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飛行船

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By: nubobo

最近では、滅多に見かけることもなくなったが、
自分が子供のころは、たまに「飛行船」が飛んでいるのを
見かけたものである。

「飛行船」の特徴は、静かなことだ。
もちろん、実際にはエンジンを動かしてプロペラを回し、
推進力を得ているわけだから、
それなりの音は、しているはずである。
しかし、地上から見上げている限りでは、
「飛行船」から、そんな音は聞こえてこない。
ヘリコプターなどが頭上を飛ぶと、
バラバラとローターの音が喧しいし、
ジャンボジェットが空を飛ぶと、
ゴオオーッと、凄い音が響いてくる。
しかし「飛行船」の場合、地上にまで聞こえてくるような
強烈な音を発することがない。
ほとんど何の音も立てず、
我々の頭上にプカプカと浮いているだけである。
だから、「飛行船」が飛んでいるのを見つけることが出来るのは、
「飛行船」がたまたま頭上を飛んでいるときに、
空を見上げたときに限られる。
音もなく、空にプカプカと浮かんでいる、巨大な楕円形。
自分の見た「飛行船」のほとんどは、
どこかの企業の広告のために、
船体に巨大なロゴマークが入っていた。
子供のころの自分からしてみれば、
UFOでも見つけたような気分である。
ゆったりと空に浮かぶ「飛行船」を、
それがどこかへ飛んでいってしまうまで、ずっと眺めていた。
物珍しさから、企業のロゴマークの入った船体を
ずっと見つめているわけだから、
企業広告としては大成功といって良いだろう。
ただし、これ(飛行船広告)が
最大に効果を上げることの出来る相手は、
空に浮かんでいる飛行船を、ずっと眺めていることの出来る
時間のある人間に限られる。
すなわち、子供か年寄りである。
しかし、自分の見ている限りでは、
子供や年寄り向けの商品を出している会社が
「飛行船」を飛ばしていたという記憶はない。
そういう意味では、広告のポイントはズレていたのかも知れない。

現在の若い人たちの中には、
「飛行船」を見たことがない、という人もいるだろう。
そういう人のために簡単に説明をしておこう。

「飛行船」とは、空気より比重の小さい気体をつめた
気嚢によって機体を浮揚させ、
これに推進用の動力や、舵を取るための尾翼などを取り付けて、
操縦を可能にした、航空機の一種である。
この説明では分かりにくい、ということであれば、
スタジオジブリの映画「天空の城ラピュタ」に出てきた、
タイガーモス号や、ゴリアテなどが「それ」であると、
思ってもらえばいい。
宮崎駿の趣味によって、随分とアレンジが加えられているが、
どちらも気嚢に水素やヘリウムを入れ、
空に浮いているのである。
一般的には、ラグビーボールを引き延ばしたような形をしており、
後部には姿勢安定用の尾翼がついている。
一見すると、メタボなミサイルのようにも見えるが、
この形状こそが、一般的な「飛行船」の姿である。

空気よりも軽い機体を、気嚢(袋)に入れて、
空に浮かび上がるというのは、気球と同じ発想である。
1783年に気球が発明されて以来、
この人類初の飛行装置は大ブームを巻き起こすが、
気球に出来るのは、気体を調整しての上昇・下降のみであり、
水平方向に移動するためには、風の力を借りなければならない。
そのため、自分の行きたい方向へ移動するためには
それに適している風が吹いている高度まで、
上昇しなければならない。
この問題に対する、1つの解決策として
「飛行船」は作り出された。
1852年のことである。
アンリ・ジファールによって作り出された「飛行船」は
蒸気機関による推進装置を搭載しており、
自らの推力によって、思いのままに飛行することが出来た。
しかし出力はわずか3馬力しかなく、
最高速度も時速8kmほどであった。
これでは、ちょっと風でも吹けば、あっという間に押し戻され、
進むことが出来なくなってしまう。
面白いことに、この人類初の「飛行船」には
「帆」がついていたという。
一種の「飛行帆船」だったのかも知れない。

この「飛行船」の開発以降、
空を飛ぶ乗り物といえば「飛行船」ということになり、
世界各国で開発が進められた。
ちなみに現在、空の王者となっている飛行機は、
1903年のライト兄弟の初フライトまで、待たねばならない。
実に「飛行船」よりも、半世紀も後の誕生だったのである。

「飛行船」は大きく、
軟式飛行船と硬式飛行船の2つに分けられる。
(正式にはこの中間ともいえる、半硬式飛行船というのもある)

軟式飛行船は、ガスを入れた気嚢と船体が同一のもので、
現在、我々が見ることの出来る飛行船のほとんどが、
この軟式飛行船である。
早い話、風船の下にゴンドラをつけているようなもので、
軽量化やコストの面では有利である。
その反面、スピードを上げれば気嚢が風圧によって変形するため、
速度は遅く、大型化も難しい。

硬式飛行船は、軽金属や木材などで骨組みを作り、
その中に気嚢を収納してしまう方式である。
骨組みの分だけ重量のかさんでしまう弱点はあるが、
速度を上げても気嚢が変形しないため、かなりの速度が出せる。
また、気体の剛性が上がるため、大型化しやすい利点もある。
1891年、ドイツのツェッペリン伯爵が開発したため、
その名を取って「ツェッペリン」と呼ばれることもある。
ただ、剛性は上がるものの荒天、強風に耐えられないことも多く、
悪天候による「難破」も多発した。

第1次世界大戦にも用いられた「飛行船」は、
戦後、その需要を伸ばしていき、
世界初の航空事業にも乗り出していくことになる。
まさに「飛行船」こそ空の王者、そういった空気が横溢していた。
その当時の飛行機などは、航続距離も短く、
旅客も運べず、事故も多く、
せいぜいそのスピードを生かした
郵便航空に使われるのが関の山であった。

1935年、勢いに乗るツェッペリン社は
世界最大の超巨大飛行船「ヒンデンブルク」を就航させる。
全長245m、あの戦艦大和より18m小さいだけだ。
ヒンデンブルクがいかに巨大な「飛行船」であったか、
伺い知ることが出来るだろう。
(ちなみに大和は旅客船ではなかったが、
 3000名以上が乗っていたのに対し、
 ヒンデンブルクは、例の事故の際でも
 97名しか乗っていなかった)
ヒンデンブルク号は、ドイツとアメリカを2日半で結んだ。
当時の旅客船の2倍の早さである。
ヒンデンブルク号には、レストランやシャワー室、
郵便局まで供えられていたという。
ヒンデンブルク号は「空の女王」と呼ばれ、
世界中の人々の憧れであった。
(ちなみに運賃もズバ抜けていて、
 ドイツ・アメリカ間の片道切符が、
 現在の価格で400万円もしたという)

しかし、そのみんなの憧れ「ヒンデンブルク号」が、
とんでもない事故を起こす。

1937年5月6日、ニューヨーク近郊の
レイクハースト空港に着陸しようとしたヒンデンブルク号が
突如大爆発を起こした。
原因については、永らく諸説入り乱れ、謎の状態であったが、
最近では静電気から放電が起こり、
それが気嚢の中の水素に引火して爆発した、
というのが定説になっている。
この事故は、97名中35名が死亡する大惨事となった。
意外と生き残っているじゃない、と思われるかも知れないが、
これは着陸寸前の事故だったため、
迅速に救助活動が行われたためだろう。
だが、245mの巨大な飛行船は、わずか30秒ほどで燃え尽き、
さらにその姿は一部始終が映像に記録された。

この衝撃的な事故は、「飛行船」の安全性について
深刻な疑問と、大きな恐怖を人々に植え付けた。
この瞬間、「飛行船」の未来は閉ざされた。

以降の歴史は、皆の知っている通りである。
「飛行船」に代わり、「飛行機」が空の主役となった。
「飛行船」は極めてマニアックな乗り物となり、
現在では、移動の出来るアドバルーンとでもいったような
扱いである。

もし、この事故が起こらず、
「飛行船」が空の主力となっていれば、
ひょっとしたら、「ラピュタ」に出てくるような
巨大飛行船が飛び交う世界になっていたのかも知れない。

そんな世界も、それはそれで楽しそうである。

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