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門松

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去年、クリスマスが終わったころに
市内を自転車で走っていると、
門松を飾っている家が、いくつかあった。
その時はただ「気が早い家だな」くらいにしか
思わなかった。

我が家では、門松を用意するという文化がない。
生まれてこのかた、
我が家の前に門松が立っているのを見たことがない。
だから、お正月に門松を立てている家を見ると、
そこはかとない、うらやましさを感じたものだ。

門松はなかったが、門松を印刷した紙はあった。
横7~8cm、縦20cmほどのサイズで、
門松のイラストが書いてあり、
さらに「賀春」という文字が印刷してある。
発行しているのは、市の緑化委員会である。
昔はどうだったかわからないが、
現在では、市の広報誌と一緒に全世帯に配布されている。
我が家ではこれを、門松の変わりに玄関に貼付けていた。
同じ世代の友人達の話を聞く限りでは、
うちと同じように門松を用意せず、
市の配布している「門松カード」で
すませている家が多かった。

この「門松カード」、
発行元が市の緑化委員会であることからわかるように、
もともとは、門松を作るために
竹や松が乱伐されるのを防ぐため、
門松の代わりとして配布されていた。
住居のすぐそばに里山がある場合、
山に入って竹や松を切り出せば、
簡単に門松を作成することが出来る。
ネット通販で門松の価格を調べてみると、
驚くなかれ、1セット50000円ほどの
値段がついている。
現在では、ホームセンターなどでも
門松は販売されているが、
やはりその値段は安いものではない。
龍野のような田舎に住んでいると、
その辺の山にいくらでも自生している竹や松に、
そんな値段が付けられていることが信じられない。
実際に、竹と松しか使っていない門松の場合、
どこをどうやれば、50000円などという値段を
付けられるのか、さっぱりわからない。

「門松」という風習が行なわれるようになったのは、
平安時代の後期ごろのことらしい。
平安末期にまとめられた「本朝無題詩」の、
惟宗孝言による詩の中に
「門を鎖しては、賢木をもて、貞松に換ふ」
という一節がある。
これは賢木(榊のことか?)を、
松の代わりに門に挿した、という意味である。
これが、文献の上で出てくる「門松」の、
もっとも古いものだ。
すでにのこのころには、門に松を飾る風習が根付いており、
松の代わりに賢木が使われることもあったようだ。
ただ、あくまでも使われているのは松だけで、
現在のように竹を中心とした「門松」ではなく、
現在のものとは、かけ離れた姿だったようだ。

門松が現在のような玄関飾りになったのは、
室町時代のことだといわれている。
しかし、このころの門松にしても、
現在のものとは少し違っていて、
竹を斜めに切ったりはしなかった。
この竹を斜めに切る風習を始めたのは、
徳川家康だという説がある。
三方原の戦いで、武田信玄に敗れた後、
「次は斬る」という念を込めて、
竹を斜め切りにしたという。
結局、家康と信玄が再び戦うことはなかったのだが、
なんとも彼の執念深さが伺われるエピソードだ。
ただ、後の江戸時代では、
竹を全く切らない門松も使われており、
家康の作ったとされる、斜め切り竹の門松は
すぐに広まっていったわけではないようだ。
現在でも、それほど多くはないものの
竹を斜め切りにしない門松が残っている。

門松には、地域による差異もある。
その代表的なものが、関東と関西の門松の違いだ。
関東のものでは、竹3本を立て、
その下半分を覆うように、松が配されている。
そして外側を藁で包むように巻いてある。
基本的に使われているのは、竹と松のみである。
これに対し、関西の門松では、
竹3本を立てる所は同じだが、
松は竹の背後に、竹よりも広く高く配されている。
さらに竹と松の他にも、葉牡丹や南天なども使われ、
関東のものと比べてみても、
非常に華やかな作りになっている。
これ以外にも「逆さ松」といって、
松を上下逆さまに挿しているものがある。
これは年神様が降りて来る際に、
松の糸葉が刺さらないようにと配慮したもので、
兵庫県西宮市の西宮神社で見ることが出来る。

この「逆さ松」のいわれにあるように、
もともと門松は年神様が降りて来る際に、
その宿り木となるべきものである。
神様は常盤木(常緑樹)に宿るとされたため、
その常緑樹の中でも、祀る(まつる)に通じる松は、
特におめでたい木とされた。
こういう所まで、洒落という
言葉遊びが入り込んでいる辺り、いかにも日本的だ。

「松の内」という言葉があるが、
この「松」というのは門松のことを意味している。
つまり「門松を立てている間」ということである。
本来的には1月15日までが「松の内」であり、
それまでは門松を立てておくのが正しい。
しかし最近では、1月7日までを「松の内」とし、
1月7日に門松を片付けることが多くなっている。

逆に、門松はいつから飾ればいいのか?
そんなもの1月1日からに決まっているじゃない、
と思ってしまいがちだが、
実は、門松はもっと早くから飾ってもいい。
年神様の宿り木になるため、正月ギリギリに飾ると、
神様に対し失礼だ、と考えるからである。
たしかに年神様が早めにやってきてくれたとしても、
宿るべき門松が用意されていなければ、
神様に待ちぼうけを食らわせることになる。
古くは12月13日に山から松を採ってきたことから、
この日以降は門松を出していても、問題ないとされる。
つまり、昨年末、
フライングで門松を用意していたと思われた家は、
フライングどころか、実際にはかなり正しいタイミングで
門松を飾っていたのだ。

昨今、田舎の里山は手を入れる人がいなくなり、
竹林なども荒れ放題で、散々な姿になっている。
門松用に竹を伐採しても、
かえって竹林にとっては適当な間引きとなり、
むしろ里山保全の意味では、いいかもしれない。
松にしてみても、木を枯らしてしまうような
乱伐はともかく、伸び放題になっている枝を剪定し、
その切り落とした枝を使って門松を作れば、
やはり里山保全に効果があるかもしれない。

だが、松の内を過ぎた門松は始末に困る。
かつては「とんど焼き」の材料として、
燃やしてしまうことも出来たが、
現在では、そういう機会もなくなりつつある。
そうなると、細かくばらして
燃えるゴミに出すしかないが、
それもまたひどく手間がかかる。

やはり現代では、印刷された
「門松カード」を貼付けておくのが、
後始末も簡単で、無難なのかもしれない。

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