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兵庫のむかし話

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先日、図書館に行って
「読みがたり 兵庫のむかし話」という本を借りてきた。

これは、兵庫県小学校国語教育連盟という団体が作った本で、
兵庫県内に伝わる昔話を集め、まとめたものである。
これと同様のシリーズでは、「兵庫の伝説」「兵庫の理科物語」
「兵庫の歴史物語」などがあり、
その中の1つに、
「小学校の先生たちが手分けして書いた」
というようなことが書いてあったため、このシリーズは
全て、県内の小学校の先生たちの手によるものかもしれない。
もっとも、先生たちが書いたといっても、
先生たちが話を作ったというワケではなく、
兵庫県内各地に残っている伝説等を、集めて来たということである。
記憶が確かならば、「兵庫の伝説」「兵庫の理科物語」
「兵庫の歴史物語」の3冊は、自分が小学校の頃、
学校で注文販売があったので、恐らくそのころに書かれたものだろう。
(実際、小学校の先生がマメに宣伝していたような気がする)
小学校の先生たちが編集しただけあって、
中に載っているそれぞれの話は、
小学生にも分かりやすく説明がなされており、
難しい漢字を使わないようにして、
小学生たちが読みやすいように仕上げてある。
我が家にも「伝説」「理科物語」「歴史物語」の3冊があったのだが、
(「理科物語」のみ、紛失してしまったが……)
このシリーズの1番最初のものと思われる「兵庫のむかし話」は、
入手する機会がなかったため、全く読むことがなかった。
今回は、その幻の1冊を借りて来たということになる。

この本を読んでみて驚いたことは、
全然聞いたこともないような話ばかりでなく、
わりとよく聞く、かなりメジャーな昔話も収められていたことである。
ちょっと、それらのメジャーなタイトルを書き出してみよう。

・はちつき(鉢被り姫)
・舌きりスズメ
・花さかじじい
・ネコとネズミ(十二支の起源話)
・ツル女房(鶴の恩返し)
・子育てゆうれい
・たたかいでも(叩かなくても)鳴る太鼓(乳母捨て山の変形?)

地域に根ざしている「伝説」と違い、
昔話であれば、例えば他の地方のものが、人的な交流によって
広く全国的に伝わっていくこともあっただろう。
それにしても、メジャーどころの昔話が多い。
これらの昔話の場合、舞台設定が「どこ」と、
ハッキリしているものはほとんど無く、
それについては適当にお茶を濁しているか、
全くスルーしているのが普通である。
先に取り上げたメジャーなタイトルの昔話が、
それぞれ県内のどこら辺で伝わっていたものなのかを、
合わせて併記してみよう。

・はちつき……丹波地方
・舌きりスズメ……但馬地方
・花さかじじい……中播磨地方
・ネコとネズミ……淡路地方
・ツル女房……但馬地方
・子育てゆうれい……阪神地方
・たたかいでも鳴る太鼓……神戸

伝わっていた場所が県内の東側に偏っている印象があるが、
実際、「兵庫のむかし話」に収められている昔話は、
これら以外の昔話も、県東部地方に偏っている。
全くの推測になるのだが、恐らく、
これらの昔話が作り出されたのが、
京都だったからでは無いだろうか?
都や寺などが集中していた京都は、文化レベルが高く、
平安文学なども、すべて京都を中心にして
(というよりはほぼ京都のみで)発達している。
様々な和歌、詩、文学が生み出される一方で、
この手のお伽話も生み出されたのだろう。
それらは貴族や僧侶の間のみならず、庶民の間でも広まったが、
全国的な人の移動の少なかった時代のことなので、
発生源である京都周辺へのみ、
かなり濃厚に伝わっていったのではないだろうか?
もちろん、江戸時代・明治時代と時代が下り、
人々の移動は全国規模で行なわれるようになったが、
やはり、京都周辺では歴史的に多くの昔話が
伝えられることになったのだろう。

もちろん、この「兵庫のむかし話」には、
地元兵庫県に根ざした物語も、多く掲載されている。
それらに関しては、それほどメジャーな話があるわけでもないので、
ここでそのタイトルを取り上げてみることは避けるが、
「兵庫の」という、この本のタイトルからすれば、
そういった地元に根ざした「むかし話」こそが、
この本にもっとも適した話といえるだろう。
ただ「兵庫のむかし話」をひととおり読んでみた感じでは、
地元に根ざした話であっても、
話の内容がある程度マイルドであり、どこか教訓めいたものが、
「むかし話」として選択されているようである。
やはり本来、こういった「昔話」は、
大人から子供たちへの、道徳教育としての側面があるのだろう。
恐らく、地元に根ざした話であっても、
その条件を満たしていなかったものは
「兵庫のむかし話」には掲載されず、
後に刊行される「兵庫の伝説」の方に、
まとめられたのだろうと考えられる。

さて、今回はあくまでも「兵庫のむかし話」という本について
紹介するだけのつもりで、中に掲載されている
「昔話」のあらすじについては、全く触れないつもりであった。
が、1つだけ、読んでいてどうにも違和感の拭えなかった
「昔話」があったので、その話について取り上げてみる。

それは、先にも取り上げた「ネコとネズミ」という話だ。
十二支の起源、どうして十二支の動物たちが選ばれたのか?という
起源について書かれた話である。
一般的に知られている話では、十二支を決める際、
神様が日を決めて、動物たちを
自分の所に集合させたということになっている。
その話の中で、ネコはネズミに騙されて、間違った日付を教えられ、
十二支に選ばれることが出来なかった。
(というよりは、十二支を決めるレースに参加できなかった)
そのときのことを恨んだネコが、
ネズミを食べるようになった、という「オチ」がつく。

「兵庫のむかし話」に掲載されている「ネコとネズミ」も、
基本的には、この話を踏襲しており、
ストーリーは全く同じようになっている。
ただ1つ、大きく違っている所が、
「十二支」を決めようと言い出したのが神様ではなく、
森の王様・ライオンになっている所だ。
普通に読んでいると、
「え?日本の昔話にライオン?」と、強烈な違和感を感じてしまう。
恐らく、元々「ライオン」の役目は
「神様」が受け持っていたのだろうが、
話が伝えられるうちに、これが「ライオン」に
置き換わっていったのだと思われる。
空想の動物と入り混じった「獅子」ではなく、
あくまでも野生動物の1種としての「ライオン」を、
日本人が認識したのは、
明治時代、日本に西洋風の動物園が作られ、
そこに「ライオン」が展示されてからのことだ。
情報の伝達が、現在ほど早くなかった当時、
地方の「昔話」の中に「ライオン」が登場してくるには、
それなりに時間がかかったに違いない。
ということは、この「ネコとネズミ」の中で
「神様」が「ライオン」に起き変わった時期は、
比較的、最近になってからのことだったのではないだろうか?
少なくとも、この「昔話」が伝わっていた淡路地方では、
近年まで大人から子供へ、「昔話」を語り聞かせる風習が
残っていたことになる。

現在では、大人たちが子供に
「昔話」を語り聞かせるというような姿も、
あまり見られなくなってしまったが、
「昔話」そのものが、こういう形で残っている限り、
いつか、大人が子供に「昔話」を語り聞かせる文化も、
見直される時代が来るのかもしれない。

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