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ポテトチップス

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前回、「ポテトチップス」を砕いて刻みキャベツと共にマヨネーズで和え、
これをパンに挟んだ「ポテチパン」について取り上げた。

この「ポテチパン」と取り上げると決めてから、
自分はこれと同じように、「ポテトチップス」を使った
メニューについても、インターネットで検索をかけてみた。
「ポテトチップス レシピ」とワードを入力し、検索してみたわけだ。
結果は大失敗だった。
インターネット検索を使い慣れている人なら、ピンと来ただろう。
そう。
検索結果には、「ポテトチップス」を作るための「レシピ」が表示され、
「ポテトチップス」を使った料理の「レシピ」は、
ただの1つも出てこなかったのである。
画面一杯に表示される「ポテトチップス」のレシピたち。
お手軽を謳ったものや、油を使わない低カロリーレシピ、
果ては様々なフレーバーの「ポテトチップス」など、
膨大な数の「ポテトチップス」レシピが、そこに並んでいた。

当然、失敗を悟った自分は、すぐさま検索ワードを
「ポテトチップスを使ったレシピ」と変えて、検索をやり直した。
そこにはサラダやお茶漬け、さらにはグラタンなど、
様々なレシピが表示されたが、やはりそれらは
「ポテトチップス」のレシピの数には遠く及ばなかった。
(某レシピサイトでは、「ポテトチップス」のレシピが2600件、
 「ポテトチップス」を使ったレシピは100件ほどだった)

この結果を踏まえて見ると、やはり「ポテトチップス」については
余計なアレンジを加えず、そのままパリパリと食べるのが
メインだと言うことだろう。

それらの膨大な「ポテトチップス」レシピを眺めていると、
子供のころ、一度、母親が作った「ポテトチップス」を思い出した。
うちの母親は、お菓子でも何でも、
作れるものは自分で作ってしまう人で、
ドーナツや大学イモなど、油で揚げる行程が必要なものについても
結構、頻繁に作っていた。
(クッキーやケーキなど、オーブンが必要なものは作らなかった。
 当時の我が家には、オーブンがなかったからである)
当然、「ポテトチップス」の如きものは、ジャガイモを薄切りにして
油で揚げただけのものと、意気揚々とチャレンジしたわけだ。
スライサーでジャガイモを薄くスライスし、これを水に晒し、
それをペーパータオルでキレイに水分を取り去ってから、油で揚げた。

結果は微妙であった。
出来上がった「ポテトチップス」のうち、半分ほどが油を吸いすぎたのか
フニャフニャの仕上がりになっている。
残りの半分にしても、パリッとはしているものの
ミョーに油臭い仕上がりである。
これに塩を振って食べてみたのだが、正直、あまり美味しくない。
特にフニャフニャの分については、「ポテトチップス」というよりは
全く別の食べ物を食べているかの様である。
結局、うちの母親が「ポテトチップス」を作ったのはこれ1回きりで、
それ以降は、既製品の「ポテトチップス」を買ってくるだけであった。
恐らく、手間ばかりかかるわりには、大したものが出来ないと
匙を投げてしまったに違いない。

「ポテトチップス」は、ジャガイモを薄切りにして冷水にさらし、
高温の油で揚げたものである。
前回紹介した「ポテチパン」のように、
「ポテチ」などと略されることもある。
日本やアメリカでは「チップス」といえば、この薄切りを指しているが、
イギリスなどでは「クリスプス」というらしい。
では、従来の「チップス」は?ということになるのだが、
イギリスで「ポテトチップス」といえば、日本で言う所の
スティック状の「フライドポテト」を指しているらしい。
(イギリス名物の「フィッシュ&チップス」は、
 魚フライ(フリッター)とフライドポテトの組み合わせである)

「ポテトチップス」の歴史は、意外と新しい。
要はジャガイモを油で揚げただけのものな訳だから、
はるか古代から存在していても、おかしくないように思ってしまうが、
実際に「ポテトチップス」が作り出されたのは19世紀の半ば、
1853年8月24日のことである。

この日、ニューヨーク州サラトガ・スプリングスのホテルのレストランで、
鉄道王・コーネリアス・ヴァンダービルドという人物が、
提供されたフライドポテトの厚さが気に入らず、
クレームを入れて何度も作り直させた。
どうやら「フライドポテトが厚すぎる」と文句をいったらしい。
鉄道王たる人物が、フライドポテトの厚さにケチをつけるという辺り、
思わず本当かな?と首をひねりたくなる。
(というか、鉄道王がフライドポテトを食べるというのも
 日本人的な感覚からすれば、かなり違和感があるのだが……)
あまりにしつこく作り直しをさせられたシェフ・ジョージ・クラムは、
ついに堪忍袋の緒が切れて、極限まで薄くスライスしたポテトを
高温の油でカリカリに揚げて提供した。
もちろん、度重なるクレームへのキツいお返しとしてだ。
ところが、このカリカリの薄いフライドポテトがウケた。
コーネリアスは、この薄いカリカリのフライドポテトを大変気に入り、
以降、この料理は「サラトガチップ」と呼ばれ、名物料理になったという。

この「ポテトチップス」がウケたことから、後に
ジョージ・クラムは独立し、「ポテトチップス」の会社を設立した。

1900年代に入ると「ポテトチップス」製造業者が増え、
食料品店などで、「ポテトチップス」が販売されるようになる。
このころの「ポテトチップス」は、樽やビンに入れて保管され、
そこから量り売りという形で販売されていたらしい。
もちろん、こんな販売方法では、
「ポテトチップス」はあっという間に湿気ってしまう。
恐らく、当時の「ポテトチップス」は、湿気ってしんなりしているのが
普通だったのではないだろうか。
1920年代に入ると、現在のような
密封された袋入りの「ポテトチップス」が販売されるようになった。
その後30年ほどたって、「ポテトチップス」に味付けをする技術が開発され、
以降は、様々なフレーバーの「ポテトチップス」が製造されていくことになる。

日本に「ポテトチップス」が持ち込まれたのは、戦後すぐのことである。
ハワイのメーカーの製品が輸入されていたが、
この主な購入客は進駐軍のアメリカ人たちで、
日本の一般層にはほとんど広がることはなかった。

日本で「ポテトチップス」が一般的になるのは、
1960年代の初めに、コイケヤが「ポテトチップス」の販売を始め、
1967年に量産化に成功してからである。
ちなみに、一番最初に販売された「ポテトチップス」は「のり塩」味。
単純な「塩」味でない所に、コイケヤの曲者ぶりが現れている。

現在、日本で「ポテトチップス」シェア70%を占めるカルビーが
初めて「ポテトチップス」を発売したのは1975年。
カルビーの会社自体は、1949年(当時は別の名前だったが)から
存在していたが、ちょうどコイケヤが「ポテトチップス」を
販売し始めたころに「かっぱえびせん」を大ヒットさせ、
後に「ライダースナック」や「サッポロポテト」などをリリース、
コイケヤから10年ほど遅れて「ポテトチップス」を手がけ、
そこからシェアを拡大していったというわけである。

そして現在。
「ポテトチップス」は、塩分、油分、カロリーともに高い、
健康の大敵のごとき扱いを受けているが、
それでも売り上げが下がったなどという話は、とんと聞かない。

それらの問題点を忘れさせるだけの魅力が、
「ポテトチップス」にはある。

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