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エビチリ

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By: snak

世の中には、肩すかしというものがある。

こいつは凄いだろう、こいつは厄介だろう、なんて思っていても、
実際にやってみると、思ったほどではなかった、という奴である。
日本の諺に「案ずるより、産むがやすし」というのがあるが、
まさにこの諺そのものの状況といっていい。

自分にとっては、初めて食べた際の「エビチリ」がこれにあたる。
「エビチリ」というのは、
「エビのチリソース」を略したものであり、
「チリソース」の「チリ」というのは、
「チリペッパー」の「チリ」である。
「チリペッパー」というのは、トウガラシのことになるので、
「エビのチリソース」というのは、
「エビのトウガラシソース」と言い換えても、
良いということになる。

「チリソース」という言葉は、恐ろしさを秘めている。
この言葉を聞いて、頭の中に浮かんでくる言葉は、
「激辛」、「舌を刺す刺激」、「地獄」、
「翌朝のトイレ」などであろうか?
辛いものの苦手な人などは、
この名前を店先のメニューで確認した途端、
そのまま回れ右して駆け出し、二度とその店には近づかないだろう。
それほどに「チリ」という言葉は、
それを食べる者に対して威圧感を与える言葉なのである。

「エビチリ」はまた、その色合いが恐ろしい。
衣をつけて、油で揚げられたエビたちが、
ドロリとした鮮やかな赤いソースにまみれている。
その赤さは、オレンジ色に近い赤で、
まさに「チリ」こと「トウガラシ」の赤に近い。
麻婆豆腐にしろ、担々麺にしろ、
この手の「赤」い色合いを持っている中華料理というのは、
その全てが「激辛」であると考えて間違いない。
そうなってくると、それをタップリと身にまとった「エビチリ」は
一体どれだけ「辛い」というのか?

ところが辛くないのである。
名前、色合いと、地獄のような「辛さ」を予想させながら、
実際に「エビチリ」を食べてみると、
想像していたような辛さは全く無い。
もちろん、あの赤いソースには辛みもあるものの、
同じように酸味や甘味も含まれており、
辛さと相まって、複雑な味を作り出している。
まさに「肩すかし」を食らった気分である。

最近では、家庭でも「エビチリ」が作れる配合調味料が、
スーパーなどで販売されている。
そういう商品を良く見てみると、
普通に「エビのチリソース」と書いてある商品と、
「干焼蝦仁」とか「乾焼蝦仁」と書いてある商品があるのに
気がつくだろう。
「干焼蝦仁」や「乾焼蝦仁」という漢字に、
「エビのチリソース」とルビのふってあるものもある。
これを見ていると、ああ、「エビチリ」は本場中国では
「干焼蝦仁」とか、「乾焼蝦仁」というんだな、と思ってしまう。
実は、違うのである。
「エビチリ」と「干焼蝦仁」や「乾焼蝦仁」は、
厳密にいえば別の料理なのである。
じゃあ、「エビチリ」は本場中国ではなんという名前なんだ?と、
思ってしまうが、中国には「エビチリ」と全く同じ料理というのは
存在していない。
……。
何だか混乱してしまいそうである。
では、「エビチリ」というのは、いつ、どこで作り出されたのか?

実は「エビチリ」というのは、「干焼蝦仁」をもとにして、
陳健民が日本人向けにアレンジして作り出したものなのである。
この「干焼蝦仁」は、衣をつけて揚げたエビを
豆板醤や花椒などをタップリと効かせて調理したものである。
「辛さ」に関しては「エビチリ」の比ではなく、
見た目に関していえば、「エビチリ」の様に赤くはない。
「エビチリ」のように、
たっぷりのソースにまみれているということもなく、
汁気もトロミもほとんど無い。
ちょっと変わっているのは、「エビチリ」と同じように
エビの皮を剥いたものに、衣をつけて油で揚げたものと、
皮がついたまま、エビを調理してあるものの2種類があることだ。
調べてみた所、小型のエビを使っているものでは
皮を剥いているものが多いのに対し、
大型のエビを使っているものでは
皮付きのまま調理しているものが多い。
皮の有無が、味にどういう変化をもたらすのかはわからないが、
食べにくいであろうことだけは、容易に想像出来る。
陳健民は、本場中国の「干焼蝦仁」そのままでは、
日本人には辛すぎると考え、豆板醤を使ったソースの中に
トマトケチャップなどを加えることによって、その辛さを抑えた。
その結果、辛さだけでなく、甘味や酸味も含んだ
現在の「エビチリ」が出来上がった。
彼は、NHKの「きょうの料理」などの中で、
自らが作った「エビチリ」のレシピを公開して、世間に広めた。
(「干焼蝦仁」をアレンジした「エビチリ」のみならず、
 ラーメン風に作り直した「担々麺」、
 キャベツを使った「回鍋肉」、
 和風にアレンジした「麻婆豆腐」など、
 彼がアレンジして、日本に広めた中華料理は多い。
 まさに日本中華料理の父ともいえる人物である)

そういう彼の努力も、うちの母親には届かなかったのか、
我が家では「エビチリ」が食卓に上ることはなかった。
理由ははっきりしないのだが、
自分が子供のころの我が家では、キムチなどのように
トウガラシで真っ赤になったような、
刺激の強い食品を敬遠していた。 
子供が好まないのと、婆さんもその手の食品を敬遠していたので、
あまり喜ばれないと判断したのかも知れない。
実際に食べてみれば、そういうこともないのだが、
皿に盛られた、赤いドロドロソースまみれのエビは、
相当辛そうに見えただろうから、
婆さんなどは、箸も伸ばさなかったに違いない。

そんな家庭で育った影響か、一人暮らしを始めても
「エビチリ」を作ってみることもなく、
中華料理屋に入った時も、注文することはなかった。
たまの会食や、中華風弁当の中に申し訳程度に入っている
「エビチリ」を、摘んだだけである。

だが、最近のレトルト食品のお手軽さは凄まじく、
市販の「エビチリのもと」を使えば、
エビに衣をつけて揚げたりしなくても、
「エビチリ」ができるという。
そこまでお手軽になったのなら、
作ってみるのも良いかとも思う。

だが、ある程度、歳をとった現在なら、
「辛い」といわれる、本場の「干焼蝦仁」の方でも
悪くないかも知れない。

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