世の中には「食通」と呼ばれる人たちがいる。
「食通」という言葉を聞いて、真っ先に海原雄山が
思い浮かんだ自分は、やや偏った食通観をもっているかもしれない。
架空の「食通」はおいておくとして、
実在する食通としては、どういう人がいるだろう?
まず、パッと思い浮かぶのが芸能人だ。
大御所と言われる俳優などには、食通のイメージがある。
実際の名前を挙げてみると、梅宮辰夫とか松方弘樹とか。
次に芸術家。
この芸術家の中には、北大路魯山人という超有名な食通がいる。
最近は若い人たちにも、北大路魯山人に関心を持つ人が多いらしい。
これは漫画「美味しんぼ」の影響が大きいようだ。
「美味しんぼ」の海原雄山も、北大路魯山人がモデルだし
作中にも魯山人の名前や、エピソードが出てくる。
さらに食通のイメージが強いのが、作家だ。
特に文豪、と呼ばれる人物にはそのイメージが強い。
有名どころでは、池波正太郎などがその代表格だろうか?
池波正太郎の場合は、その作品内に影響が出ていて、
鬼平犯科帳シリーズや、剣客商売シリーズの中では
食べ物に関しての描写は特に緻密で、こだわりをもって書かれている。
さらに「池波正太郎の愛した店」というような本も刊行されており、
その食通ぶりは広く知られている。
その食通、池波正太郎の小説においてさえ、作品内での食の扱いは小さい。
充分に取材していることが伝わってくるが、
やはり全体を読んでみるとその印象は小さい。
鬼平犯科帳の場合、食:捕物の比率は1:99くらいである。
やはりどこまでいっても、鬼平犯科帳は捕り物小説だ。
この比率が大胆に逆転している、時代小説がある。
それが今回紹介する、和田はつ子著「料理人季蔵捕物控」シリーズだ。
このシリーズにおける、食:捕り物の比率は90:10くらいだ。
この比率は、あくまでも自分の独断ではあるが。
このシリーズ、主人公は一膳飯屋「塩梅屋」の料理人、季蔵である。
元は武士であった季蔵が、どういういきさつで武士を捨て、
料理人になったのか、新刊が出るたびに作中で語られる。
無論、タイトルに捕物控とあるように、季蔵は料理人でありながら
町奉行の手先として、江戸の町に巣食う悪党を始末していくのである。
が、やはりこのシリーズの真骨頂は、
料理人季蔵の作り出す料理の数々にある。
はっきり言って、どれもやたらウマそうなのである。
作者の和田はつ子はハーブの本、料理本を
何冊も執筆しているだけあって、食に対しての造詣が深い。
そんな作者が、綿密に江戸の食事情を調べて、書いているものだから
読者は否応もなく、江戸グルメの世界に引きずり込まれる。
現代の我々が読んでも、なるほどと感心するような
食の知識がふんだんに盛り込まれており、
このシリーズを読んでいると、なぜか料理がしたくなる。
主人公の脇を固める、個性的なサブキャラクター陣も魅力だ。
大食漢のお奉行、先代主の一人娘、菓子好きな弟子、
にぎやかな常連客達、かつての許嫁等々……。
これ以外にも、魅力的な準レギュラーがたくさん出てくる。
もちろんミステリーとしても、充分に楽しめるが、
やはりこのシリーズの醍醐味は、一話ごとに登場する
江戸グルメの数々である。
2014年2月現在、角川春樹文庫で22巻まで。