四輪車、といえば、普通、自動車のことを思い浮かべる。
三輪車、といえば、幼児の乗り物だ。
二輪車、といえば、これは自転車か、バイクのことである。
では一輪車といえば?
土木作業や農作業に従事している人なら、手押し車を思い浮かべるだろう。
そうでない人は、サーカスなどで見られる、奇妙な乗り物を思い浮かべるだろう。
自転車のタイヤの上にサドルがつき、タイヤの軸からペダルが出ている。
全くと言っていいほど、実用性のない乗り物、
それが「一輪車」である。
実は自分は、この実用性のない乗り物に、乗ることができる。
別にサーカスにいたわけではない。
話は、自分が小学生のころに遡る。
自分の通っていた小学校は、どういうわけか、やたらスポーツに力を入れていた。
生徒にエアロビクスをやらせたり、
学校の裏山を禿げ山にして、アスレチックを作ったり、
2時間目と3時間目の間の休み時間を、「健康タイム」などと名付け、
生徒を強制的に運動させた。
体力がなく、運動が好きでなかった自分には、なんともやりにくい学校だった。
そんなやりにくい小学校が、またもワケのわからないものを導入した。
それが「一輪車」である。
どういうつもりかわからないが、数十台の一輪車を学校で購入し、
生徒にこれを推奨した。
子供というのは、こういう新しい「おもちゃ」に目がない。
たちまち、先を争ってこれを奪い合い、誰が一番最初に乗りこなせるか、
競争のような雰囲気になってしまった。
運動嫌いには、なんともやりにくい空気が蔓延した。
子供というのは、恐ろしいもので、
特に誰かが教えたりすることもなかったのに、
次々とこれを乗りこなせるようになっていった。
(当然のことだが、教師達は誰1人としてこれに乗れなかった)
まわりが次々に一輪車に乗れるようになっていき、
次第に「一輪車に乗れなければ、人じゃない」というような空気が流れ始めた。
そうなると、運動は得意でないといえども、いつまでも「乗れない」とは
言ってられない。
仕方がなしに、放課後、皆が帰ってから一輪車を借り出し、
これの練習をすることにした。
登り棒などをつかんで、一輪車にまたがり、
とりあえず漕ぎ出してみる、ということを繰り返した。
本当にこんなことをしていて、一輪車に乗れるようになるのかわからなかったが、
他にいい方法も思い浮かばない。
最初は1mも進むことはできなかったが、次第に距離は伸びていった。
毎日少しずつ、進める距離は伸びていき、3~4日で乗れるようになった。
乗れるようになってわかったが、「一輪車」というのは全く実用性がない。
自転車などは、歩くよりも速いし疲れない。
荷物も積むことができるし、下り坂では漕がずとも進んでくれる。
ギヤをチェンジすれば、上り坂でも楽に登ることができる。
こういう利点が、一輪車には全くないのである。
一輪車は歩くよりスピードは出ないし、歩くよりも疲れる。
荷物は全く積むことができないし、下り坂でも漕がないと進まない。
ギアなどついていないので、上り坂では結構しんどい。
小学校内で一輪車が人気になってくると、
個人で購入する生徒も現れ始めた。
うちの親もどういうわけか、自分が一輪車に乗れることを知ると
兄弟に教えさせるためだったのか、一台購入してきた。
もちろん、教えるといっても理論的な練習をして
乗れるようになったわけではない。
ただ何度も転びながら、乗れる距離が増えていっただけだ。
そんな自分が技術について教えることなど、できるはずもなく、
できたのは兄弟の練習に、つきあうことくらいであった。
兄弟達も自分と同じ程度の運動神経はあったらしく、
ほどなくして一輪車に乗れるようになった。
一輪車のもとになったのは、ペニー・ファージングと呼ばれる自転車だ。
19世紀後半くらいに作られた自転車で、やたら大きい前輪と、
まるで補助輪のような後輪のついている自転車だ。
チェーンなどついておらず、前輪の軸の部分に、直接ペダルがついている。
よく昔の児童文学の挿絵などにのっていたが、
本当にこんな自転車に乗っていたの?と突っ込みたくなるような乗り物だ。
このペニー・ファージングをもとにして、一輪車は作られた。
基本的に、曲技用に作られたものであり、
作られた当初から、実用性というものは皆無だった。
1910年、日本にも曲技用として紹介されたが、
この当時は、並外れた軽業師的技能と、訓練がないと、
乗りこなせないと思われていた。
……もちろん、普通にのるだけであれば、そんな大層なものは必要ない。
自分がわずか数日の練習で乗れるようになったのが、その証明だ。
1960年代後半になると、一輪車を一種のスポーツとする考えが生まれる。
1978年、日本一輪車クラブが設立。
1981年あたりから、一部の小学校に一輪車が寄贈される。
自分の通っていた小学校は、どうもこれに該当していたようだ。
現在、一輪車を保有している小学校は20000校を越え、
実に90%の小学校が一輪車を持っている計算になる。
自分が小学校を卒業してから30年近く、
自分の人生において、これ以降は一輪車に関わることもなかったが、
あれから着実に、一輪車はその版図を伸ばし続けていたようだ。
現在も、小学生達はあの実用性が皆無で、疲れる乗り物を乗りこなすため、
悪戦苦闘しているのだろう。
先輩としては、「がんばれ」と応援せざるを得ない。