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元旦登山2019

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世の中では「初日の出」というものを尊ぶ。

1年365日、太陽は毎日同じように昇っているのだが、
日本人はことさら1月1日の日の出を尊び、これを拝もうとする。

同じようなもので、年初に神社にお参りする「初詣」というのがある。
こちらの方は、日付に関係なく、その年最初の神社詣でを「初詣」とするが、
「初日の出」の場合、1月1日と厳密に日付が定められている分、
より、それを拝むというのはシビアな作業ということになる。

まあ、こういうことを言っては何だが、
現代人というのは普段、日の出を見ない。
おおよその日本人は、普段の生活の中で
日の出の時間を気にするようなことはなく、
太陽がすでに昇り切った後で寝床から起き出すという人が大半だろう。
面白いのは、普段、そういう生活をしている人であっても、
いざお正月ということになれば、わざわざ日の出前の時間に
目覚ましをセットして、薄暗い中、「初日の出」を拝みにいくことだ。
海やら山やらといった、絶好の日の出スポットを探して出向き、
吐く息も白くなるような厳寒の中で、そのときを待つ。
普段の生活から考えてみれば、全く、驚くような勤勉さである。
そうして太陽が地平線から姿を出すと、
それに向かってパンパンと柏手を打ち、頭を下げる。
(最も最近では、こういう風な仕草をするよりも、
 スマートフォンなどを取り出して、「初日の出」の写真を撮る人の方が
 多いようであるが……)
日本人は元来、宗教観というものに乏しく、
神道であれ、仏教であれ、キリスト教であれ、都合のいい部分だけを抜き出して、
生活の中に取り入れてしまうおおらかさがあるのだが、
この「初日の出」を礼拝するというのは、
それら既存の宗教の枠には収まらない、もっと原始的な、
自然崇拝とも言える原始的宗教の趣さえ感じさせる。

ところが、そこまで敬虔に「初日の出」を礼拝したかと思えば、
その翌日からは、再び日の出を全く気にしない、いつもの生活に戻ってしまう。
1月1日以降は日の出を見ることも無く1年を過ごし、
翌年の1月1日まで日の出を見ないなんていう人がほとんどである。

さて、自分自身のことを言うのであれば、
自分もこれとほぼ近しい生活を送っている。
ちょっと違うのは、自分はかなり睡眠時間が短く、
朝はかなり早い時間に目覚めることになるので、
その関係上、1年のうち何度かは日の出を見ることがあるということだろうか。
ただ、日の出前に起きるようなことがあっても、
わざわざ日の出を見ようという気にはならないため、
かなりの日の出チャンスをふいにしているという事実がある。
まあ、有り体に言えば、わざわざ日の出なんか見たって仕様が無いという
気持ちがあるというのが正直な所だ。

そんな自分であっても、毎年、1月1日は早朝山に登り、
「初日の出」を拝んでいる。
正直な気持ちを言ってしまえば、「初日の出」そのものに
大きな価値を見出しているわけではなく、
自分が価値を見出しているのは、毎年、たつの市の的場山で行なわれている
「元旦登山」というイベントに参加することである。
自分は結構頻繁に、近隣の山に登っているが、
それら多くの場合は自分1人の単独行で、山行の途中、
人と行き会うようなことが無い。
普段、そういう寂しい山行をしている身としては、
こういう前も後ろも人であふれるような登山イベントは
見逃すことの出来ない「楽しい」イベントなのである。

12月31日。
友人の1人から、今年の元旦登山はどうするのか?という連絡が入る。
昨年は自分以外の参加者がいなかったため、1人で参加してきたのだが、
今年は自分以外に1人、参加者があった。

翌1月1日早朝午前6時前。
友人と2人で登山開始。
この元旦登山の恒例となっている「龍野窯」前の登山口から山に入る。
この登山口から登るのが最もメジャーで、登りやすいコースということもあり、
周りには多くの元旦登山者たちがいる。
全くの一般人の場合、このコース、全長4.5kmほどのコースを登るのに
1時間ほどの時間を要する。
調べてみた所、今年の1月1日の日の出は午前7時8分になっていたので、
ちょうど「初日の出」の時間に合わせて、この時間から登る人が多い。
友人と2人、小型のライトを片手に登山開始。
今年は登山口から歩いて5〜6分ほどの場所に車を停めて、
登山口まで歩いていったのだが、登山口を少し過ぎた辺りで、
すでに友人の呼吸が荒くなりはじめている。
いくらなんでも、息が上がるのが早すぎはしないか。
まあ、普段から山に登っている自分と違い、平時、全く運動らしいことを
やっていないそうだから相当に体が訛っているのだろう。
そういえば、今回不参加だった友人の1人も、
「再来年に向けて(元旦登山のために)体を鍛えるかな」と言っていたが、
本来、この的場山は登るためのトレーニングを必要とするような
キツい山ではない。
そんな山に登るのに、息が上がったり、トレーニングを要するなど、
あまりに体を訛らせ過ぎなのではないか。
友人たちの不健康っぷりを嘆きつつ、山を登っていく。
自分にしてみれば、汗もかかず、息も乱れない程度のペースなのだが、
友人の方はかなり苦しそうだ。

途中、道の側の崖が崩れ、大きな岩が転がっている箇所があった。
この辺りは昨年の豪雨か台風の影響だろうか。
改めて、災害の多かった昨年を思い返しながら先を急ぐ。

おおよそ8割方登った辺りで、いよいよ友人の方がへばりはじめた。
そのため、ここら辺りから友人に合わせて休憩を入れつつ、
ペースダウンして登っていく。
聞けば、昨夜は蕎麦(年越し蕎麦)しか食べていないようなことを
言っていたので、エネルギー不足による、
いわゆる「シャリバテ」かもしれない。
辺りはすっかり明るくなり、すでにライトの光がなくても
十分に足下を確認することが出来るほどだ。
いよいよ日の出の時間が近付いているらしい。

山頂の手前では、豚汁、甘酒、コーヒーなどの振る舞いがあり、
さらに毎年恒例の「登山証」の配布がある。
この「登山証」は、その年の元旦登山に参加した証明のようなもので、
記念品のようなものだ。
その「登山証」によれば、今年の元旦登山は41回目らしい。
自分の年と近いくらい歴史があるわけだ。
友人と2人、豚汁の振る舞いを受けて、これを食べる。
山登りで冷えきった(?)体に、熱々の豚汁が染み込むウマさだ。
豚汁を食べ終わり、ついでに甘酒を一杯いただいて、
さらに100mほど先の山頂を目指す。

山頂広場は、まさに黒山の人だかりであった。
山頂広場から見て日の出の方向には、電波塔が立っているのだが、
その電波塔が陽の光を背に受けて、オレンジ色の空に黒い影を見せている。
まるで一幅の絵画の様だ。
自分たちが山頂に着いたときにはすでに日が出た後であったが、
山頂広場を埋め尽くしていた人たちが一斉に携帯のカメラを
太陽に向けていた所からして、ほとんど日の出と共に
自分たちは登頂したようである。
ひとしきり、初日を礼拝した後、多くの登山者たちと一緒に下山の途についた。

毎年恒例の元旦登山も、今年は参加者が2人だけであった。
(まあ、昨年は自分1人だけだったから、
 それに比べれば大分マシなのだが……)
ただ、周りを見てみれば10代の参加者も多く、
若い世代の参加者が多いように感じられた。
普段、山を登っている限りでは、自分より若い人間を見ることはまず無いのだが、
若い世代の中にも潜在的な「登山」愛好家がいるということだろうか。
だとすれば、「登山」の未来はそこそこ明るいのかも知れない。

それに比べ、友人連中の不健康っぷりは、本当に嘆かわしいの一言である。

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