリウムやカルシウムなどのミネラル、
さらに食物繊維などが、バランスよく含まれている。
タマネギ特有の辛味と刺激臭のもとは硫化アリルで、
この成分は消化液の分泌を助け、新陳代謝を活発にする。
さらにビタミンB1の吸収を助ける働きもある。
つまりタマネギは、極めてビタミンB1を吸収しやすい
食物なのである。
また硫化アリルには、血液の固まりを溶かす働きもあり、
これがいわゆる「血液サラサラ効果」と呼ばれているものである。
タマネギの健康効果を挙げてみると、
高血圧予防、動脈硬化予防、血栓予防などの
血管関係の成人病予防の他、
疲労回復、風邪予防、滋養強壮、食欲増進など、
スタミナ関係の回復・強化という効果に分けられる。
これらが気になる人にとっては、
積極的に摂取していきたい野菜である。

現在、タマネギは我々の食生活になくてはならない
野菜の1つになっている。
各種西洋料理は当然として、
日本料理の中にも、ごく当たり前のような顔をして
入り込んで来ている。
恐ろしいほどの親和性である。
ネギやニンニクなど、タマネギに似た風味の野菜が
すでに広く受け入れられていたため、
タマネギが日本の料理に馴染むことについては、
不思議なことではないのだが、
(逆に江戸時代、長崎に持ち込まれたタマネギが
 どうして受け入れられなかったのかが、わからない。
 あるいはネギやニンニクで代用できるものだったので、
 あえてタマネギを使う必要性を、
 見出さなかったのかも知れない)
その和洋を問わない使いやすさは、
ちょっと他では見当たらない。
スーパーなどでも1年中、
青果売り場の中から消えることがない。
まさに野菜界きってのスーパースターである。
そんなスーパースターが、4〜5個ほど袋に入って、
200円ほどで販売されている。

このオールマイティーなスーパースターは、
エジプトで食べられていたころから変わらず、
「庶民派」なのである。

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