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エベレストに消ゆ

更新日:

先月の21日、1つのニュースが流れた。

『登山家・栗城史多さん死亡 エベレスト挑戦中に』

メディアなどでもよく取り上げられていた登山家・栗城史多が、
8度目のエベレスト挑戦中に亡くなった、というニュースである。
21日に無線の連絡が途絶えた後、
標高6600m付近で亡くなっているのが見つかった。
当初、死因は低体温症と発表されていたが、
後の発表で、100〜200mほど転落(滑落)したため
それが原因で亡くなったと訂正された。
発表によれば、遺体の損傷は大きくないということだったので、
第1発見者は低体温症と勘違いしたのかも知れない。

彼は、「単独無酸素」を謳い文句にエベレストへの挑戦を続けており、
その挑戦の中で凍傷にかかり、手の指を9本失ってしまった。
にも関わらず、彼はより困難なルートでのエベレスト登頂を目指し、
挑戦を続けていたのだが、その挑戦の半ばにして
命を落とすことになったわけだ。

メディアなどへの露出も多く、知名度の高かった彼だが、
一方では、彼に対する批判的な意見もまた、多く聞かれた。

その批判の1つが、彼の掲げている「単独無酸素」という言葉である。
もちろん、これについては明確なルールが無いので、
そこら辺は各登山者の判断によって決まるのだが、
彼の設定している「単独無酸素」の条件は、
明らかに過去の登山者たちの設定した「単独無酸素」の条件よりも
緩かったために、こういう批判がなされていた。
もちろん、これらの批判をするためには、ある程度、
登山の記録や歴史などに詳しくなければならず、
そのためか、彼の「単独無酸素」について批判を加えるのは
それなりの知識・経験のある登山者ばかりで、
その辺りの知識のない人たちからは、
この点はあまり問題にされていなかったようである。

批判のもう1つが、力量にそぐわぬ無謀な挑戦である。
もちろん、これについては先ほどの「単独無酸素」の条件以上に、
登山の知識・経験が無いと分からないことになるのだが、
高い登山技術をもった登山家の目から見ると、
彼の挑戦は、かなり無謀で危険なものに映っていたようで、
中には、彼を登山家と認めたくないという人間までいたようだ。

と、ここまで批判的なことばかりを書いてきたが、
無論、彼の挑戦にはいくつかの良い点もあったと思う。

その1つは、「登山」というものを、それを知らない一般層に
伝えようとする試みを行なっていた点だ。
彼は「冒険の共有」を謳い、エベレストの登頂と同時に
頂上からのインターネット生中継を試みていた。
さらに積極的に講演会を行い、それらの経験を伝えていた。
もちろん、この講演会活動には資金集めという目的もあっただろうが、
それを差し引いても、「登山」そのものを認知させる役割はあっただろう。
彼自身の主張を見てみた限りでは、
「挑戦」という点に重きが置かれており、
それは、何も「登山」という行為に限ったことではないのだが、
彼の場合、その「挑戦」の対象が「登山」だったということである。

もう1つ、彼の「登山」で、自分が大いに評価していた点は、
必ず生きて帰って来ていたことである。
「登山」という視点で見れば、「単独無酸素」の条件の設定など
他者から批判される部分も多かった彼だが、
それでも彼は、キチンと生きて帰って来ていた。
限界まで突っ込まずに、ちゃんと生きて帰ってくる。
「登山」をする人間にとっては、至極当たり前のことなのだが、
いかんせん、登山家が「登山」を失敗して帰ってくると、
世の中の評判は悪くなるものである。
準備の不足、技量の不足、計画の無謀さなどを責められることも多い。
彼の場合、メディアへの露出を増やし、講演会などを積極的に行い、
その活動資金を得ていたスタイルから、普通の登山家よりも
世間的な注目度は高く、それは現実に批判の多さという形で
返って来ていた。
そういう条件の中でも、キチンと撤退の判断をして、
世間からのバッシングや、支援者たちの落胆の声を恐れずに
帰ってくるには、我々の想像できないほどの
プレッシャーがあったに違いない。
彼は、それに押しつぶされてしまう事なく、
キチンと生きて帰る選択をしていたのである。
この点に関しては、数々の批判される部分を補って余りある、
彼最大の美点であると思っていた。

少なくとも、今回、彼が命を落とすまでは。

「登山」は、程度の差はあるにせよ、どうしても危険を完全には
廃しきれないものである。
特に雪山や、今回のヒマラヤの様な極地では、
その危険は大きなものになってしまう。
そこではどんなに安全に気を使っていても、
どんなにしっかりと準備していても、
それらを上回る不運によって、命を落とさざるを得ない場合も出てくる。
今回の彼の死が、そういう命を落とさざるを得ない
不運だったのかどうかは分からないが、
今回の事故によって、栗城史多という登山家の最大の美点が
無くなってしまうことになった。

その点だけは、本当に残念でならない。

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