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奈良漬け

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奈良県「大台ケ原」に行く、ということになって、
まず調べたのは、当然、「大台ケ原」の登山情報だったが、
それをひととおり調べ終わった後、
次に調べてみたのは、奈良のグルメ情報であった。

インターネットで、「奈良、グルメ」というワードを入力し、
検索をかけてみると、一番最初に出てきた情報に、
ただならぬ言葉が添えられていた。
「奈良に旨いものなし」という言葉である。
……。
なんという、血も涙もない言葉であろうか。
何もそこまでばっさりと言い切らなくても、いいではないか。
そう思ったのだが、改めて「奈良」と聞いて、
コレ!というような食べ物が思い浮かぶか?と聞かれると、
確かにパッとは思い浮かばない。
友人に同じ質問をしてみた所、やはり即答はしてこず、
しばらくの間をおいて、「奈良漬け」と答え、
さらにうんと考えてから、
「吉野葛って、確か奈良じゃなかったか?」と答えた。
「奈良漬け」に「吉野葛」。
こういっては叱られるかも知れないが、どちらも風情のある、
悪くいえばひなびた名物であり、
力強さというものを感じることは出来ない。
奈良に行って、「奈良漬け」を弾けるほど食べ歩いた、
なんていう話を耳にすることはないし、
「吉野葛」を、腹がはち切れるほど食べた、という話も聞かない。
なんといっても、こちらは「大台ケ原」を10kmも歩き、
疲れ切った身体である。
そんな疲れ切った身体に、「奈良漬け」も「吉野葛」も、
充分な満足感を与えてくれはしないだろう。

以前に、奈良の郷土料理として
「飛鳥鍋」というものを取り上げたことがある。
これは、日本では珍しい、牛乳を使った鍋料理で、
知る人ぞ知る、という奈良の名物鍋である。
しかし、今回我々が奈良を訪れるのは7月。
真夏である。
冬場であれば、最高の鍋料理であっても、
この季節には、余りにもそぐわない。

そういう風に考えてみると、
「奈良に旨いものなし」という言葉にも、
なんとなく、頷いてしまいたい気分になる。
しかし、この「奈良に旨いものなし」という、
奈良の食文化を否定している言葉は、一体、誰が言い出したのか?

実はこの言葉を語ったのは、作家の志賀直哉である。
志賀直哉は、明治から昭和にかけて活躍した小説家で、
代表作には「暗夜行路」、「城崎にて」、「小僧の神様」などがある。
彼は大正14年の春から奈良に住んでおり、
その時に発表した随筆「奈良」の中に、
「食ひものはうまい物のない所だ」という一節がある。
これが変形して伝えられ、「奈良に旨いものなし」となった。
ただ、誤解のないように、問題の箇所の後部分も書き出すと、
「食ひものはうまい物のない所だ。
 私が移ってきた五六年前は、
 牛肉だけは大変いいのがあると思ったが、
 近年だんだん悪くなり、最近、又少しよくなった。
 此所では菓子が比較的ましなのではないかと思ふ。
 蕨粉(わらびこ)といふものがあり、
 実は馬鈴薯の粉に多少の蕨粉を入れたものだと云ふ事だが、
 送ってやると、大概喜ばれる。
 豆腐、雁擬(がんもどき)の評判もいい。
 私の住んでいる近くに小さな豆腐屋があり、
 そこの年寄りの作る豆腐が東京、大阪の豆腐好きの友達に
 大変評判がいい。
 私は豆腐を余り好かぬので分からないが、
 豆腐好きは、よくそれを云ふ」
と、なっている。
旨いものがない、といっているが、
その割には、牛肉や菓子、蕨粉、豆腐、がんもどきについては、
そこそこの評価を与えているようだ。
存外、ツンデレな性格なのかも知れない。

さて、話を戻そう。
友人に、奈良名物は?と聞いて、最初に返ってきた
「奈良漬け」だが、実際、途中でよった土産物屋では、
ほぼ100%の店で、これを扱っていた。
そういう意味では、やはり「奈良漬け」こそが、
全国に名の知れた、奈良名物ということになるのかも知れない。

「奈良漬け」は、粕漬けの一種である。
一般的には野菜類の粕漬けを「奈良漬け」というが、
本来はシロウリの粕漬けだけをいうらしい。
実際に、土産物屋の店頭で見た限りでは、
売られている「奈良漬け」のほとんどが、
シロウリをつけたものであった。
鼈甲色で、歯切れ良く、
甘味、旨味、香気とともに辛みがあるものが、良品とされる。
漬け方は、塩漬けした後に、水さらし・塩抜きして、
下漬け、中漬け、本漬けの順に漬け変えていく。
下漬けには、古粕と食塩を用い、
中漬けは3、4回漬け変え、粕を古いものから新しいものに、
食塩は次第に量を減らしていく。
中漬けして1ヶ月ほどしたら、本漬けにうつる。
本漬けに用いる粕は仕上げ粕といって、製品の風味に直結するので、
新しい熟成粕を使い、さらにザラメ糖、アルコール、みりん、
食塩を混ぜて漬け、約1ヶ月間、冷暗所に密封保存して熟成させる。

この「奈良漬け」が、いつごろから
作り始められていたのかということは、
はっきりとは分かっていないが、平城京の跡地で発見された
「長屋王木簡」には、「粕漬瓜」という記述がある。
少なくとも奈良時代には、
瓜(シロウリ?)を酒粕に漬け込んだものが、作られていたらしい。
ただ、このころの酒粕は、現在のように
きっちりと清酒を絞り切った後の粕ではなく、
酒樽の底に、濁り酒の成分が沈殿したものであった。
従って、「長屋王木簡」に記されている「粕漬瓜」は、
現在の「奈良漬け」とは、見た目、味ともに、
違っていた可能性もある。
ただ、当時の皇族であった「長屋王(天武天皇の孫とされる)」の
屋敷の食品目録にその名があったことから、
結構な高級食材であったのは、間違いがないようである。

現在のように酒を絞り、
「清酒(すみざけ)」と「酒粕」に分けるようになったのは、
室町時代のことである。
この「酒粕」のことを、当時は「奈良酒」と呼んでいた。
この「奈良酒」に漬け込んだからこそ、
「奈良漬け」という名前が生まれたのであろう。
シロウリの酒粕漬けが「奈良漬け」という名前で
販売され始めたのは、江戸時代の初期のことである。

さて、今回の「大台ケ原山行」では、結局、
「奈良漬け」を食べることはなかった。
ラーメンやハンバーガーの様に、
そこらの店で気軽に食べる食品ではないし、
土産物屋で販売されている「奈良漬け」は、
シロウリ1本分がパッキングされているものが多く、
一人暮らしの人間が購入しても、正直、持て余してしまうだろう。
たつのに帰ってきてから、家の近くのスーパーで
「奈良漬け」を探してみたが、
シロウリ1本がパッキングされているものは、
奈良の土産物屋で見た値段とそれほど変わらず、
むしろ、何切れかの刻んだ「奈良漬け」が入った
お新香詰め合わせの方が、価格としては手を出しやすいものだった。

最後に1つだけ告白しておこう。
実は、奈良名物といわれて考えた際、
パッと瞬間的に、頭の中に浮かんだものがある。
「シカ煎餅」である。
奈良公園などで、シカ用の餌として販売されているアレだ。
米ぬかと小麦粉で作られている「シカ煎餅」は、
一応、人間が食べることも出来るそうである。
ただ、味付けがなされていないため、美味しくはないそうであるが。

「名物」といわれて、人間の食べ物よりも、
シカのエサの方が先に、頭に浮かんだ地・奈良。
もっともっと、その「名物」(もちろん人間用の)を
大々的にアピールしていく必要があるようである。

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