相生市の天下台山には、
山頂に到るいくつかのコースがあるのだが、
そのひとつに「北尾根ルート」というのがある。
麓の岩屋谷公園駐車場から、山に沿って北に歩き、
墓地の端辺りが登山口になっているコースである。
きちんと整備されていて、
遊歩道然とした他の登山コースに比べると、
ほとんど整備されていない山道を歩く「北尾根ルート」は、
中級者から上級者向けのコースといえる。
ルート上には、いくつかの展望ポイントがあり、
相生駅周辺から国道2号線沿いを、展望することが出来る他、
「とんび岩」と呼ばれる岩の上からは、
足下に岩屋谷を見下ろすことができ、
ちょっとした天狗気分を味わうことも出来る。
他のコースに比べると急登が多く、
また上り下りが連続しているので、
他のコースと同じ程度と考えていると、
思わぬ手強さを感じさせられる。
だが、遊歩道然としたコースに歩き慣れ、
もうちょっと難易度のあるコースを、と考えている人には、
ちょうどいいコースかも知れない。
この天下台山北尾根ルートを歩いていると、
途中の分岐点で「ささゆり苑」という標識がある。
自分はそちらへと進んでいったことはないので、
どんなコースなのかはわからないが、
恐らくは「ささゆり苑」近くに出るルートなのだろう。
この「ささゆり苑」、
名前を聞いただけでは、一体どんな所なのかわからないが、
相生市に住んでいる人たちは、
いつかお世話になる場所かも知れない。
そう。
「ささゆり苑」というのは、
相生市営の葬儀場なのである。
自分は両親が相生市の出身であること、
相生市に何軒か親戚が住んでいることなどから、
相生市とは縁が深く、当然、この「ささゆり苑」にも
何度か足を運ぶこともあったのだが、
施設の名前である「ささゆり苑」という名前については、
それほど深く考えることはなかった。
山に登るようになって、天下台山の山麓に
「ささゆり苑」が位置していることを知っても、
特にこの名前が気になることはなかった。
精々、相生市の市の花が「ササユリ」なんだろうな、
程度にしか考えていなかったのである。
(間違いがないように書いておくと、
相生市の市の花は「ササユリ」ではなく、
「コスモス」である)
しかし、ある初夏のこと、
岩屋谷公園から遊歩道を歩いて山頂を目指していると、
山頂の手前300mほどの笹の群生地で、
ユリの花が咲いているのを見つけた。
周りは、花が全くついていない普通の笹なのだが、
その中の笹のひとつがきれいな花を咲かせており、
それがユリの花だったのである。
なんで、笹からユリが?と、不思議に思ったのだが、
そこで天下台山山麓にある「ささゆり苑」に思い至った。
そうか、これが「ササユリ」か。
確かにその名のとおり、笹としか思えない植物に
大きなユリの花が咲いている。
これを「ササユリ」と呼ばずして、何と呼べば良いのか。
思えば、「ささゆり苑」という名前も、
天下台山に生息している「ササユリ」から
取られているのかも知れない。
「ササユリ」はユリ科ユリ属に属する、球根植物である。
「ササユリ」の名前のとおり、
その姿は笹に非常に似通っている。
花は大きく、ユリ科の花の中でも最大級である。
香りも、日本の花の中では例外的ともいえるほどに強く、
甘く濃厚な香りがする。
初夏に花を咲かせ、秋に朔果が熟し、種子は風に乗って広がる。
種子が発芽するまでに2年、
発芽から開花までには、
少なくとも5年以上の時間がかかるとされており、
種子の段階からだと、花が咲くまでに7年かかることになる。
株が古いほど大きな花をつける。
風貌が豪華で華麗であることから、
「ユリの王様」と呼ばれることもある。
日本特産のユリであり、主に西日本の山地に自生している。
もちろん「ササユリ」の名前の由来については、
葉や茎が笹に似ているためである。
鱗茎は扁球型で10㎝ほどの大きさになる。
これがいわゆる「ユリネ」であり、
鱗茎には養分が貯蔵されているため、栄養豊富であり、
漢方薬として用いられることもある。
多糖類の一種であるグルコマンナンを多量に含み、
縄文時代にはすでに食用にされていたようだ。
(茶碗蒸しなどに使われているユリネは、
ササユリのものではなく、
コオニユリの栽培品種のものである)
近年では、ササユリはその数を減らしていると言われる。
が、正確な所がはっきりと分からないのは、
ササユリが種子を飛ばしてから、
花が咲くまでに7年もの時間がかかるというのも、
その理由のひとつだ。
ササユリの幼苗は、ある程度の光を受ける必要があり、
そういう場所でないと成長することが出来ない。
かつては山林の下草や笹、雑木などが
燃料にするために刈り取られていたが、
現在ではそういうことも、ほとんど行なわれなくなったため、
ササユリの幼苗が育ちにくくなった、とも考えられる。
山歩きをしていて、目にする花の数は多いが、
このササユリほど、大きく美しい花も珍しい。
登山者のマナーとして、
自然の草花の採取禁止は当然としても、
ササユリが生育しにくくなっている現在、
出来ればユリネの採取も控えるようにしたい。
(ササユリを持ち帰り、栽培してみても、
上手く花を咲かせ続けることは難しい。
やはり、本来あるべき所でしか、
上手く育たないということだろう)
天下台山の山頂付近では、遊歩道沿いの笹が
定期的に刈り払われ、登山道が整備されている。
恐らくは、この笹の刈り払いによって、
ササユリの幼苗に光が当たり、
その成長の一助になっているのだろう。
これからの時期、笹の生えている山道を歩いてみれば、
ひょっとするとササユリに出会うこともあるかも知れない。
笹の中で、美しく咲いている「ササユリ」を探してみるのも、
これからの季節の、山歩きの楽しみのひとつである。