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アスパラガス

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以前、病院に入院していたとき、
病院食として頻繁にアスパラガスが出てきた。

もちろん、メインのおかずとして出てきたわけではなく、
肉料理の添え物、魚料理の添え物など、
「添え物」として、皿の上に盛りつけられていた。
添え物であるので、特に手の混んだ加工はされておらず、
茹で上げられたアスパラガスが、1センチ幅に切り刻まれて、
盛りつけられているだけであった。
病院食ということで、塩味もほとんど無く、
本当に茹でて、刻んだだけのアスパラガスで、
ご飯のおかずになるでもなく、
細かく刻まれすぎているために、箸で食べにくいとあって、
なかなか厄介なおかずであったのだが、
調理が簡単なせいか、度々病院食に登場して、
こちらを辟易させてくれた。

ただ、野菜自体が持っている「味」は濃くて、
細かく刻まないままで茹で上げ、
食べる前に塩を一振り二振りしてみたら、
かなり美味しかったに違いない。

実は、この入院の際、病院食として供される以前、
自分にとってアスパラガスというのは、
縁の遠い野菜であった。
何故かというと、答えは単純で、
婆さんが畑で作っていなかったからである。
我が家では、野菜というのは店で買って来るものではなく、
婆さんが畑で作るものだったため、
婆さんが畑で作らない野菜に関しては、
ほとんど食卓に上ることがなかった。
婆さんは、わりと新しい西洋野菜でも作っていく人だったが、
結構、気まぐれな所があり、本人がその気にならない限り、
メジャーな野菜でも、全く作らないこともあった。
枝豆や空豆、里芋やオクラなどは、
日本人にとって馴染みの深い野菜で、
周りにはこれらを作っている人も多かったのだが、
どういうわけか、婆さんはこれらの野菜を作らなかった。
従って、枝豆も空豆も、里芋もオクラも、
我が家ではかなり縁遠い野菜であったわけだ。
アスパラガスというのは、これらの野菜と同じく、
婆さんが作らなかった野菜の1つである。

アスパラガスは、ユリ科の多年生草本である。
しかしこれをキジカクシ科としているものもある。
一体、どっちなんだ、はっきりしてくれ、といいたくなるが、
分類の仕方によって、ユリ科になったり
キジカクシ科になったりするらしい。
ユリというのは容易に思い浮かべることが出来るが、
キジカクシというのは聞いたことがない。
調べてみると、キジカクシというのは、
山地や海岸の草地に生える多年草で、
その名の通り「雉隠し」という意味らしい。
この草が葉を茂らせれば、雉が隠れられるということらしい。
そんなこといったら、ちょっと葉のたくさんある草は、
全部「雉隠し」になるじゃないか、と思ってしまう。
このキジカクシの新芽は、アスパラガスにそっくりで、
当然、食べることも出来る。
だが、日本に昔からあるキジカクシではなく、
アスパラガスの方が一般的な食材になっている現状を見ると、
やはり味の点で、アスパラガスに劣るのかも知れない。

アスパラガスの原産地は南ヨーロッパとも、
地中海東部ともいわれている。
古代エジプト王朝の壁画では、
王族たちがアスパラガスを食べている姿が、描かれている。
だが、その当時のアスパラガスは野生のもので、
現代のものと比べ、茎は細かったようである。
人間による栽培が始まり、現在のような
太い茎を持ったアスパラガスが食べられるようになったのは、
紀元前200年ごろのことだとされている。
古代ギリシャ・ローマでも、特別な食材として扱われ、
中世には、通風に効く薬草として扱われた。

元々、アスパラガスは野生のものであり、
色も緑色の、いわゆるグリーンアスパラガスしかなかったが、
16世紀のイタリアで、飢饉のために、
土を掘り起こして食べ物(芋?)を探していた所、
まだ地上に出る前の、白いアスパラガスを発見した。
これを食べてみた所、普通のアスパラガスよりも甘味があり、
ずっと瑞々しかったため、
それ以降、アスパラガスの新芽に土を寄せて、
わざと日に当てないようにして、
アスパラガスを作るようになった。
これが、ホワイトアスパラガスの始まりである。
ヨーロッパでは、現在でも「マドモアゼルの指先」として、
ホワイトアスパラガスを高級品としている。
(ちなみに、栄養という点で考えた場合、
 ホワイトアスパラよりもグリーンアスパラの方が、
 はるかに立ち勝っている)

アスパラガスが日本に持ち込まれたのは、
江戸時代の後期、1781年のことである。
当初は、「オランダキジカクシ」や「オランダウド」と呼ばれ、
観賞用として栽培されていたようである。
食用としてのアスパラガスの栽培が始まるのは、
明治時代の北海道においてである。
ジャガイモやタマネギと同じように、
明治4年、北海道開拓使によって試験栽培が始まった。
ちなみにこのころ作られていたアスパラガスは、
全てがホワイトアスパラガスであった。

1913年、薬種業をしていた下田喜久三が
アスパラガスの研究を始め、交配を繰り返した結果、
1922年に「瑞洋」という新しい品種を作り出した。
かくして北海道でアスパラガスの栽培が始まり、
1924年、「日本アスパラガス株式会社」が設立され、
翌年にはホワイトアスパラガスの缶詰工場が建設された。
やがて「日本アスパラガス株式会社」で作られた缶詰は、
海外へと輸出されるようにもなっていくのである。

1970年代になり、ホワイトアスパラガスより
各種栄養素の含有量の高い、グリーンアスパラガスが
注目を浴びるようになる。
それまでアスパラガスは、傷むのが早かったために、
缶詰にして市場に流すしかなかったのだが、
流通機構の充実によって、
アスパラガスを新鮮なまま流通させることが出来るようになり、
グリーンアスパラガスがスーパーなどにも
並ぶようになったのである。
やがて、栄養が豊富なこと、栽培が楽なことなどから、
アスパラガスの主流はグリーンアスパラガスへと移っていた。

実は最近、これにもう1つ、新しいアスパラガスが加わった。
それが紫色のアスパラガスである。
この紫色のアスパラガスは、「グリーン」に土を寄せて
「ホワイト」にしたようなものではなく、
全く、別種のアスパラガスになる。
この紫色のアスパラガス、グリーンアスパラガスと比べても
ビタミンCや糖分、それに紫色のもとである
アントシアニンが多く含まれており、
生でも食べることが出来る。
(ちなみに茹でてしまうと、変色して緑色になってしまう。
 それを防ぐためにも、生で食べた方がいいようだ)
さらにいえば、この「紫」は
「グリーン」に比べて栽培が難しく、
収穫量も100分の1ほどしか穫れない。
そういう理由で栽培している農家も少ないため、
まさに「幻」のアスパラガスといえるだろう。
もしどこかで販売していたら、
そのチャンスを逃さずに、買っておいた方が良いだろう。

この春、畑を耕して、いくつかの作物を植え付けた。
やっと芽が出始めたジャガイモ、キタアカリ。
まだ芽のでてこない、枝豆。
ポッドで芽を出させるのに成功した、ポップコーン。
1本だけ苗を植え付けた、紫蘇。
実は、アスパラガスも植えようと思っていたのだが、
まるまる1年以上、収穫がないことを知ってあきらめた。

いずれ、スペースが用意できれば、
是非チャレンジしてみたいものである。

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