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はったい粉

投稿日:

By: minoir

もう、30年以上前のことになる。

ある日、婆さんがお椀の中で、チョコレート色の物体を練っていた。
チョコレート色の食べ物を見れば、
チョコレートだと思うのが子供である。
早速、婆さんに頼んで少しだけ分けてもらい、
そのチョコレート色の物体を口に放り込んでみた。
そのチョコレート色の物体は、まるで粘度のような粘りがあり、
ネットネットと、口の中に貼り付くような感じだった。
味は、甘くて香ばしいのだが、
チョコレートのそれとは全く違っており、
正直、それほど美味しいとは思わなかった。
さらにその香ばしさは、どこか覚えのある香ばしさである。
きな粉のような、麦茶のような香ばしさ。
婆さんに「これは何か?」と聞いてみると、
返ってきた答えが「はったい粉」であった。

ただ、自分の記憶が確かならば、
婆さんが「はったい粉」を食べていたのは、
そのころの、ほんの数回だけだったはずである。
それ以外では、婆さんがこの怪しい茶色い粉を
食べている所を見たことがない。
ひょっとすると、婆さんにしても
スーパーかどこかでたまたま見つけ、
何となく懐かしくなって買っただけかも知れない。
懐かしさのあまり、何十年かぶりに買ってみたものの、
久しぶりに食べてみても、やっぱり美味しくない。
だから、その1回分だけは食べ切ったものの、
それ以降は、これを買ってくることがなかったのだろう。

だとすれば、今回、自分はそのときの婆さんと
全く同じことをやったことになる。

何日か前、近くのスーパーの処分品のコーナーに、
「はったい粉」が放り込まれていた。
ひと袋120g入りで、78円という価格であった。
「はったい粉」と印刷された肩の部分には、
「国内産裸麦100%使用」と印刷されており、
逆サイドには括弧付きで、「麦こがし・こうせん」と印刷されている。
その横には調理例だろうか、2枚の写真が印刷されていて、
1つは昔、婆さんが食べていたような粘土状に加工したもの、
もう1つは、全く粉のまま皿に盛りつけてあり、
漆塗りの匙が一本添えてある。
写真を見る限りでは、全く粉のままのものを、
そのまま匙ですくって食べる様である。
小麦粉などを主食にしている食文化を「粉食」などと呼ぶことがあるが、
これらはどれも小麦粉をパンや麺に加工して食べており、
小麦粉をそのままスプーンですくって食べるようなことはしない。
(生の小麦粉は人間には消化できないので、
 無理して粉のまま食べれば、腹を壊すことになる)
ところがこの「はったい粉」では、
粉を全く加工せず、そのままの状態で食べるという、
掛け値なしの「粉食」を行なっていることになる。

「はったい粉」という名前を聞いたのは、
随分と久しぶりのことであった。
子供のころに、婆さんの食べていたものを分けてもらってから数十年。
あれ以降、一度も口にすることのなかった「はったい粉」。
決して、ウマいものだったという記憶はないのだが、
懐かしさだけは充分に感じさせてくれる。
それがスーパーの処分品コーナーで、78円(税込)である。
思わず手にとり、カゴの中に放り込んだ。

「はったい粉」は、大麦や裸麦を煎った後、
これを挽いて、粉末状にしたものである。
自分が手に取ったパッケージにも書いてあった通り、
「麦こがし」とか「香煎(こうせん)」、
この他にも「煎り麦」などと呼ばれることもある。
昔、婆さんが食べていたものを分けてもらったとき、
「きな粉」や「麦茶」に似た感じがしたのは、
その原料や加工法が、それらに酷似していたからである。
(「きな粉」は大豆を煎って粉末状にしたもの、
 「麦茶」は大麦を焙煎したものを煎じた飲料である)
黄色っぽい色の「きな粉」と違い、
「はったい粉」は褐色じみた灰色をしており、
これに水やお湯を入れて練り上げると、チョコレート色になる。
……まあ、子供のころはチョコレートのように見えたのだが、
この歳になって改めて見ると、
どちらかといえば「八丁味噌」にそっくりである。

食べ方としては、昔、婆さんがやっていたように
砂糖を適量混ぜた後にお湯を入れて練り上げ、粘土状にして食べるか、
そのまま粉の状態で食べるかである。
自分は粉のままでは食べたことはないのだが、
お湯を混ぜて練り上げた方が、
若干なりとも食べやすいのではないだろうか?
もちろん、これ以外にも
お粥に「はったい粉」をふりかけた「はったい粥」や、
牛乳に「はったい粉」を混ぜた「はったいドリンク」、
婆さんの食べていた粘土状のものを、さらに焼いたものや、
ホットケーキやクッキーの材料に混ぜ込むこともある。
小麦粉と違い、あらかじめ焙煎してあるため、
そのまま食べても消化しやすく、わずかな甘さと香ばしさがある。
保存性に優れており、
お湯や水で練っただけでも(最悪、粉のままでも)
食べられるというお手軽さから、かつては携行食としても用いられた。
昭和40年代ごろまでは、砂糖を混ぜてお湯で練ったものを
おやつとして食べていたらしいが、
その後はだんだんと廃れていったようだ。

廃れていった理由はハッキリとしている。
取り立ててウマいものでもないからだ。
加工法がよく似たものとして「きな粉」を挙げたが、
はっきりいえば、「きな粉」の方が味は良いように思う。
(もっともきな粉の方は、
 それ自体をお湯などで練って食べる、
 というような食べ方は、ほとんどされていないが……)
「はったい粉」について色々と調べてみた際、
個人のサイトでは味の評価として、ハッキリ「マズい」と
言い切っている所もある。
「きな粉」に比べるとコクが無いのである。
恐らくは、原料である大豆と大麦に含まれている
「油分」の差ではないだろうか?
(100g中に含まれる脂質は、「きな粉」が25g、
 「はったい粉」が5gとなっている。
 脂質の量では5倍もの差がついているのである)

そんな「はったい粉」が、
完全に廃れてしまわなかった理由の1つが、
含まれている栄養素のためだろう。
もともとが大麦であるため、栄養の大部分が炭水化物で、
含まれているタンパク質と、脂質の量は少ない。
だが、同じ麦の粉である小麦粉と比べてみると、
カリウムは約4倍、マグネシウムは約10倍、鉄は約3.5倍、
亜鉛は約9倍と、ミネラル分がかなり多くなっており、
さらに食物繊維は約6倍も含まれている。
ミネラルと食物繊維が豊富に含まれているため、
ダイエットなどをしている人にとっては、最適の食品となっており、
恐らくはそういう需要が一定数あるため、
細々ながらも、現代まで生き残っているのだと思われる。
健康に気を使っていたことで有名な徳川家康も、
「はったい粉」が好物だったというから、
昔から、一種の健康食として食べられていたのかも知れない。

さて、おおよそ30年以上ぶりに
口にすることになった「はったい粉」。
昔、婆さんがやっていたように、
お椀の中に「はったい粉」と砂糖を入れて混ぜあわせ、
そこにお湯を入れて、ゆっくりと練り上げる。
正直、小さいお椀では、お湯を入れて練り上げようとすると、
縁の所から「はったい粉」が溢れ出してしまう。
慌てて、大きめの丼の中に「はったい粉」を移し、
その中で充分に練り上げ、
昔、婆さんが作っていたままの「はったい粉」を
作り上げることが出来た。
そして、スプーンですくって、口の中に放り込む。
途端、口の中に広がる麦茶の香りと砂糖の甘さ。
さらにわずかにネットリとした、独特の食感。
ああ、そうそう、確かにこんな味だった。
決してマズくはないのだが、
だからといってウマくもない微妙な味。
それでもまあ、婆さんのことを思い出す懐かしい味である。

また買ってきて食べてみようという気になるのは、
多分、また30年後だろうな、と思わせる味であった。

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