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食べ物

きなこ飴

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「きな粉飴」と聞くと、何のことか、さっぱりわからない人と、

ああ、あれか、とすぐにわかる人とに別れる。

このお菓子には地域性があり、販売されていない地域では、

どんなに探してみても、見つからない。

つまり、このお菓子を一生知らずに、死んでいく人もいるということだ。

今回はこの「きな粉飴」について書いていく。

兵庫県たつの市に住んでいる自分にとって、

この「きな粉飴」は、全く未知の食べ物であった。

というのも、自分の住んでいる西播地域では、

この「きな粉飴」を販売している店を、見たことが無いからだ。

自分がこのお菓子を初めて知ったのは、愛知県のスーパーに入った時だ。

お菓子コーナーをぷらぷら見て回っていると、

「きなこねじり」なるお菓子が売られていた。

それまでに見たことも無い、お菓子であった。

かりんとう大の大きさで、きな粉色をした長方形のナニモノかがひねってある。

多分、値段にして200円くらいだったと思うが、

興味を持って、ひとつ購入してみた。

店を出て、早速袋を開けてひとつ食べてみた。

見た目からして、かりんとうのように固いのかな?と思っていたのだが

かじって見るとカリッとした固さは無く、グニュッとした歯ごたえだ。

グリコのキャラメルをイメージしてもらうと、わかりやすいだろう。

味はきな粉の香ばしさと、砂糖か水飴の甘さであった。

一言でいって「濃厚」という印象を持った。

「濃厚」なきな粉のかたまり、だったのだ。

きな粉が好きな人間にとっては、たまらない味に違いない。

つまり、自分にとって、たまらない味だったわけだ。

その後も数回購入し、存分に楽しんだ。

まだまだ自分の知らないお菓子があるんだなぁと、思い知らされた。

で、地元に帰り、アレは無いかと探してみると、これが無い。

あちこちの店に入り探してみたのだが、やはり地元には置いてない。

少なくとも、自分の見て回った限りでは。

気になって、ネットで調べてみた。

そうすると、わりとあちこちに、似たようなお菓子があることを知った。

京都の和菓子の中にも、きな粉を水飴で練って、棹状にしたものがあるし、

岐阜県にはゲンコツ飴なる、きな粉を水飴で練ったものがある。

仙台駄菓子の中には、先に書いた「きなこねじり」があった。

これもまた、きな粉を水飴で練ったもののようだった。
呼び方は色々あるが、「きなこ飴」が一番、本質をついているようだ。

ポイントはひとつだ。

きな粉を水飴でもって、練ってあること。

ものによっては、これに砂糖が入ることもある。

さらにきな粉のかわりに、青大豆を粉にした青きな粉をつかったものもある。

その発祥を探っていくと、そのいくつかは京都に行き着く。

きな粉を水飴で練った菓子で、一番古いものは、

京都の和菓子「洲浜(すはま)」であった。

「きなこねじり」も江戸時代初期の、京都発祥であるという。

岐阜県の「ゲンコツ飴」は固さの点で、上2つとは異なっているが、

原材料、作り方では共通点も多い。

こちらの方は、その発祥については、はっきりとわからなかったが、

創業170年という「ゲンコツ飴」の老舗があるので、

少なくとも江戸末期には、作られはじめていたことは、確かなようだ。

仙台駄菓子の「きなこねじり」は、

仙台駄菓子そのものが、江戸時代初期の発祥であることから、

同じころか、あるいはそれ以降に、京都のものが流入したのではないだろうか?

ねじるという行程が共通している点が、特にそれを感じさせる。

以上、全国に散らばる「きな粉を水飴で練ったお菓子」をあげてみた。

この中でもっとも歴史が古いのが、先に書いた京都の「洲浜」である。

鎌倉時代の京都の菓子屋、「松寿庵」が考案したとされている。

大豆と青大豆を煎って粉にしたもの、つまりはきな粉と青きな粉だが、

これに砂糖を加え、水飴で練りあわせて作られた。

羊羹などと同じ、棹ものであり、棒状のものを切って食べる。

もともとは「豆飴」と呼ばれていて、これが「洲浜」という名前になったのは、

切った断面が家紋の「洲浜紋」に似ていたためだ。

現在では、大豆と青大豆を煎って粉にしたものを「洲浜粉」とよび、

これを使った菓子を、「洲浜」と呼ぶこともあるようだ。

恐らくはこの「洲浜」を庶民用に作り直したのが、

「きなこねじり」だったのではないだろうか?

「きなこねじり」が作られた江戸時代初期、まだ国産の砂糖が無く、

輸入物の砂糖は高価だったために、きな粉と水飴のみで簡易「洲浜」を作った。

もちろん、「洲浜」のように形に必要以上にこだわることも無く、

単純に棒状に仕上げたものを、ねじるだけのものにしたのだろう。

これを茶の湯用の菓子として、伊達政宗が仙台へと持ち帰り、

藩内で製造させた。

当時唯一の貿易港、長崎と遠く離れている仙台では、

輸入物の砂糖を入手するのは難しい。

だからこそ、どこででも作れる、きな粉と水飴を使った「きなこねじり」が、

仙台駄菓子として受け入れられたのだろう。

岐阜県の「ゲンコツ飴」も、もとは「洲浜(豆餅)」か「きなこねじり」だろう。

「ゲンコツ飴」のネーミングセンスからすると、「きなこねじり」が

もとになっているような気がする。

もとの「きなこねじり」と違って、どうして固くなってしまったのかは、

不明である。

「きなこねじり」よりも固くすることにより、

口の中に長く留め、長時間味わえるようにしたのかもしれない。

さて、地元に帰ってきて「きなこ飴」に類するお菓子を探してみたが、

見当たらなかったことは、先に書いた。

では、それでも食べたくなった場合には、どうすればいいか?

簡単だ。

自分で作ってしまえばいいのだ。

早速スーパーに行って、きな粉と水飴を買ってきた。

分量はインターネットで調べれば、大体わかる。

とりあえずボウルの中にきな粉をぶちまけて、その上に水飴を流し込んだ。

それをよくねり込み、板の上で成形していく。

といっても、親指の太さの棒状にして、端から切っていくだけだ。

このとき、きな粉をいくらか別に分けておいて、後から完成品にまぶすと

かなりそれっぽくなる。

逆にそれをしないと、くすんだきな粉の色が、あまりうまそうでない。

自分が作ったものは、あまりうまそうな見た目ではなかった。

実食してみると、これが微妙に甘さが足りない。

砂糖を混ぜなかったのが、この結果を招いたようだ。

とはいっても、これはきな粉と水飴のかたまりだ。

ずっしりとした、食べでがあった。

その点では、市販のものに迫っていたといえる。

この「きなこ飴」は、意外と簡単に作れる。

適当な形にして、上からきな粉をまぶすと、なかなか見た目よく、

結構、しゃれた和菓子っぽく見える。

興味ある人は、一度、自作してみてはどうだろうか?

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