少し前の話になるが、こんなニュースがあった。
「NHK 武蔵の写真を取り違え謝罪 実は大和
視聴者指摘で発覚」
シブヤン海の海底で、
沈没している戦艦武蔵が発見されたことは、
前にここで紹介したとおりである。
NHKの「NEWS WEB」の中で
この武蔵発見のニュースを伝えた際、
「武蔵の写真」として使ったものが、
じつは同型艦の「大和」の写真であった。
しかも写真を正しく表示せず、
左右を反転させて表示してしまった。
これを視聴者が指摘し、
NHKがこれを謝罪したというニュースである。
まあ、ニュースというほどでもないが、
ちょっとした「間違い」を訂正した、というだけの話だ。
確かに、使う写真のデータを
きちんと調べなかった点と、
写真を左右反転させて表示した点には問題があるが、
基本的には、目を三角にして怒るような問題でもない。
いわば「ちょっとしたミス」である。
これを伝えたネットニュースには、
様々なコメントが寄せられた。
もちろん、NHKの事前の資料の下調べの甘さを
指摘するものもあったが、
概ね、
「同型艦の写真なのだから、間違えても仕方が無い」
という、同情的な意見も多かった。
むしろ、この写真の取り違えに気付いた視聴者の
観察力を褒め讃える意見も多かった。
問題の写真というのは、
戦艦大和が呉海軍工廠にて最終偽装を施される途中の写真で、
艦後方より大和を撮影した写真である。
大和自慢の3連装45口径46㎝砲を中心にした構図で、
左側の砲身のみが上を向いている。
甲板上にはバラック小屋がいくつか建てられており、
主砲の巨大さ、大和の巨大さを感じさせる。
この写真の最大の見所のひとつは、
煙突左側甲板に取り付けられている副砲である。
市販されている大和のプラモデルなどでは、
艦橋の左右には、多くの機銃と高射砲が設置されているが
これは大和の最終の艤装状態であり、
坊ノ岬沖の戦いで大和が沈没した時のものである。
大和の建造当初は、機銃群の代わりに
3連装60口径15.5㎝砲が左右にひとつずつ
設置されていたのである。
後に対空能力を強化した際に、この副砲は取り払われ、
新たに機銃と高射砲が多数、取り付けられたのである。
この最終艤装中の大和の写真は、
その貴重な取り払われる前の左右の副砲が
写っているのである。
この写真を左右反転させ、武蔵として放映してしまった。
戦艦武蔵は大和型戦艦の2番艦であり、
細部に至るまで、大和と同じに作られている。
だから、大和の写真を見せて、
武蔵もこれと同じですよといっても何ら問題は無い。
が、さすがに大和の写真を見せて、
これは武蔵の写真ですよというのはいけない。
間違って放映された、この大和の写真を見て、
そのミスに気付いた視聴者がいた。
ネット上ではその観察力に賞賛の声が上がっていたが、
実はこれ、そんなに大したことではない。
ディープな大和フリークでなく、
自分のようなニワカ大和ファンであっても、
この写真のミスには瞬時に気付いただろう。
どうして、自分程度のニワカ大和ファンでも
写真のミスに気付くことが出来るのか。
そこにどんなカラクリがあるというのだろうか。
実はカラクリというほど、大層な理由は無い。
理由は極めて簡単で、
「大和の写真」「武蔵の写真」自体が、
極めて少ないというのがその理由である。
戦艦大和と戦艦武蔵は、
建造当初からその存在を極秘とされ、
その存在と情報は重要な軍事機密であった。
軍関係者、建造関係者には厳しい箝口令が敷かれ、
それが徹底されたために、
一般人はおろか軍関係者の中でも、
その存在を知らない人間が多かったのである。
当然、写真など自由に撮れる筈もなく、
建造途中の大和級戦艦の写真は、
この1枚しかないのである。
さらにいえば、この後の大和と武蔵の写真も
決して多くはない。
大和の有名な写真で、
航行中の大和を横から捉えた写真があるが、
船首が左を向いているもの、右を向いているものともに、
完成後の大和が公試運転をしているものである。
公試運転というのは、完成後に行なわれる試験運転のことで、
建造された船が、予定されただけの性能を発揮できるかどうか
試すものである。
最大速力で航行しているため、
艦首の立てている波が非常に大きくなっている。
最終艤装時の写真と、公試運転中の写真。
日本人が撮った大和の写真で、はっきり大和とわかるのは
この2種類だけで、数枚しか存在していない。
これ以外だと、軍事行動中に他の艦艇から撮影された写真が
何枚かあるが、いずれも写りがよくない上に
他の艦艇と重なって写っていたり、かなりわかりにくい。
遠くから撮影されたものだと、
大和型戦艦であることだけが、なんとか確認できる程度で、
大和なのか武蔵なのか、判別できない写真も多い。
もうひとつ残っている大和の写真は、
アメリカ軍の航空機が、戦闘の記録用に撮影した写真である。
これらはどれも、はるか上空からとられており、
日本海軍が撮影した写真との違いは明らかである。
この空撮写真は枚数も多く、
日本側に残されている写真の枚数を、はるかに上回っている。
現在発見されている「大和」の写真というのは、
これだけである。
アメリカ軍の撮影した空撮写真を除けば、
大和の写っている写真自体が少なく、
はっきりと「大和」と判別できる写真は、
今回問題になった最終艤装中の写真と、
公試運転中に撮影された、数枚の写真しかないのである。
これら数枚の写真は、大和関連の書籍の中では
もはやお馴染みの写真であり、
それらの書籍を読んだことのある人間にとっては、
また、この写真か、と感じるほど、
毎回、目にする写真なのである。
そんな数少ない大和の写真の中から、
お馴染みの写真が出てくれば、
ちょっとでもこの事実を知っている人間であれば、
すぐにそれとわかるのである。
にも関わらず、ネットの反応を見ている限りでは、
そのことに言及している意見はごくわずかであった。
「戦艦大和」は日本人に人気があるとはいっても、
実際の所は数枚程度しかない
「大和の写真」もわからないというのが、
現実なのである。
さて最後に、今回問題になった例の写真だが、
よーく見ると「1號艦」と文字が入っている。
少なくともこれさえ確認しておけば、
写っている戦艦が
「大和」か「武蔵」かは一目瞭然であるし、
左右を反転させて映すなんていうことも
起こらない筈である。
こんな簡単なチェックすら、
おざなりになっているNHK。
一体、何が起こっているのだろうか?