雑学、雑感、切れ味鋭く、思いのままに。

Falx blog 2

特撮、テレビ 雑感、考察

バビル2世

更新日:

今更、改めて書くことでもないのだが、
自分は、UMAや宇宙人、UFOなどの怪しげな話が好きだ。
その手のものを、TV番組などで特集していたりすれば、
いそいそとTVのスイッチを入れて、番組を視聴する。
もちろん、この手の話には眉唾物や、作り物なども多いのだが、
その辺りの事情も含めて、これらを楽しむのである。

ところが、この手の怪しいもの中で1つだけ、
自分が全くといっていいほど、関心を示さないものがある。
超能力である。
新聞のTV欄に、「脅威の超能力」なんていう見出しがあったとしても、
それは全く、自分の関心を引くことがない。
多分、一般的な視点からいえば、UMAや宇宙人と、超能力は、
どちらも怪しげなものという、ひとくくりの中に収まっているもので、
この手の怪しげなものが好きだというのであれば、
当然、超能力にも関心が向く、というのが普通であろう。
しかし自分の場合、この超能力というものに関してだけは、
全く恐ろしいほどの無関心なのである。

自分の、この超能力への無関心は、自分と超能力の
ファーストコンタクトが大きく影響を与えている。
そして、自分が生まれて初めて、超能力というものに触れたのが、
今回のタイトルにもなっている「バビル2世」という、
TVアニメだったのである。

ちょうど自分が幼稚園か、小学生の低学年のころ、
夕方の5時くらいから、「バビル2世」を再放送していた。
この「バビル2世」という作品は、特に主人公が超能力を使って
悪の組織と戦うという点を強調していた作品で、
オープニングテーマやエンディングテーマの中にも
超能力というワードが含まれていた。
作中において、主人公・バビル2世は、自らの超能力と、
3つのしもべの力を駆使して、悪の超能力者・ヨミの一党と戦う。
額から光線を発射して敵を打ち倒したり、
全身から炎を吹き出して敵を焼き殺したり、
相手を掴んで電気ショックを送り込み、敵を昏倒させたりするのが、
バビル2世の使う超能力の主なもので、
子供用のTVアニメということもあり、それらの演出は実に派手であった。
そして、それを見ていた幼少のころの自分は、
超能力とはそういうものだと、ごく自然に思い込んでしまったのである。
そうなると、超能力=カッコいいと刷り込まれてしまうのが、
子供の単純さだ。
自分はたちまち超能力が大好きになった。
これに気がついた親が、ちょっと余計なことをしてしまった。
そのころ、現実の世界でも超能力というものが、もてはやされていた。
TV番組などでも特番が組まれ、超能力者の皆さんがこれに出演し、
それぞれ自慢の超能力を披露して、お茶の間をにぎわせていたのである。
子供が超能力好きだ、と思ったうちの親は、
きっと子供が喜ぶだろうと、この超能力特番を自分に見せたのである。

人々が見守る中、超能力者だという少年が現れる。
脅威の超能力ということで、かなりもったいぶっての登場である。
この少年が披露するのはサイコキネシス。
意志の力だけでものを動かす超能力である。
バビル2世でいうのならば、額から出る光線で
敵を打ち倒していたのがこれにあたる。
当然、自分もこの少年から光線なり何かが発射されて、
誰かを昏倒させるものと思っていたのだが、
画面の中の少年がやったのは、
スプーンをしつこく撫でて、曲げただけであった。
……。
当然、画面の中では人々が驚きの声を挙げて、どよめく。
司会者も大げさに驚いてみせて、番組を盛り上げるのだが、
これを見ていた自分は、そのあまりのしょぼさに失望や落胆にも似た
空虚なショックを受けていた。
少年は何回かスプーンを曲げた後、退場し、
次に人体発火能力を持つという青年が画面に現れた。
人体発火ということは、「バビル2世」でも見たように、
体中が炎に包まれて燃え上がる、ということだろう。
期待して見ている自分の前で、この青年がやったことは、
自分の指先を司会者に握らせただけであった。
そのまましばらくすると、司会者がいきなり「熱っ!」といって
手を離した。
それだけである。
発火もクソも、火の姿すら見えなかったのである。
それでも、TVの中の会場は大盛り上がりである。
……。
正直な話、体にガソリンをぶっかけて、火をつけたくらいには
火が出るのだろうと思っていただけに、納得できないこと甚だしい。
こうして自分は再び空虚なショックを重ね、
その結果として、超能力とはくだらないものだという
認識を持つに至った。
まあ、今になれば、当時の自分が超能力に、どれだけ無茶なものを
求めていたかということが分かる。
TVに出ていた超能力者の皆さんも、TVアニメの主人公と
比べられてはたまらないだろう。

こうして、幼くして超能力への関心をなくしてしまった自分だが、
「バビル2世」というTVアニメについては、それ以降も
再放送されるたびに、これを見ていた。
現実の超能力のくだらなさは、
「バビル2世」の面白さを減ずることにはならなかったのである。

アニメ「バビル2世」は、横山光輝の同名作品を、
TVアニメ化したものだ。
原作は全部で4部構成だったらしいのだが、アニメでは特に
〜部というような区切り自体はなかったと思う。(サブタイトル的に)
ただ、砂漠の中のバビルの塔に住んでいたバビル2世が、
いつの間にか牧場で暮らすようになっていたので、
そういう意味では、2部構成だったといっても良い。
舞台こそ、バビルの塔ではなくなったものの、
相変わらずヨミが敵首領として出てきていたし、
お馴染みの3つのしもべも登場していたので、
子供の目からすれば、それほど大きな違いは感じなかった。
(実際の所、TVアニメの第1部は、原作の第1部に沿って
 作られているが、TVアニメの第2部は、
 完全なアニメオリジナル展開である)

はるか5000年前、地球にやって来て帰れなくなったバビル1世が、
いつか生まれてくるであろう、自分と同じレベルの超能力を持つ
子孫に残したのが、異星人の科学力のつまったバビルの塔と
3つのしもべたちであった。
バビル1世の後継者として見出された浩一少年は、
バビル1世の遺産と3つのしもべを受け継ぎ、
世界征服を企む悪の超能力者・ヨミの一党と戦うことになる。

この「バビル2世」の魅力は、バビル2世の超能力を駆使した戦いと、
彼に忠実な3つのしもべたちである。
やたらカッコいい声の、黒豹型不定形生物・ロデム。
作中で皮が剥がれた、巨大怪鳥型ロボット・ロプロス。
そして重厚な巨大人型ロボット・ポセイドン。
この中で、実際に言葉を話せるのはロデムだけだが、
ロプロスもポセイドンも、バビル2世のテレパシーによって
意志を疎通させることが出来る。
ピンチに陥ったバビル2世が、彼らの名を呼ぶと、
この3つのしもべたちは颯爽と現れ、バビル2世を助けるのである。
超能力者としては、バビル2世がヨミを上回っており、
(2人の直接対決では、いつもバビル2世が勝利していた)
そこに、さらに強力な3つのしもべが助太刀するため、
彼の戦いには悲壮感の様なものはなく、
ピンチに陥る様なことも少なかった。
穿った見方をするのなら、2クール26話ほど原作に沿って話を進め、
より子供向けにシフトチェンジしたものの、こちらはそれほど受けず、
第2部はわずか1クールで終了した、ともいえる。

子供のころ、この作品に出てくるバビルの塔が、
バビルなのか、バベルなのかで、母親と意見がぶつかったことがある。
実際にバベルの塔の逸話が残っており、これを知っていた母親は
バベルの塔であると主張し、アニメを見ていた自分は
バビルの塔だと主張した。
アニメのオープニングテーマの中では、「バビルの塔」となっており、
こちらが正解か?とも思えるのだが、原作マンガの方では
「バベルの塔」ということになっている。

そういう意味では、どちらも正しかったわけである。

Related Articles:

にほんブログ村 その他生活ブログ 雑学・豆知識へ
にほんブログ村

スポンサーリンク
スポンサーリンク

-特撮、テレビ, 雑感、考察

Copyright© Falx blog 2 , 2024 All Rights Reserved Powered by STINGER.