最近、農道を自転車で走っていると、彼岸花が目につくようになった。
といっても、まだまだ出始めといった感じで、
花が咲く前のつぼみの状態のまま、畦からにょっきりと生えている。
これが、しばらくすると大発生し、畦を覆いつくすことになる。
彼岸花というのは、不思議な植物だ。
枝も、節も、葉もない。
ただつるっとした茎だけが伸びてきて、その先に花が咲く。
この花が、装飾性に富んでいる。
やたらに反り返った花弁、毒々しいまでに赤い色。
この彼岸花が、農村の畦を埋め尽くすと、一種異様な光景になる。
名前の通り、秋の彼岸のころに咲く。
秋の彼岸とは、秋分の日を中日とした、前後3日を含めた7日間のことで、
大体そのころに、満開になるとされている。
「彼岸花」というのは、随分と辛気くさい名前であるが、
この花には、他の名前も多い。
ちょっと書き出してみよう。
「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」
「死人花(しびとばな)」
「地獄花(じごくばな)」
「幽霊花(ゆうれいばな)」
「剃刀花(かみそりばな)」
「狐花(きつねばな)」
「捨子花(すてごばな)」
「はっかけばばあ」
……。
ろくでもない名前ばかりである。
「曼珠沙華」というのは仏典由来の名前で、
「天上の花」という、ありがたい意味がある。
しかし、仏典によれば「曼珠沙華」は白く、柔らかい花であり、
彼岸花とは似ても似つかない。
恐らくは、日本に言葉が伝わる際に、間違って伝来したものと思われる。
この「曼珠沙華」を除けば、後はろくでもない名前ばかりだ。
ちょっとマシなのが「狐花」だろうか。
「彼岸」だの、「死人」だの、「地獄」だの、「幽霊」だの、
縁起の悪い言葉を、これでもかと与えられている。
そんな名前を与えられているだけあって、
彼岸花は不吉な花として、忌み嫌われている。
実に哀れな花である。
ただ、中には赤い花、天上の花ということで、縁起のいいものとする解釈もある。
彼岸花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。
日本全域で見ることができるが、日本の在来種ではなく中国から持ち込まれた。
稲作の伝来と同時に、日本に持ち込まれたようだ。
恐ろしいことに、日本に生えている彼岸花は、
全て遺伝的には同一種である。
早い話が、縄文時代に中国から持ち込まれたたったひとつの球根が増え続け、
日本中に広がったということである。
まるで現代の「特定外来種」のようだ。
そこまで広まったのなら、さぞかし有用な植物なのだろう、
と思ってしまいがちだが、実は全草有毒な毒植物である。
特に鱗茎にはアルカロイドを多く含んでいる。
サスペンスドラマなどで、たまに聞くアレである。
経口摂取すると、吐き気や下痢、ひどい時には中枢神経の麻痺を起こし、
死に至ることもある。
一説によれば、この有毒植物をネズミ、モグラ、虫が嫌うために、
一種の忌避剤として、人為的に植えられたという。
モグラの場合、肉食であるので直接的には影響はないが、
モグラの餌となるミミズが彼岸花の鱗茎を嫌うため、
結果として、モグラも遠ざける結果になる。
しかし、恐ろしいことに、その有毒な鱗茎を食べることもあったという。
もちろん、誰かを毒殺するためや、自殺するためではない。
彼岸花の鱗茎は、デンプンを多く含んでいるため、
これを非常時の食料としたのである。
鱗茎に含まれる有毒成分は水溶性であり、長時間水にさらせば溶け出してしまう。
結果として鱗茎は無毒化され、食べることができるようになるのだ。
そういう意味で、畦に植えられている彼岸花は、害獣除けというだけではなく、
救荒作物でもあった。
第2次世界大戦などの食料不足のおりには、食料とした記録もある。
強い毒というのは、同時に強い薬にもなりうる。
彼岸花の鱗茎も、石蒜(せきさん)という名の生薬であり、
利尿効果や痰を除く効果がある。
もちろん、だからといって素人が彼岸花の鱗茎を齧っても、
悲惨な結果が待っているだけだ。
くれぐれも軽挙は止めよう。
小学生のころは、彼岸花を蹴り折って遊んでいた。
彼岸花の茎は、子供の力でも簡単に折れるので、
学校帰りの子供にとっては、格好のおもちゃであった。
かくして、小学校の通学路脇に生えている彼岸花は、
悪ガキ共に踏み折られて、哀れな姿になっていた。
もちろん、どれだけ踏み荒らされようと、
翌年にはまたニョキニョキと生えてくるのだが。
一度、妹が彼岸花を、摘んで帰ってきたことがあった。
花瓶にでも入れて、飾ってみたいと思ったのかもしれない。
ところが、母親に怒られて捨てに行かされていた。
なんでも、彼岸花を持ち帰ると、家が火事になると言われているらしい。
さすがに新築間もない、ローンがたっぷり残っている家が、
焼けてはたまらないと思ったのだろう。
あれから30年、実家はボヤなどを出すこともなく、無事に残っている。
彼岸花を捨てに行った甲斐は、あったようだ。