雑学、雑感、切れ味鋭く、思いのままに。

Falx blog 2

植物 歴史 雑感、考察 食べ物

紅茶の物語〜その3

投稿日:

前回、前々回と、イギリス、中国、インドと、
紅茶にまつわる国の話を書いてきた。
今回は、少し舞台を変えて、
紅茶をきっかけにして、ある国が誕生した話である。

舞台は18世紀中ごろの新大陸である。
当時、イギリスとフランスは
各地で植民地争奪戦を繰り返しており、
北アメリカもまた、その争奪戦の舞台となっていた。
1754年には
フレンチ・インディアン戦争(七年戦争)が起こり、
イギリスとフランス・インディアン連合軍が
激しい戦いを繰り広げた。
この戦いでは、イギリスが優勢のうちに戦争は終結し、
1763年に締結されたパリ条約では、
カナダとミシシッピ川以東のルイジアナを手に入れた。

しかしこの戦いの戦費によって、
イギリスには1億3千万ポンドの負債が生じた。
イギリス本国は、この負債を
植民地にも負担させるべく、
印紙法とタウンゼンド諸法を制定し、植民地に課税した。
新聞や各種証書に印紙を貼ることを義務づけ、
さらに茶・紙・ガラス・鉛・塗料などに関税がかけられた。
ひどいものではトランプにまで印紙が貼られたという。
当然、この印紙法とタウンゼンド諸法は
植民地の強い反発を招き、
イギリスに対する不満は高まっていった。
この反発のため、イギリスは印紙法を廃止し、
タウンゼンド諸法は「茶税」を残して
撤廃されることになった。
そして残されたこの「茶税」が、
新たな火種になっていくのである。

1773年、イギリスは「茶法」を新たに制定した。
イギリスの思惑としては、
経営が苦境に陥っていた東インド会社に対し、
茶の独占販売権を与えるつもりだったのだが、
すでにイギリス本国に対する
不審感が根強かったアメリカでは、
これを植民地の貿易独占を狙ったものとして、
さらに反発が強くなり、いよいよイギリス本国と、
アメリカ植民地の溝は深まっていった。
そんな中で起こったのが「ボストン茶会事件」である。

1773年12月16日の夜、
「自由の息子たち」を名乗るアメリカ人グループが、
抗議のためイギリス東インド会社の船舶4隻に押し掛け、
積荷の「紅茶」をボストン港に投げ捨てた。
このとき、この行動に参加したのは50人ほどで、
彼らはそれぞれフェイスペイントを施すなどの、
扮装をしていた。
彼らは
「ボストン港をティー・ポットにする」
と叫んで、342箱の「茶」を海へと投げ捨てた。
恐らくは、かなり異様な光景だったのではないだろうか。
その証拠に、騒ぎを聞きつけて
港に集まってきた付近の住民は、
加勢することも、制止することもなく、
ただただ、彼らの行動を見ていだけだったという。
たしかに、夜、フェイスペイントをした人間たちが、
大声で喚きながら、積荷を海に投げ捨てる姿というのは、
ちょっと関わり合いになりたくないなー、と
思わせる光景ではある。
この事件で投棄された「茶」は、総額100万ドルにも上り、
イギリス政府はこの事件に対する懲罰(報復)として、
ボストン港の閉鎖、マサチューセッツの自治権の剥奪、
兵士宿営のための民家の徴発などを行なった。

こうなってくると、もはやこじれた関係は治らない。
アメリカ植民地側は態度を硬化させ、
イギリス議会が植民地に対して
立法権を行使することを否認、
さらにイギリスとの経済的断交を決めた。
緊張感が高まってくる、という見本のような状況だ。
そして翌年、ボストン郊外の
レキシントンとコンコードにおいて、
イギリス軍と植民地軍の激突が起こり、
アメリカ独立戦争が勃発したのである。
ボストンの「茶」投棄事件をきっかけにして、
アメリカという国が独立へと動き出したのである。

このアメリカ独立戦争は8年間続き、
アメリカはイギリスからの独立を果たした。
もちろん、ここにも様々なドラマがあるのだが、
今回は、「紅茶」をテーマにしているので、
これ以上触れることはしない。

現在、「アメリカ」というイメージから思い浮かぶのは、
「紅茶」ではなく、「コーヒー」だ。
もともとアメリカはイギリス系の移民が多く、
「紅茶」を飲む文化も強かったのだが、
この「ボストン紅茶事件」のきっかけになった
「茶税」に反発し、紅茶不買運動が起こった。
このとき、「紅茶」のかわりに飲まれたのが、
「コーヒー」であった。
そしてそのまま、「紅茶事件」「独立戦争」と続き、
イギリスからの独立を果たしたため、
以降、アメリカでは「紅茶」よりも「コーヒー」が
好まれるようになった。
恐らく、当時のアメリカ人の目には、
「紅茶」は支配と服従の象徴、
「コーヒー」は自由と独立の象徴として
映ったのかもしれない。
この点、同じように
イギリスの植民地支配から独立したインドで、
「紅茶」が好まれているのとは、対象的だ。
これは自ら「紅茶」を生産していたか、
「紅茶」を輸入するだけだったかの違いかもしれないし、
インド人とアメリカ人の、性格的な違いかもしれない。
だが、確かなのはアメリカは独立以降、
「コーヒー」を好んでいるという事実だけである。

これにて、世界の歴史を動かした「紅茶」の話は
おしまいである。

この、一見なんてことのない、
小さく刻まれた「葉っぱ」は、
イギリスが世界一の海洋国家になるきっかけとなり、
中国の2000年続いた皇帝による支配体制を終わらせ、
インドとアメリカを独立させるきっかけになった。
この「葉っぱ」がなければ、
世界史は現在のものと、
大きくかけ離れたものになっていたに違いない。

しかし、もう「紅茶」は世界を動かすこともなく、
カップの中で、美しい色と香りを漂わせているだけである。

Related Articles:

にほんブログ村 その他生活ブログ 雑学・豆知識へ
にほんブログ村

スポンサーリンク
スポンサーリンク

-植物, 歴史, 雑感、考察, 食べ物

Copyright© Falx blog 2 , 2022 All Rights Reserved Powered by STINGER.