
By: David Pursehouse
前回、前々回と、姫路おでんについて書いてきた。
今回は、姫路おでん最大の特徴、「生姜醤油の謎」である。
「姫路おでん」の唯一の特徴は、
「生姜醤油で食べる」ということだけである。
これ以外の特徴は無い。
「姫路おでん」のHPによれば、姫路でおでんが作られ始めた当時、
浜手地域(海沿いの地区)で生姜が作られていたため、
生姜醤油で食べるようになった、とある。
思わず「なるほど!」といいたくなるが、いってはいけない。
そんな理由で、おでんを「生姜醤油」で食べるようになるのであれば、
日本全国の生姜生産地で、「姫路おでん」が誕生していたはずだ。
そうなっていない所を見ると、生姜を作っていたというのはただの偶然で、
他に何か、「おでんを生姜醤油で食べる、あるいは食べざるを得ない理由」
というものがあったに違いない。
今回は、そこの所について考察していきたい。
前回、「姫路おでん」が最初「関東風おでん(関東炊き)」として、
広まったことについて取り上げた。
その理由として、明治中期から昭和初期にかけて、
播磨地方に鰹節と昆布が入ってこなかったからだと、推測した。
そのため、播磨地方では主にダシとして「いりこ」を使うようになり、
鰹節と昆布でダシをとる文化は、自然消滅した。
もちろん、完全になくなったわけではなく、
ちゃんとした料理屋では、遠方より取り寄せて使っていたことだろう。
しかし一般家庭や、大衆向けの食べ物屋では、
「いりこ」ダシのみが、使われるようになっていった。
おでんは、この大衆向けの食べ物屋で作られた。
当然、そのダシは「いりこ」からとられていたはずである。
「いりこ」ダシのイノシン酸、そこにグルタミン酸を加える意味で、
大量の醤油が加えられた。
期せずして、姫路で作られたおでんは、
「鰹節」ダシと醤油を主として作られている「関東風おでん」のダシと、
似たような作りになったのである。
問題は、ここから先である。
同じようなダシを使っている関東では、おでんに和ガラシをつけて食べる。
しかし姫路では、これに「生姜醤油」をつける。
さらに、醤油を求めているのだ。
これは一体なぜなのか?
その理由は、おでんの具材の中にある。
関東には無い、関西だけのおでんの具材として、「牛すじ」がある。
下茹でした牛すじ肉を一口大に切り、串に刺したものである。
これを他の具材と一緒にダシツユの中に入れて、煮込む。
恐らくは、これを煮込むことによって、
「牛すじ」そのものからもダシが出るのではないだろうか?
牛肉を煮込んで、得られる旨味成分はイノシン酸である。
結果として、おでんのダシツユのイノシン酸の割合がぐっと多くなり、
醤油をしっかり入れているにも関わらず、
グルタミン酸が不足しているように、感じてしまうのだろう。
そのため、つけダレに醤油を使い、
グルタミン酸をさらに求めているのではないだろうか。
もちろん、「牛すじ」は関東風の姫路おでんにも、
関西風の姫路おでんにも使われている。
そのため、昆布を使いグルタミン酸を充分に取っている関西風ダシも、
「牛すじ」から出てくるイノシン酸によって、やはりバランスが悪くなる。
だからこそ、関東風、関西風の区別無しに、「生姜醤油」を使うのだろう。
……、一応「姫路おでん」に醤油をつけて食べる理由は解明(?)できた。
後は、「生姜」である。
「鰹節」ダシと「いりこ」ダシ。
両方とも同じように、イノシン酸の旨味を出すが、
この2つには大きな違いがある。
「鰹節」は、完成までに時間と手間がかかる。
それに比べ「いりこ」はカタクチイワシを大鍋で煮て、天日で干すだけである。
比べ物にならないくらい、簡単に出来上がる。
原料となる魚も、カツオに対しカタクチイワシはまさに雑魚である。
一匹あたりの価格差でいえば、それこそ天と地のひらきがある。
当然、できあがった「鰹節」と「いりこ」を比べても、
圧倒的に「いりこ」の方が安価である。
味わいでいえば、鰹節はいったん薫製にしてあるので、
香ばしい香りが漂っている。
それに対し、「いりこ」の方はどうしても魚臭さが漂っている。
おそらくは、この「いりこ」ダシの魚臭さこそが、
生姜を使うことになった理由ではないだろうか。
「いりこ」を使って作られた「姫路おでん」のダシは、
「鰹節」で作った「関東炊き」に比べて、どうしても魚臭さがあった。
これを押さえるための工夫が、何か求められたのだろう。
その時、ちょうど近くで生姜が生産されていた。
これ幸いと、生姜をすり下ろし、つけダレの醤油の中に入れて、
ダシの魚臭さを消したのではないだろうか。
また、ダシ以外にも、先に書いた「牛すじ」などは、
下茹でが充分でないと、臭いが残ってしまうこともあっただろう。
その「牛すじ」の臭いを抑える意味でも、生姜は有効だったに違いない。
本来なら、ダシの中に生姜を入れて、臭み消しにする方法もあったのだろうが、
それだと下手をすると、全体が生姜の香りになってしまう。
それにおろしたての生姜を、つけダレに入れて使う方が、
新鮮な生姜の風味も損なわれない。
結果として、「生姜醤油」で食べるという方法が、
広く浸透していったのだと思われる。
さて、3回にわたって「姫路おでん」と、それにまつわる謎について
考察してきた。
「姫路おでん」が「関東炊き」に近い理由、
「生姜醤油」を使う理由に対しては、ある程度の説明はできたと思う。
「姫路おでん」というのは、作る上では非常に簡単なおでんだ。
なんといっても、日本全国どこでもすぐに作ることができる。
「生姜醤油」を作るだけだからだ。
「姫路おでん」の定義からすれば、日本全国にある様々なおでんが、
「生姜醤油」をつけたとたんに、すべて「姫路おでん」になる。
もともと「姫路おでん」は「食」での町おこしを考えて、設定されたものだ。
しかし、本当にこれを食べに、全国から来てくれるのだろうか?
これは身近な「食」で、町おこしをしている町に住んでいる人たちの、
偽らざる感想だろう。