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バラ寿司

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世間で「寿司」といえば、
普通に「にぎり寿司」を連想する。

世の中にある寿司屋は、そのほとんどが
「にぎり寿司」を中心にしたメニュー構成になっているし、
安価な回転寿司でさえ、その中心になっているのは、
「にぎり寿司」である。

一方、家庭で寿司を作る、と言うことになった場合、
「にぎり寿司」を作ることは、少ないのではないだろうか?
家庭で寿司を作るということになると、
「巻き寿司」「手巻き寿司」「稲荷寿司」なんていうことになる。
地方性の強い地域では、それに「押し寿司」などが
加わることもあるだろう。

冷静に考えてみれば、これは不思議なことである。
確かにネタのシャリのバランスとか、ネタの下拵え、
口の中に入れたときに、ホロリと崩れる絶妙な握り方、
なんていうのは、そうそう家庭ではマネできないだろうが、
酢飯を1口大のフットボール型にし、
その上にワサビと魚の切り身をのせてたものならば、
わりと簡単に作ることが出来る。
うるさいことさえいわなければ、似ているものは
意外に簡単に作れてしまうだろう。
ネタにしたって、スーパーの鮮魚コーナーに行けば、
生で食べることの出来る魚は、柵単位でいくらでも売っている。
これらを買ってきて、家で寿司ダネ大に切り分ければ、
存外、簡単に「にぎり寿司」は作ることが出来る。
しかし「にぎり寿司」を家で作るという話は、あまり聞かない。

我が家では、「寿司」というものは、
店に食べに行くものではなく、家で作るものであった。
「巻き寿司」は、それこそ数えきれないほど作ったし、
「稲荷寿司」や「押し寿司」も、作ってみたことがある。
ウチの親はチャレンジャーだったのか、
「にぎり寿司」さえも、自作してみたことがあった。
(「にぎり寿司」を家庭で作った場合、
 同じネタを使った寿司が、かなりの数、量産されることになり、
 同じネタばかりを、やたら食べなくてはならなくなる。
 いろんなネタを食べたい、という欲求がある場合、
 やはり「寿司屋」に食べに行く方が、いいようである)

そんな我が家において、もっとも頻繁に作製されたのが、
「バラ寿司」である。
巻いたり、詰めたり、押したり、握ったりといった、
そういう面倒な工程を、一切省いたこの寿司は、
我が家における「寿司」の、主役であった。
今までの記事の中でも散々書いてきたが、
うちの母親は効率よく物事を進めるのが一番と考える人間であり、
それは「寿司」にも、表れていたようである。

さて、「バラ寿司」と聞いて、
なんじゃ、そりゃ?と、
首を傾げている人もいるのではないだろうか。
一般的には「ちらし寿司」と呼ばれることも多いこの寿司は、
酢飯の中に、様々な具材を混ぜ込み、
さらにその上にも、様々な具材をのせた、
混ぜご飯的な「寿司」である。
……。
じゃあ、最初から「ちらし寿司」と書けばいいのに、
というツッコミが入るかも知れない。
確かに、ここで自分が書いたような「寿司」は、
持ち帰りの寿司チェーンや、スーパーの弁当売り場などでも
販売されており、それらは「ちらし寿司」と銘打たれている。
しかし、厳密にいえば、「ちらし寿司」と「バラ寿司」は、
別の物なのである。

「バラ寿司」というのは、先に書いたように、
様々な具材を酢飯の中に混ぜ込み、
さらにその上にも具材をのせたものである。
一般的に混ぜ込まれる具材は、シイタケ、カンピョウ、油揚げ、
高野豆腐などを煮染めたものや、茹でたニンジンや蓮根などで、
上にのせられる具材は、錦糸卵、茹でたタコ、エビ、焼きアナゴ、
キヌサヤ、インゲン、刻み海苔、紅ショウガなどである。
庶民的というか、安価な具材が多い印象がある。

これに対し「ちらし寿司」は、
酢飯の上に、「にぎり寿司」に使う様々な寿司ダネを、
のせたものである。
これらの具材を酢飯の上に「散らす」ことから、
「ちらし寿司」と呼ばれる。
詰まる所、握っていない「にぎり寿司」と
いうことが出来るかも知れない。
当然、具材は「にぎり寿司」に使われるものであり、
どれもそこそこ高価なものばかりである。
もともと「にぎり寿司」は、醤油をつけて食べるのが普通だが、
この「ちらし寿司」の場合は、別な小皿に醤油を入れて、
具材を食べる際に、それにひたしてから食べることになる。
「ちらし寿司」に醤油をかけ回して食べる方法もあるが、
これは野暮で作法に外れる食べ方とされている。
この「ちらし寿司」が作られるようになったのは、
明治時代以降のことであり、
江戸前の「にぎり寿司」からの派生品としてであった。
すでに「バラ寿司」は、各地で食べられていたことから、
それに影響を受けたということも考えられる。

では「バラ寿司」の方は、いつごろから作られ始めたのだろうか?

調べてみた所、「バラ寿司」の誕生については、
ひとつの逸話が残されていた。
それによれば、1664年に備前(現・岡山県)で大洪水があり、
当時の藩主であった池田光政は、素早い復興のために、
倹約令「一汁一采令」を出した。
これは倹約のため、食事のおかずを汁物1つと、副食1つに
制限するものであった。
早い話、ご飯とみそ汁、おかず1品の食事にせよということである。
ご飯やみそ汁のおかわりは出来たのか?
おかずの量についての制限は無かったのか?など、
突っ込みたい所はたくさんあるが、
まず何よりもよくわからないのは、庶民が食事を質素にして、
復興の役に立つのか?ということである。
返って、庶民の体力が落ちたり、
経済活動が冷え込んで、復興が遠のきそうな気もする。
存外、光政の本心としては、
「質素倹約を心がけさせよう」程度のものだったのかも知れない。
しかし、こんな法令を押し付けられた庶民はたまったものではない。
なんとか、この法令をかいくぐり、
美味しいものを食べようとした。
まず、ご飯の桶の底に、出来るだけたくさんの具材を敷き詰め、
この上に小さな具材を混ぜ込んだ酢飯を詰め込む。
そして食べる直前に桶をひっくり返して、食べたという。
なるほど、様々な食材を入れていても、
それを具材と言うことにしてしまえば、
「バラ寿司」で1品ということになるのだろうか?
さすがにちょっと無理がある気がする。
しかし、「一汁一采令」が
倹約を心がけさせる目的のものであったとしたら、
それほど厳しい取り締まりは行なわれず、
「バラ寿司」もお目こぼしされていたのかも知れない。
少なくとも、この「一汁一采令」こそが、
「バラ寿司」を生み出したのだと、いえそうである。

現在では、「バラ寿司」も「ちらし寿司」も混同され、
そのほとんどが「ちらし寿司」の名前で販売されている。
我が家では、ひとつひとつ具材を仕込み、
それを混ぜ合わせることで、「バラ寿司」を作り上げていたが、
一人暮らしになってからは、さすがに面倒になり、
全く作らなくなってしまった。

現在、スーパーなどでは、レトルトの「ちらし寿司のもと」が
販売されているので、
久しぶりに、これを買ってきて、
「バラ寿司」を作ってみるのも、いいかも知れない。

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