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ポップコーン

更新日:

ポップコーンをもらった。

こう書くと、ああ、スナック菓子を一袋貰ったんだな、
なんて風に思われるだろうが、
その貰ったポップコーンは、普通のトウモロコシのように
芯についている状態であった。
長さは約17㎝ほど、直径は3㎝ほどの円筒形である。
普通のトウモロコシより随分小さい。
また、普通のトウモロコシは黄色が鮮やかで瑞々しいが、
このポップコーンは乾燥し、黄色がくすんでいる。
触ってみても、カチコチに固くなってしまっていて、
手で触ってみると、まるでプラスチックみたいだ。
端っこの方を1つ、無理矢理、芯から外し、
そこから縦に1列、ポロポロと身を外していく。
1列きれいに外し終わり、そこへ押し付けるように
実に力をかけると、全ての実を芯から外すことが出来た。

もちろん、このまま食べることは出来ない。
熱した鍋の中に油を敷き、そこへ実を放り込み、
フタをして軽く鍋をふる。
しばらくすると、ポンポンと小気味のいい音が響き始め、
あの独特の香りが、鍋の中から匂い始める
時間とともに、ポンポンという音が激しくなっていき、
さらに時間とともに、ポンポンという音は少なくなっていく。
やがてポンポンという音が完全に無くなったときが、
ポップコーンの完成のタイミングである。
鍋のフタを開けてみると、
鍋の中に一杯のポップコーンが出来上がっている。
鍋の中に放り込む実が少ないと、少ししか出来ないし、
鍋の中に放り込む実が多いと、鍋からポップコーンが溢れ出し、
大変なことになる。
ポップコーンの出来上がった鍋の中に、適当な量の塩をふり、
再びフタをして鍋を揺する。
そうすると、塩が鍋の中に行き渡り、
適度な濃度の塩味に、ポップコーンを味付けしてくれる。
もちろん、塩味だけでなく、
別の鍋で砂糖、バター、はちみつ、練乳などをあたため、
キャラメルを作り、そこへ出来上がったポップコーンを放り込み、
全体に絡めると、キャラメルポップコーンが出来上がる。

このポップコーンの実は、普通にスーパーなどでも売られている。
100〜200g入りの小袋の中に、
芯から外された実が、詰め込まれている。
しかし、自分が今回貰ったような、
芯についたままのポップコーンというのは、
普通の店では、ちょっと売っていない。
はたして、あのポップコーンは、どこからやってきたのだろうか?

トウモロコシの原産地は、
アメリカ大陸の中央辺りだと考えられている。
ポップコーン、つまり、爆裂種のトウモロコシも
同じ場所が原産地であると考えられる。
紀元前3600年ごろのニューメキシコ州の遺跡からは、
ポップコーンの痕跡が見つかっている。
どうやら当時は、焚き火の中に
ポップコーンを乾燥させたものを放り込み、
焚き火の中から飛び出してきたものを、食べていたらしい。
なんというか、豪快極まりない作り方だ。
やがて、ヨーロッパ人がアメリカ大陸にやってきたが、
彼らはトウモロコシを家畜の餌として利用したため、
ヨーロッパへ、ポップコーンは伝わらなかったようである。
これはアメリカに移住した者達も同じだったようだが、
彼らの農業がうまくいかず、充分な食料がないまま
冬を迎えることになったとき、
友好的だったネイティブアメリカンたちが、
自らの食料であった七面鳥やシカの肉と一緒に、
ポップコーンを送った。
これを機に、入植者たちも
ポップコーンを食べるようになったという。

ただ、現在のように、ポップコーンが「お菓子」として
食べられるようになったのは、
19世紀後半ごろからであるらしい。
当時は、トウモロコシから作ったコーンシロップで糖蜜を作り、
これをからめて食べていた。
つまり、もともと「お菓子」としてのポップコーンは、
キャラメルポップコーンこそが、その元祖だったわけである。
後に起こった世界恐慌の際、様々なものの値段が
インフレによって上がっていく中、
ポップコーンはそれほど値段が上がらなかった。
この時期に、安い値段で買えたポップコーンは、
映画を見ながら食べるお菓子の定番となった。
現在、主流である「塩味」のポップコーンは、
ちょうどこの時期に作り出されたらしい。
コーンシロップの値段が上がったため、
より安価な塩を使った味付けにしたのか、
あるいは、館内で飲み物を買わせるために
喉の乾きやすい塩味のポップコーンにしたのかはわからない。
いずれにせよ、「塩味」のポップコーンは
1929年に作り出されたのである。

ポップコーンが日本へ伝えられたのは、
第2次世界大戦後、進駐軍によって、とされている。
ただ、かつて「トウモロコシ」について書いた際に、
江戸時代に書かれた、当時の百科事典「和漢三才図絵」に

「むしり取りて焙り食う。
 箸の先を水に濡らし、焙烙にてかきまわせば、粒々膨れ砕けて、
 梅花様の如く、味もろく美なり」

という記述があることに言及した。
この記述を信じる限り、ここに書かれているのは、
ポップコーンのことである。
「和漢三才図絵」が出版されたのは1712年。
これにポップコーンのことが載っているということは、
これまでの間に、爆裂種のトウモロコシは
日本に入ってきていたことになる。
トウモロコシが日本に伝わったとされるのが、
1579年のことである。
このとき、普通のフリント種に混じって、
爆裂種が伝えられていたとしたら。
ポップコーンは、一般に知られているよりはるか以前に
日本に入ってきていたことになる。

さて、今回、自分のもとにもたらされたポップコーンを、
もちろん鍋で調理して食べたわけだが、
その際、何粒かを、わざと食べずに取っておいた。
ポップコーンは、かつて婆さんが栽培に挑戦し、
それを達成できなかった、数少ない農作物である。
これに挑戦してみようというわけである。

小型の植木鉢に、畑の土を入れ、そこに小さな穴を開けて
中にポップコーンを植え付けた。
土は、特に良く肥えた土を入れたので、
栄養の方は充分であろう。
芽が出て、ある程度大きく育ったら、
別に植えかえるつもりだが、
果たして、キチンと発芽してくれるかどうか?

期待しながら、芽が出るのを待ちたい。

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