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食べ物

蕎麦

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蕎麦というのは不思議な食物だ。

どこが不思議かというと、まず、その名前に不思議がある。

「蕎麦」というのは、もともと植物の名前だ。

タデ科の一年生植物で、茎は紅く、白い花をつける。

実は黒い三角形で、これは食用にすることができる。

この植物名が、そのまま食品名になっている。

これはパンを「小麦」と呼ぶようなものだ。

現在、「蕎麦」といえば、麺状に成形されて、茹で上げられたものをさす。

広義的に、麺状の食品を「そば」と称したりもする。

「中華そば」、「焼きそば」などがその典型だ。

もちろん「中華そば」や「焼きそば」には、ひとかけらの蕎麦も使われていない。

JR姫路駅の名物に「駅そば」というのがある。

これも使われている麺は、全く普通の小麦麺で、蕎麦は使われていない。

それでもこれを「そば」と表記して、販売している。

正式には、麺状になった蕎麦は「蕎麦切り」と呼ぶ。

これは薄く伸ばした蕎麦生地をたたみ、

包丁で切って作ることから、ついた名前だ。

これ以前は、「蕎麦」といえば「蕎麦がき」のことだった。

さらに古い時代には、粒のまま炊いて、粥にして食べていた。

現在の「蕎麦切り」の形になったのは、

戦国時代から安土桃山時代にかけてのことだ。

麺状の蕎麦は急速に普及し、

江戸時代には「蕎麦」=「蕎麦切り」という、図式が出来上がった。

この「蕎麦切り」は、どこで始まったのか?

全国に「蕎麦切り」発祥の地はいくつかあるが、どれも決め手に欠ける。

そもそも「発祥の地」自体が本当にあるのかが、疑わしい。

というのも、「蕎麦切り」以前に、そのモデルと思われる

「麦切り」と呼ばれるものがあったからだ。

「麦切り」は、小麦粉で作った生地を薄く伸ばし、細く切って作る。

現在の「冷や麦」に近いものだった。

後に、これをもとに「うどん」が作られることになる。

同じように、小麦粉から作られる麺に「素麺」がある。

これは「麦切り」とは違い、生地によりをかけながら引き延ばし、成形する。

明らかな、製法上の違いがある。

もっとも現在では、「冷や麦」も「素麺」と同じ製法で作られている。

製法の違いが無くなってしまった現在、

この「冷や麦」と「素麺」の差異は、太さだけである。

さて、「麦切り」をもとにして出来た「うどん」だが、

やがて小麦粉を食い延ばすために、混ぜ物をするようになる。

コメに大麦を混ぜ、「麦飯」にしたのと同じだ。

小麦粉の増量剤として選ばれたのが、蕎麦粉であった。

この時点で、「うどん」とも「蕎麦」とも言えないものが、作られはじめた。

やがて、混ぜられる蕎麦粉の割合が徐々に増えていき、

そしてついに、この「小麦粉・蕎麦粉混合うどん」から、

小麦粉が無くなる時がきた。

いわば「蕎麦粉オンリーうどん」である。

何を言っているかわからないと思うが、

それこそが、「蕎麦」誕生の瞬間であったに違いない。

「うどん」から生み出されたともいえるし、

「うどん」からはじき出されたともいえる。

面白いことに、「うどん」からはじき出された「蕎麦」は、

広く厚い支持を受けるようになる。

江戸時代初期に書かれた「料理物語」(1643年)には、

「うどん」「切り麦」にならんで「蕎麦切り」の製法が載っている。

すでに「蕎麦切り」が、一般的な料理となっていることがわかる。

これ以降、「蕎麦切り」は江戸を中心に急速に普及し、

日常的な食品として定着していった。

一般的に、関東は蕎麦、関西はうどん、といわれる。

江戸では白米が主食であったため、

住民は慢性的なビタミンB1不足の状態だった。

そのため「脚気」が流行った。

「脚気」は、別名「江戸患い」ともいい、ビタミンB1不足で起こる。

蕎麦は、ビタミンB1を多く含んでおり、これを食べることによって

「脚気」を予防、改善することができた。

ビタミン、などという概念がなかった当時、

江戸市民は経験から、蕎麦が「脚気」を予防することを、

知っていたのかもしれない。

また、水質の問題、出汁の問題、醤油の問題などもある。

かつて「ダシ」の回でも書いたが、関東の水は昆布でダシをとるのに

適しておらず、鰹節のダシが主流だった。

このため、関東のダシには昆布から出るグルタミン酸の旨味がないため、

それを醤油のグルタミン酸で補うために、大量に醤油を使うようになった。

必然的に関東のツユは味の濃いものとなり、

うどんよりは蕎麦にあうツユになった。

そのため、関東で蕎麦が食べられるようになったのではないだろうか。

蕎麦、というものはこだわりの食品だ。

あらゆることに、こだわりがある。

蕎麦をうつ職人は、道具、水、技術、器にこだわり、

客は、食べ方や作法、粋かどうかにこだわる。

しかし、もともと蕎麦は、庶民のファーストフードだ。

先に書いたが、小麦粉よりもはるかに安い、蕎麦粉が原料だったのだ。

そこにこれだけ「こだわり」が生まれたのは、

恐らく、もとは下賎な庶民の食べ物であったということに、

原因があるのではあるまいか?

寿司にしても、天ぷらにしてもそうだ。

もとは、下賎な庶民の食べ物であった。

そのことに引け目を感じていたからこそ、「こだわり」を主張することによって

その引け目をごまかそうとした、というのは穿ち過ぎだろうか?

時代は流れた。

すでに、蕎麦を下賎な食べ物とする風潮は残ってない。

そろそろしんどい「こだわり」から解放され、

自由に気楽に、蕎麦を食べてもいいころだろう。

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