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意外とはっきりしない新巻鮭の歴史。

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年末が近くなってくると、
大型スーパーの鮮魚売り場に、新巻鮭が並ぶようになる。
普段、購入しているパック入りの切り身ではなく、
まるまる一匹を、塩漬けにしたものである。
体長が50cm以上ある立派な鮭が、
冷蔵ケースの中に並ぶ、年末の風物詩である。

いつもなら、ここから自分が子供のころの
体験談に持っていく所だが、
今回はそれが出来ない。
何故か我が家には、
この新巻鮭を食べる風習が無かったからである。

もちろん、「鮭」そのものは普通に食べていた。
しかし、食べるのは、
パック入りの塩鮭の切り身を焼いたものばかりで、
まるまる1匹の新巻鮭を買ってきて、
これを解体して食べるということは、
一度もなかった。

今、考えてみても、これは不思議なことだ。
魚を解体することを「下ろす」というが、
うちの母親は、魚を下ろすことが出来たし、
父親の方も、同じように魚を下ろすことが出来た。
かくいう自分も、一応、魚は下ろすことが出来る。
ブリなどを1匹購入してきて下ろすこともあったし、
アナゴなども普通に下ろしていた。
うちの両親の腕を持ってすれば、
新巻鮭を下ろすことなど、
ワケはなかったのではないかと思うのだが、
ついぞ、そういう場面を見ることは無かった。

だから、自分にとって新巻鮭とは、
年末の鮮魚コーナーに並んでいるだけのもの、
という認識しかなかった。
「食べてみたい」という欲求もなかった。
まるまる1匹の姿であっても、所詮は塩鮭である、
という気持ちがあったのだと思う。
両親にしても、味は切り身と変わらないだろうし、
あんな巨大なものを買ったら、
冷蔵庫の中で場所をとって適わないと、
思ったのかもしれない。

我々が普段、「鮭」と呼んでいるのは、
シロザケと呼ばれるサケである。
これはサケ目サケ科サケ属に属する、
まごう事なきサケである。
もっともサケらしいサケといってもいい。
サケの別名で、「アキアジ」「サーモン」
「トキシラズ」「ブナ」など、様々なものがあるが、
これらは全て、シロザケの別名である。
川で卵から孵化し、稚魚の状態で海に下る。
その後は数年間、海で生活し、
産卵できるようになると、
生まれた川に戻ってきて遡上する。
その後、川底に穴を掘って産卵した後、その一生を終える。
毎年秋になると、ニュースなどでサケの遡上が伝えられる。
どういうわけか、極めて高い回帰性があり、
ほぼ間違う事なく、自分の生まれた川に戻ってくる。
そのため、ひとつの川で生まれたサケの間でのみ、
交配が行なわれ、交雑というのはほとんど起こらない。

一時期は河川の汚染により、
サケの帰ってくる川も減っていたが、
河川環境の改善、稚魚の放流など、
長年の努力の結果により、
サケの遡上する川は、増えてきている。
サケの遡上する川といえば、
何となく北海道を思い浮かべてしまうが、
太平洋側では千葉県の銚子辺りまで、
日本海側では島根県の江津市辺りまで、
サケが遡上する。
九州の川にサケが遡上した、という記録も残っている。

日本では、古代よりサケを食べており、
東日本各地の貝塚からは、サケの骨が出土している。
東日本では、縄文文化が高度に発達していたが、
これは狩猟・漁労を中心とした時代において、
サケ・マスの資源が、
豊富であったためではないかと言われている。
平安時代に書かれた「延喜式」には、
日本海側の各地から、河川遡上魚を献上した記録がある。
恐らくは、サケを捕獲し、これを塩漬けにしたものか、
干したものだったのではないかと、推測される。

現在のように、冷蔵・冷凍技術の発達していなかった時代、
サケを腐らせずに運ぶには、
乾燥させるか塩漬けにするしかない。

サケを乾燥させたものは「鮭とば」と呼ばれ、
現在でも作られているが、主に北海道や東北が中心で、
全国的にはそれほどメジャーではない。
そのまま食べることも出来るし、焙って食べることもある。

塩漬けのサケといえば、やはり新巻鮭である。
もともと「あらまき」というのは、
塩漬けの魚を、藁や竹の皮などで包み、
保存するもののことをいう。
平安時代や鎌倉時代には、
書物の中に「苞苴(あらまき)」の文字が見られる。
ただ、この「苞苴」がサケなのかは、わからない。
新巻鮭の誕生には諸説あり、
その主だったものを挙げると、

・室町時代に、新潟の商人が塩を北海道へ持ち込み、
 新巻を作り始めたという説
・江戸時代、高砂出身の工楽松右衛門が、
 サケの保存方法のひとつとして作り出したという説
・大正時代、冷蔵状態のサケに低塩処理を施し、
 新鮮な味わいを持つ新巻鮭を作り出したという説

などである。
先に書いた通り、「あらまき」自体は
平安時代から存在していたので、
それをいつの時代から、
サケに対して使うようになったか?ということである。
ここに挙げた説は、3つとも時代がバラバラである。
恐らくは後の時代になるほど、塩分を抑え、
サケの新鮮さを残すような作りになっている。
この3つの違いは、塩分濃度の違いだけであろう。
そうなると、室町時代に作られたものは、
「サケの塩引き」と呼ばれるものではないだろうか。
その後、江戸時代に塩分を抑えたものが作られ、
大正時代、冷蔵技術の発達によって、
さらに塩分を抑えたものが作れるようになったのだろう。
「サケの塩引き」を新巻とするのであれば、第1の説。
「サケの塩引き」を新巻としないのであれば、
第2の説が新巻鮭誕生の瞬間といえそうだ。

本来的には、サケは生食せず、火を通して食べる。
これは、身の中にある種の寄生虫が
存在している可能性があるからで、
加熱することによって、殺すことが出来る。
この寄生虫、火を通す他にも、
凍らせることで殺すことが出来る。
寄生虫を凍死させてしまうのだ。
現在では、「生食」用のサケが売られているが、
これは海外の養殖物で、無菌状態で完全養殖されているので、
寄生虫の心配は無い。
「生食」の表示の無いサケを、無理に生食するのは止めよう。

年の瀬が迫り、これからぼつぼつと、
新巻鮭の姿を目にするようになる。
核家族化が進んだ現在では、
まるまる1匹の新巻鮭をもらっても、手に余るかも知れない。
魚なんて下ろしたことがない、という人にとっては、
デンと横たわる新巻鮭を、どうして良いかわからないだろう。
そういう場合、鱗を落とした後、
まとめて筒切りにしてしまおう。
これを軽く凍らせ(あくまでも軽く、
切りやすくするためなので、カチカチではいけない)、
筒切りの断面を上にしておき、中骨の右と左で切り分ける。
慣れていないと、中骨の部分にたくさん身がつくが、
何、これも焼いて食べれば良いのだ。
物の本などを見れば、「頭も食べられる」とあるが、
素人には無理だ。
「やってみれば簡単」ともあるが、
魚の頭を解体していくのは、結構グロいので、
多分そちらの方で、素人には無理である。
おとなしく処分した方が良いだろう。

さすがに一人暮らし、ということになると、
新巻鮭はどうしようもない。
手に余ることだろう。
いっそのこと包みを開けず、
知り合いにでも「お歳暮」といって、
あげてしまうのが一番かもしれない。

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