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植物 歴史

チューリップ

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今年は気温のせいか、桜が咲くのが非常に遅かった。

例年であれば、3月の末ごろから4月の頭にかけて、
桜が満開となるのだが、今年はその時期には
ほとんど咲いていなかった。
この時期には、各地の自治体で「桜祭り」が行なわれるのだが、
今年は桜の開花があまりに遅かったため、
各地の「桜祭り」とも、ほとんど桜のない状態だったようである。

遅れていた桜が満開になったのが、
大体、4月10日前後であった。
今年はイベントでの「桜祭り」には参加しなかったのだが、
せっかく満開になった桜をスルーしてしまうのはもったいないと、
1人でひっそりと、秘密の穴場で花見をしてきたのだが、
その桜もほとんど散ってしまって、今年の桜も終わってしまった。

町を自転車で走っていると、散った桜の木から
新芽が芽吹き始めているのだが、
桜に代わって目につくようになったのが「チューリップ」だ。
あちこちの家の庭先や、公園の花壇などで赤・白・黄色と
鮮やかな花をつけている。
「桜祭り」ほどではないものの、「チューリップまつり」というのも
行なわれており、我が家の近辺であれば、
播磨科学公園都市の光都チューリップ園で、
「チューリップフェア」が開催されている。
日本人の1番好きな花が「桜」であるのは良く知られているが、
2番目に好きな花は、実はこの「チューリップ」なのである。
「桜」は、古来から日本に自生している在来種であり、
その長い歴史を考えれば、
日本人に好まれる理由も分からなくもないのだが、
(もっとも、平安時代までは
 日本人は「梅」の方が好きだったようだが……)
「チューリップ」が日本にやってきたのは江戸時代の末期と、
日本の花の中では、まだまだ新参者といっていいくらいである。
どうして「チューリップ」は、
日本人にこんなに好まれるようになったのだろうか?

「チューリップ」は、ユリ科チューリップ属に属する多年草である。
和名を「鬱金香(うこんこう)」というが、
普通に生活している限り、この和名を聞くことはまず無いだろう。
この「鬱金香」という名前は、
この花の香りがスパイスや食材として使われる
「ウコン」に似ている所からきたものだ。
「ウコン」の香り自体、決していい香りではないため、
当然、それに似ている香りの「チューリップ」も
良い香りの花であるとは言い難い。
もっとも近年では、品種改良の結果、
良い香りを放つ品種も増えてきているのだが。

「チューリップ」といえばオランダ、と答えてしまうくらい、
オランダは「チューリップ」のイメージの強い国で、
実際に「チューリップ」の生産量では世界一の国なのだが、
実は「チューリップ」の原産地はオランダではない。
では、「チューリップ」の原産地はどこだ?ということになるが、
これは中東の国・トルコのアナトリア地方だといわれている。
トルコの宮殿やモスク、さらに高貴な身分の人物の着る衣服などには
「チューリップ」が描かれており、
「チューリップ」はかつて、富と権力の象徴として扱われていた。
つまり、かなり高貴な花だったわけである。
現在のような、園芸品種としての「チューリップ」の栽培が
始まったのも12世紀ごろの、トルコでのことである。
ただ面白いことに、トルコでは「チューリップ」のことを
「チューリップ」とは呼ばず、「ラーレ」と呼んでいる。
では、どうして「ラーレ」が
「チューリップ」に変わってしまったのだろうか?

時代は16世紀のことになる。
オーストリアからオスマン帝国に、
大使として派遣されていたブスベクという人物が、
この「ラーレ」を見て、その花の名前をトルコ人に尋ねた。
もっとも、ブスベク自身が直接トルコ人と話したのではなく、
通訳を間に挟んでの会話だったのだが、
この際、ちょっとした行き違いが起こった。
ブスベクは「花の名前」について聞いていたのだが、
トルコ人はそれを「花の形」について聞かれたと受け取った。
トルコ人は「花の形」について、
「ターバン(ラテン語では「チューリバン」)」と答えた。
これを聞いたブスベクは、
花の名前を「チューリバン」だと思い込んでしまった。
彼は後に、オーストリアに「チューリバン」の球根を持ち帰り、
そこでオーストリア皇帝のハーブ園の管理をしていた
友人の植物学者・クルシウスにこれを贈った。
これが、ヨーロッパに持ち込まれた「チューリップ」の
第1号だとされる。
この後、「チューリバン」が変じて「チューリップ」となった。

クルシウスは、後にオランダのライデン大学にて教授に就任、
そこで「チューリップ」の栽培に取り組むことになる。
そして彼の「チューリップ」栽培中に、突然変異が起きる。
当時、「チューリップ」にはまだ無かった、
斑模様の花が咲いたのである。
この現象は「ブレーキング」と呼ばれ、
これによって生まれた斑模様の「チューリップ」は
大変な人気を呼ぶことになった。

当初、「チューリップ」はヨーロッパにおいても高級な花とされ、
貴族など、上流階級の間でのみ愛好されていただけであった。
イギリスやドイツなどの上流階級社会では、
「チューリップを収集していない家は、趣味が悪い」とまで
言われたという。
胡椒といい、紅茶といい、コーヒーといい、チョコレートといい、
ヨーロッパ人が新しいものに熱狂するのは、
もはや民族的な気質かも知れない。
こうして上流階級の一種のステータスシンボルとなった
「チューリップ」だが、実は比較的簡単に
「チューリップ」の品種改良が出来ることを知った庶民たちが、
これに関心を寄せるようになり、
やがて「チューリップ」の改良ブームは
ヨーロッパ全土へと広まっていくことになる。

オランダでは、やがてこの品種改良ブームにのって、
珍しい「チューリップ」の球根の値段が跳ね上がり、
とんでもない高値で取引されるようになっていく。
球根1つが家1つといったような、極端な値段がつくようになり、
投機家たちもこれに目をつけ、
球根を買いあさるようになっていった。
これを「チューリップバブル」という。
この「チューリップバブル」こそ、
人類初のバブル経済と言われている。
やがて投機家のみでなく、庶民たちもこのブームに参入し、
先物取り引きなども行なわれるようになり、
「チューリップバブル」はどんどんと膨らんでいくことになる。

この「チューリップバブル」の中心にあったのが、
クルシウスが見つけ出した
「ブレーキング」現象の起こっている「チューリップ」である。
この斑模様の「チューリップ」は、通常の花よりも美しい一方、
かなり弱く、育てるのも難しく、それがまた希少価値となり、
「チューリップ」の値段を押し上げていくこととなった。
(皮肉なことに、後にこの「ブレーキング」という現象は、
 「突然変異」ではなく、ウイルスに感染して
 「チューリップ」が病気になっているだけだということが
 明らかになった。
 そう考えれば、
 「ブレーキング」が起こっている「チューリップ」が
 普通のものより弱かったのも、当たり前である)
 
だが、膨らんだバブルは、いつか必ず破裂する。
この「チューリップバブル」もはじけ、
上がり続けていた球根の価格は大暴落した。
ただ、この加熱した「チューリップ」熱はその後も残り、
やがてオランダを、世界一の「チューリップ」大国へと
押し上げていくことになった。

日本に「チューリップ」が伝わったのは、
江戸時代末期から明治時代初期にかけてである。
ただ、やはり日本でも「チューリップ」は上流階級の観賞用であり、
本格的な栽培が始まるのは、大正時代になってからのことである。
栽培が盛んなのは富山県と新潟県で、
これらの県では、水田工作の裏工作として、
当時、価格の高かった「チューリップ」が作られるようになった。
そのころからの流れで、これらの県は現在でも、
国内における「チューリップ」生産の主生産地となっている。

さて、最初に「チューリップ」が日本で2番目に人気のある花だ、
という風に書いたが、実はこれも当然のことで、
もともと「チューリップ」は、
世界中で人気のある花だったのである。
日本での高い人気も、この流れを受け継いでいるだけとも言える。
オランダでは、先述したように「チューリップ」人気が爆発し、
「チューリップバブル」という社会現象が巻き起こったが、
幸いにして、日本ではそこまでの激しいブームは起こらなかった。

だが日本でも江戸時代、
朝顔」で同じような現象が起きていたことを考えると、
もし、100年ほど早く「チューリップ」が伝わってきていたら、
日本版の「チューリップバブル」が発生していたかも知れない。

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