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芦屋道満

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かつて、空前の対戦格闘ゲームブームが起こったことがあった。

自分がまだ、大学生だったころである。

「ストリートファイター2」、通称「スト2」をきっかけとした、

大ブームであった。

その大ブームの中で、アーケード、コンシューマを問わず、

様々な対戦格闘ゲームが作られた。

その中には、現在まで続いている人気タイトルもあるし、

あるいはパッと花火のように消えていった、徒花のようなタイトルもあった。

その徒花の中にめずらしく、何作か続いたシリーズがある。

それが「豪血寺一族シリーズ」だ。

このシリーズのテーマ曲のひとつに、奇天烈な曲がある。

「レッツゴー陰陽師」という曲だ。

……タイトルを聞いただけで、すでに頭がクラクラしてくる。

ゲームの中には、陰陽師のキャラクターなど1人も出てこない。

どういう経緯で、こんな曲が採用されたのか、全くワケがわからない。

が、この曲の歌詞の中に、こういう一節がある。

「ドーマンセーマン」

曲中では、この言葉を何度も繰り返すのだが、

これは、この曲の専売特許ではない。

三重県志摩地方の海女達が身につける、魔除けのことである。

五芒星のマークと、格子状のマークが並んで記してある。

五芒星は平安時代の陰陽師、安倍晴明のシンボルマークだ。

そして格子状のマークは、

安倍晴明のライバル・芦屋道満のシンボルマークである。

これは「九字紋(くじもん)」と呼ばれ、

九字護身法によって空中に描かれる図形を描き記したものだ。

「ドーマン」というのは芦屋道満をさし、

「セーマン」というのは安倍晴明をさしている。

それなら「ドーマンセイメイ」ではないの?と思われるだろうが、

そこには突っ込まないでもらえると嬉しい。

陰陽師として、安倍晴明の名前は高い。

かつて陰陽師ブームという、おかしなブームがあったが、

その中心にいたのが、この安倍晴明だった。

そしてその最大のライバルとして登場してくるのが、芦屋道満だ。

「ドーマンセーマン」と残っていることからも、

この2人がいかに拮抗したライバル同士であったか、うかがい知ることができる。

今回は安倍晴明ではなく、この芦屋道満をメインにとらえて、

「陰陽師」というものについて書いていく。

そもそも「陰陽師」とは、一体何をする人なのか?

映画などを見てみると、怪しげな術を使い、化け物と戦ったり、

あるいは同じ陰陽師同士で戦ったりしている。

これだけを見ていると、まるで戦闘員のようである。

しかし現実の陰陽師は、戦闘などとはまるで関係のない、一種の占い師であった。

現在のように科学の発達していなかった平安時代、

貴族達は、何事をするにしても、その行動方針を占いに頼ることが多かった。

朝の占いで方角が悪ければ、出仕せずに屋敷に引きこもるなどということが、

ごく普通に行なわれていた。

それだけ当時の人々が、超自然的なものに畏敬を感じていたということだろう。

自然、それらを司っている「陰陽師」の立場は高くなり、

やがて彼らは占いだけでなく、呪術や祭祀を司るようになっていった。

現代人の目から見れば、随分とうさんくさい存在である。

しかし現代のように、「科学」というもののない時代、

「陰陽師」はごく普通に受け入れられていた。

もともと日本に存在していた「シャーマニズム」も、

超自然的な力という点では、これに似ている。

神道が、日本という国の成り立ちに深く関わっているという事実は、

この手のものが、公的・官的な性格を有していたことを意味している。

そう。

「陰陽師」というものは、もともと公的な存在であった。

先の安倍晴明などは、まさしくこの公的な「陰陽師」であり、

その力はまさに、国の施政方針すら左右していた。

ところがそのライバルである芦屋道満は、全く民間の「陰陽師」であった。

国家という大きな後ろ盾のない道満が、

なぜ陰陽師のヒーロー・安倍晴明のライバルというポジションを、

得ることができたのか?

もちろん呪術の腕も並外れて高かったのだろうが、

彼の出身地である播磨の呪術師集団が、

その後ろ盾になっていたからではないだろうか。

道満の残した伝説を調べると、彼の実力や性格が見て取れる。

伝説の中で道満は安倍晴明に呪術勝負を挑んだり、彼の妻を寝取ったりしている。

中には呪術勝負で安倍晴明に勝ち、彼を殺したという逸話もある。

もちろん伝説の中には、晴明に負けて彼の弟子になったという話もある。

少なくとも安倍晴明に対して、強烈な敵愾心を抱いているのは確かだ。

あるいは彼の出身地・播磨地方の呪術師集団が、

公的な呪術師に対して抱いている不満が、具現化したものなのかもしれない。

さらに注目すべきは、安倍晴明の妻を寝取っている点だ。

伝説を見る限りでは、特に怪しげな術を使った様子が見られない。

ということは、ごく普通に口説き落としたということだろう。

ひょっとしたら、芦屋道満は安倍晴明よりも、男前だったのかもしれない。

映画やマンガなどでは、安倍晴明は細面の美男子として描かれ、

逆に芦屋道満は、欲望で肥え太った中年男性として描かれる。

しかし、実際に安倍晴明の妻をたらし込んだということは、

このイメージはまるで逆である可能性もある。

つまり若くて美男子の芦屋道満に、

安倍晴明の妻が夢中になったという構図である。

この2人の伝説で有名なものに、藤原道長呪殺未遂事件がある。

これは「宇治拾遺物語」に記されている。

あらすじはこうだ。

藤原道長の可愛がっていた犬が、主人の外出を止めようとした。

これに驚いた道長が晴明に占わせると、

誰かが道長に式神の呪術をかけようとしていたという。

映画などでは呪いの人形を地面に埋めて、

道長がその上を通ると呪いがかかるようになっていた。

晴明は、こんな術を知っているのは道満以外にいないと考え、

道満は逮捕されてしまう。

道満は有罪と判断され、生まれ故郷の播磨に流罪になる。

いろいろと突っ込みどころのある、エピソードだ。

まず、当時の藤原道長といえば日本で最高の権力者だ。

その道長に呪術をかけようとして、はたしてそんな軽い罪ですむのだろうか?

江戸時代でいえば、江戸幕府の将軍を暗殺しようとしたようなものだ。

どんなに軽く見積もっても、本人の死罪は免れないだろう。

しかも流刑地は隠岐島などの遠隔地ではなく、

道満にとって生まれ故郷でもある、播磨である。

もちろん京からも、それほど距離が離れていない。

罰則としては、信じられないほどに軽い。

もっとも「呪術」という視点で見なければ、地面に人形を埋めただけだ。

現代の感覚でいえば、ゴミの不法投棄だろうか?

そういう風にとらえると、京都から追放されたというのは、

かなりキツいお仕置きということになる。

さらにいえば、犯人の特定の仕方がかなり強引だ。

安倍晴明の独断と偏見に満ちた推理で、道満は犯人に仕立てられている。

少なくとも明確な証拠というものは、出てきていない。

そう考えれば、むしろこの事件は一種のでっち上げ、

言いがかりだったのではないだろうか?

安倍晴明をはじめとする公的機関の「陰陽師」にとって、

芦屋道満をはじめとする民間の「陰陽師」の台頭は、脅威だったに違いない。

そのため、民間「陰陽師」の顔ともいえる芦屋道満を罪に問い、

京都から追い出したのではないだろうか。

罪自体がでっち上げであったため、道満を殺すことができなかった。

さらにいえば、高い呪術の力を持つ道満を殺すことによって、

その呪いの力が降り掛かってくることを、恐れたのだろう。

そして道満もまた、道長をはじめとする国家権力と、

決定的に対立することを避けるため、あえて流罪を受けたのではないだろうか。

さて、あらぬ罪をかけられ、生まれ故郷の播磨へ帰ってきた道満だが、

彼の子孫は瀬戸内海沿岸の英賀・三宅方面に移り住み、

道満の呪術を受け継いでいったと「峰相記」に残されている。

彼の血筋は絶えず、播磨に散っていった。

芦屋道満の墓が、兵庫県佐用町乙大木谷に残されている。

彼が生まれたとされる兵庫県加古川市からは、かなりの距離がある。

どうしてこのような場所に、道満の墓が残されているのかは謎だが、

少なくとも罪を受け、播磨に帰ってきてからも、

精力的に活動をしていたようである。

面白いことに、道満の墓のすぐ近くの甲大木谷には、安倍晴明の塚がある。

こちらは墓ではない。

安倍晴明の墓は、京都嵯峨、渡月橋のすぐ側にある。

この塚は谷を隔てて、道満の墓を監視するような位置に作られている。

道満が、どれだけ恐れられていたかを、この塚の配置が物語っている。

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