家の庭に、一本の梅の木がある。
かつては小さいながらも実を付けていたのだが、
もう随分前に実を付けなくなった。
手入れの問題なのか、樹齢の問題なのか、明らかではないのだが、
相変わらず元気に、毎年、花と葉をつけている。
今回はこの「梅」について書いていく。
梅はバラ科サクラ属の落葉樹である。
毎年、葉を落とし、冬には丸裸になる。
「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」
という諺があるが、梅はきっちりと剪定しないと、
枝が凄まじい勢いで伸び、雑然とした状態になる。
これを防ぐには、夏の終わりに剪定しておく必要がある。
そうすると、春になって力強い、新しい枝が出る。
もともと非常に丈夫な木なので、ばっさり枝を落としても大丈夫だが、
反面、病虫害にかかりやすいので、陽当たりがよく風通しの良い所、
水はけのよい所に植える必要がある。
2月から3月にかけて、香りのよい花が咲く。
色は白、ピンク、紅などである。
この後に葉が出はじめる。
この点、桜と同じである。
やがて6月頃になると、果実がつき、熟しはじめる。
果実は熟していない状態ではきれいな緑色だが、熟してくると黄色く変色する。
実の状態でも、甘いよい香りがする。
しかし甘いのは香りだけで、梅の実を食べてみても、甘さは無い。
というより、食べると猛烈な中毒症状を起こすことがある。
それで済めばよいが、ひどい時には痙攣や呼吸困難、麻痺状態になって死に至る。
くれぐれも生の梅を食べないように。
さらに何も知らない子供が食べたりしないように、しっかりと注意したい。
ちょっとかじった程度では、何かが起こることは少ないが、
事が起こってからでは遅い。
梅は中国が原産地で、東アジアのみに分布している。
今から1500年前に薬用として、日本に持ち込まれたようだ。
これを烏梅(うばい)といい、これは青梅を薫製・乾燥させたもので
現在でも漢方薬として使われている。
最初に文献上に出てくるのは、「懐風藻」(751年)であり、
この中の梅を歌った、葛野王の五言詩が最初である。
「万葉集」には梅を詠った歌がかなりあるが、
このころの梅は白梅だけだったようだ。
「続日本後記」(869年)には、紅梅の記録も残されている。
すくなくとも7~8世紀には、鑑賞の対象になるまでに普遍化し、
詩歌の好題材になっていたようだ。
梅が食用にされたのは、渡来直後からのようで、
その当時には、生菓子として食べられていたという。
しかし甘みも無い梅果実を、一体どのようにして加工していたのかは不明だ。
あるいはそのまま食していたのかもしれないが、それではうまくも何ともない。
やがて保存のために、梅の実を塩漬けにするようになった。
これが梅干しの始まりで、平安時代中頃のことである。
このころになって、文献の中に「梅干し」の名前が見られるようになる。
村上天皇が「梅干しと昆布入りの茶」で病気を平癒したという話もあり、
日本最古の医学書「医心方」に、その名前が記されている。
鎌倉時代には、僧達の間で一種のおやつとして用いられており、
室町時代になって初めて、武士階級の食膳に上った。
戦国時代には、重要な軍事物資であった。
梅干しが一般家庭に普及したのは、江戸時代になってからである。
だが、一部では、梅干しは庶民の口には入らない、
高級品であったとする説もある。
どちらが正しいのかはわからない。
ただ、江戸時代、梅干しを酒で煮た「いり酒」を、調味料として使っていた。
「いり酒」は醤油の代用にされることが多く、少なくとも、
梅干しは醤油よりも、使いやすかったのではないかと思われる。
現在でも、この「いり酒」をつくり、調味料として使っている人もいるが、
極めて少数派である。
梅干しは食品としてだけでなく、医療品としても用いられることがあった。
傷の消毒や、解熱、疲労回復や便秘の解消、肝機能の上昇に効果がある。
明治時代には、コレラや赤痢の予防、治療にも梅干しが使われた。
現在では、梅干しの強烈な塩分が敬遠される傾向にあり、
減塩調味を施された「調味梅干し」が多くなっている。
ただ、塩分を減らしているため、どうしても保存性が悪くなってしまっている。
梅干しと調味梅干しのそれぞれの塩分量は、
梅干しが20%、調味梅干しが7~8%となっている。
ここまで塩分を減らせば、本来の味とは、
だいぶかけ離れたものになるが、高血圧などの持病のある人は、
やはり塩分濃度の低い、調味梅干しを選ぶ人が多い。
さて、うちでは昔から、祖母や母親が梅干しを漬けていたが、
これがまた強烈にしょっぱい梅干しであった。
つまり我が家の人間は、この強烈な梅干しを食べて生きてきたということになる。
それぞれの健康状態は、全く違っていて面白い。
あるものはあっさりと亡くなり、
あるものは高血圧に悩まされるようになった。
そしてあるものは、特に大きな病気をすることもなく、
100歳近くになっても元気に生きている。
この結果を見る限りでは、梅干しの塩分濃度が家族の健康に
何か共通の影響を与えているとは思えない。
つまり、梅干しくらいは、健康とかよけいなことを考えず、
自分の好きな味の物を食べればいい、ということかもしれない。