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給食とエサ

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ちょっと前に、こんなニュースが流れていた。

「大阪市給食を「これエサやで」と中学生
 橋元市長「日本の飽食時代を象徴」と激怒」

というものである。
わかりやすく解説すれば、
大阪の市議会議員が中学校の給食を視察した際、
生徒の1人が給食のことを「エサ」と表現した。
これを市議会で取り上げたときに、橋元市長が、
「僕の子供がそんなことを言ったら大激怒する。
 日本の飽食時代を象徴しており、
 国の崩壊に繋がりかねない」
と、猛反論したというものだ。

この件に関しては、これ以上ニュースになることがなく、
このまま立ち消えになってしまったのだが、
「給食の現状」という、一番話し合うべき点が
全く議論されずに終わってしまっている所が、
なんとも後味が悪い。
どうも、この怒りに任せた感じの
話の切り上げ方を見ている限りでは、
橋元市長も、
「痛い所をつかれた、
 これ以上、突かれる前に勢いで流してしまおう」
という風に考えているようにも思える。
大阪市の給食の現状がいいのか、
悪いのかはわからないが、
「これエサやで」という発言が出ること自体、
結構な問題ではあるまいか?
給食の内容がキチンとしていて、
その上で出る「エサ」発言と、
給食の内容が本当に「エサ」並みで出る、
「エサ」発言とでは、その深刻さが違ってくる。
もちろん、後者の方であるならば大問題だ。
当然、その場にいた議員はその発言について、
生徒にその真意を尋ねただろうし、
また、絶対に尋ねておかなかければ
ならない場面である。

大阪市の給食というのは、
今までにも何度かニュースで取り上げられた。
最初はその導入の段階で一悶着あり、
導入されてからも、様々な点で問題が指摘されている。
今回の「エサ」発言にしても、
その一環であると捉えることも出来る。

市長がいうには、
「保護者等が給食を試食した際にも、
 「エサ」だ、などといわれるような評価は出なかった」
と、主張。
しかし、冷静に考えてみれば、
保護者を交えた試食など、ただ1回だけのことであろうし、
あらかじめそういう試食がある、とわかっているのだから、
そうそうおかしなものを出すことはあるまい。
その1回の試食だけを持って、
給食の全てを問題無しとするのは、
評価のやり方としては乱暴に過ぎる。
メニューなどは毎日変わり、
それを実際に食べているのは、子供たちである。
どこからの意見を
一番重要視しなければならないかといえば、
やはり毎日給食を食べている子供たち、
あるいは、彼らと一緒に給食を食べている
教職員たちだろう。
しかし、教職員たちの意見は、
いち地方公務員としての立場上の発言も
含まれてくるわけだから、
あまりそのまま受け取れるものではないだろう。
可にせよ、不可にせよ、
何らかの矯正がかかっていることも充分に考えられる。
そうなるとやはり、信頼できるのは
子供たちの意見ということになる。

さらにいえば、「エサ」発言にしても
よく考えてみる必要がある。
つまり、給食が「エサ」なみにマズいといっているのか、
(これが生徒の本心であるとすれば、
 なかなかの大問題ではあるが……)
あるいは味以外、例えば給食の与えられ方等に問題があり、
その結果、自らをエサを与えられている
家畜か何かのように感じているのではないか?
ということだ。

実際に、生徒たちに給食に関するアンケートをとった所、
「おいしくない」という意見が66%にもなり、
給食を食べる量が半分以下、
という生徒が73%もいるという。
味については、食べるものの主観的な判断も入るだろうが、
給食を食べる量が半分以下という生徒が、
73%いるというのは、かなり深刻なのではないか?
このアンケートが実施されたのは、市立の中学校である。
中学生といえば、まさに食べ盛りだ。
自分の経験からすれば、
それこそいくらでも食べれるほどに腹は減る。
自分の時代のことにはなるが、
はっきり言って、「味よりも量」というのが、
10代男子の偽らざる本音だと思う。
特に運動部に属したりしていなかった自分でさえ、
そうだったのである。
そんな世代の子供が、
タダ飯を残すというのは相当である。
一体、何が原因なのか?

同じ中学校でアンケートをとった所、
「冷たい」というのが、38%で最大であった。
大阪市の給食は、民間会社が一括調理し、
これを鮮度保持のために冷却し、
各学校へと配送する形式だ。
実はこの「冷たい」というのが、
ポイントなのではないだろうか?
ある寿司屋の店主の書いた本に載っていたことなのだが、
食べ物というのは、
そのほとんどが冷やすと味が落ちるそうだ。
寿司屋にしてみても、冷凍庫や冷蔵ケースの中に
ネタを入れておくのは、
あくまで傷むのを送らせるためだけで、
冷やすことによって、味が良くなるなんてことはなく、
冷蔵ケースに入れておいた魚は、
捌いたものをそのまま握るよりは、
味がだいぶ落ちるらしい。
そういう意味では、冷蔵技術というのは、
寿司屋にとって扱える魚種を飛躍的に増やしたが、
寿司の味を落とす結果になった、
ともいえるかもしれない。
ともあれ、そういう意味でも現在の子供たちは、
給食室で調理されたものを
間髪入れずに食べることの出来ていた
自分たちの世代よりも、
随分と味の落ちるものを食べていることになる。

マズいものを食べていた人間が、
ウマいものを食べている人間に、
「贅沢いうな」とか「飽食時代の~」というのは、
それなりに説得力のある話だが、
ウマいものを食べていた人間が、
マズいものを食べている人間に同じことを言っても、
全く説得力はないだろう。
橋元市長が子供たちにいっているのは、
まさにこの後者そのものではないだろうか?
市長は
「『ありがたい』という感謝の気持ちがないと
 ダメじゃないか。
 食育をして現場で教育し直すべき」
といったらしいが、
「食育」というのは、
「様々な経験を通じて、「食」に関する知識と、
 「食」を選択する力を習得し、
 健全な食生活を実践することの出来る人間を、
 育てること」である。
決して、
「どんなものでも、出されたものは、
 有り難がって全部食え」
ではないのである。
「食育」という言葉を使いたいのであれば、
この問題を切り捨てるような真似はせず、
真摯に向き合うべきだろう。

もしこれが改善されず、
子供が不満を持ったまま、給食を食べ続けたとする。
当然、子供たちはいつか大人になり、
選挙権を手にする。
選挙が行なわれ、投票所へ足を運ぶ。
そこで目にするのが、「橋元」「維新」の名前である。
当然蘇る、まずかった給食の思い出と、
市長の切り捨てるような発言の数々。
彼らがどういう選択をするかは、火を見るより明らかだ。

食い物の恨みは、恐ろしいのである。

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