前回、前々回と、姫路おでんについて書いてきた。
今回は、姫路おでん最大の特徴、「生姜醤油の謎」である。
「姫路おでん」の唯一の特徴は、
「生姜醤油で食べる」ということだけである。
これ以外の特徴は無い。
「姫路おでん」のHPによれば、姫路でおでんが作られ始めた当時、
浜手地域(海沿いの地区)で生姜が作られていたため、
生姜醤油で食べるようになった、とある。
思わず「なるほど!」といいたくなるが、いってはいけない。
そんな理由で、おでんを「生姜醤油」で食べるようになるのであれば、
日本全国の生姜生産地で、「姫路おでん」が誕生していたはずだ。
そうなっていない所を見ると、生姜を作っていたというのはただの偶然で、
他に何か、「おでんを生姜醤油で食べる、あるいは食べざるを得ない理由」
というものがあったに違いない。
今回は、そこの所について考察していきたい。
前回、「姫路おでん」が最初「関東風おでん(関東炊き)」として、
広まったことについて取り上げた。
その理由として、明治中期から昭和初期にかけて、
播磨地方に鰹節と昆布が入ってこなかったからだと、推測した。
そのため、播磨地方では主にダシとして「いりこ」を使うようになり、
鰹節と昆布でダシをとる文化は、自然消滅した。
もちろん、完全になくなったわけではなく、
ちゃんとした料理屋では、遠方より取り寄せて使っていたことだろう。
しかし一般家庭や、大衆向けの食べ物屋では、
「いりこ」ダシのみが、使われるようになっていった。
おでんは、この大衆向けの食べ物屋で作られた。
当然、そのダシは「いりこ」からとられていたはずである。
「いりこ」ダシのイノシン酸、そこにグルタミン酸を加える意味で、
大量の醤油が加えられた。
期せずして、姫路で作られたおでんは、
「鰹節」ダシと醤油を主として作られている「関東風おでん」のダシと、
似たような作りになったのである。
問題は、ここから先である。
同じようなダシを使っている関東では、おでんに和ガラシをつけて食べる。
しかし姫路では、これに「生姜醤油」をつける。
さらに、醤油を求めているのだ。
これは一体なぜなのか?
その理由は、おでんの具材の中にある。
関東には無い、関西だけのおでんの具材として、「牛すじ」がある。
下茹でした牛すじ肉を一口大に切り、串に刺したものである。
これを他の具材と一緒にダシツユの中に入れて、煮込む。
恐らくは、これを煮込むことによって、
「牛すじ」そのものからもダシが出るのではないだろうか?
牛肉を煮込んで、得られる旨味成分はイノシン酸である。
結果として、おでんのダシツユのイノシン酸の割合がぐっと多くなり、
醤油をしっかり入れているにも関わらず、
グルタミン酸が不足しているように、感じてしまうのだろう。
そのため、つけダレに醤油を使い、
グルタミン酸をさらに求めているのではないだろうか。
もちろん、「牛すじ」は関東風の姫路おでんにも、
関西風の姫路おでんにも使われている。
そのため、昆布を使いグルタミン酸を充分に取っている関西風ダシも、
「牛すじ」から出てくるイノシン酸によって、やはりバランスが悪くなる。
だからこそ、関東風、関西風の区別無しに、「生姜醤油」を使うのだろう。
……、一応「姫路おでん」に醤油をつけて食べる理由は解明(?)できた。
後は、「生姜」である。
「鰹節」ダシと「いりこ」ダシ。
両方とも同じように、イノシン酸の旨味を出すが、
この2つには大きな違いがある。
「鰹節」は、完成までに時間と手間がかかる。
それに比べ「いりこ」はカタクチイワシを大鍋で煮て、天日で干すだけである。
比べ物にならないくらい、簡単に出来上がる。
原料となる魚も、カツオに対しカタクチイワシはまさに雑魚である。
一匹あたりの価格差でいえば、それこそ天と地のひらきがある。
当然、できあがった「鰹節」と「いりこ」を比べても、
圧倒的に「いりこ」の方が安価である。
味わいでいえば、鰹節はいったん薫製にしてあるので、
香ばしい香りが漂っている。
それに対し、「いりこ」の方はどうしても魚臭さが漂っている。
おそらくは、この「いりこ」ダシの魚臭さこそが、
生姜を使うことになった理由ではないだろうか。
「いりこ」を使って作られた「姫路おでん」のダシは、
「鰹節」で作った「関東炊き」に比べて、どうしても魚臭さがあった。
これを押さえるための工夫が、何か求められたのだろう。
その時、ちょうど近くで生姜が生産されていた。
これ幸いと、生姜をすり下ろし、つけダレの醤油の中に入れて、
ダシの魚臭さを消したのではないだろうか。
また、ダシ以外にも、先に書いた「牛すじ」などは、
下茹でが充分でないと、臭いが残ってしまうこともあっただろう。
その「牛すじ」の臭いを抑える意味でも、生姜は有効だったに違いない。
本来なら、ダシの中に生姜を入れて、臭み消しにする方法もあったのだろうが、
それだと下手をすると、全体が生姜の香りになってしまう。
それにおろしたての生姜を、つけダレに入れて使う方が、
新鮮な生姜の風味も損なわれない。
結果として、「生姜醤油」で食べるという方法が、
広く浸透していったのだと思われる。
さて、3回にわたって「姫路おでん」と、それにまつわる謎について
考察してきた。
「姫路おでん」が「関東炊き」に近い理由、
「生姜醤油」を使う理由に対しては、ある程度の説明はできたと思う。
「姫路おでん」というのは、作る上では非常に簡単なおでんだ。
なんといっても、日本全国どこでもすぐに作ることができる。
「生姜醤油」を作るだけだからだ。
「姫路おでん」の定義からすれば、日本全国にある様々なおでんが、
「生姜醤油」をつけたとたんに、すべて「姫路おでん」になる。
もともと「姫路おでん」は「食」での町おこしを考えて、設定されたものだ。
しかし、本当にこれを食べに、全国から来てくれるのだろうか?
これは身近な「食」で、町おこしをしている町に住んでいる人たちの、
偽らざる感想だろう。