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楽しいUMA シーサーペント 〜その3

更新日:

前回、前々回と、海棲UMA「シーサーペント」について、
その概要と、目撃例を年代順に挙げてきた。
今回は前回に続き、19世紀後半からの
「シーサーペント」目撃例を挙げていく。

1852年、捕鯨船・モノンガヘラ号が南太平洋の赤道近くを航行中、
船首の前方800mの地点で、海中にうごめく異様な生物を発見した。
彼らは3艘のボートを送り込み、この生物に銛を打ち込んだ。
さすが、普段からクジラを相手にしている漁師たちは恐れを知らない。
生物は一旦水中に沈んだかに見えたのだが、
すぐさま、3mはあろうかという巨大な頭が、
ボートに向けて突進してきた。
ボートはひっくり返り、船員たちは水中に投げ出された。
生物は吼え声をあげたが、船員たちは頑張って網を出し、
この生物との戦いに勝利した。
翌日、この生物の死体が水面に浮かび上がってきた。
その姿は全長30m以上、胴の最大周囲15m、
巨大なワニのような頭で、長さ8cmの牙が24本生えており、
茶色がかった灰色の身体には、幅約1mの明るい縞目が
全体にあったらしい。
捕鯨船の船長は、怪物の頭部を切断し、
大きな塩漬けの桶に入れて、近くにいた船に依頼し、
報告書とともにニュー・ヘッドフォードへ送ったという。
ニュー・ヘッドフォードは、
アメリカのニューヨークの近くにある町だが、
太平洋からそこに荷物を運ぶとなれば、結構な距離がある。
もしこのとき、船に冷凍装置があったとしたら、
もっと詳しくこの生物の正体が、分かっていたのかも知れない。

1875年、イギリスの帆船・ポーリン号が
マッコウクジラと「シーサーペント」が
格闘している現場に遭遇した。
「シーサーペント」は胴回りが2.5〜3mほどあり、
マッコウクジラに、二周巻き付いていたという。
マッコウクジラはオスの成体で、16〜18mほどの体長があるため、
この「シーサーペント」の全長は30m以上と考えられる。
少なくとも、端から見ている限りでは
「ゴジラ対キングコング」に匹敵するような迫力だっただろう。
しかし、これがもし本当だったとすれば、
近くでのんびりとその戦いを見ていては、
とばっちりを食らう可能性もある。
そういうことを考えて、その場を離れたのか、
この戦いの結末がどうなったのか?ということに関しては、
記録に残っていないようである。
胴回りが3mということは、そこから計算してみれば、
胴体の直径は1mほど、ということになる。
これで長さが30mあったというのであれば、
間違いなく、ヘビかウナギ状の生物ということになる。

20世紀に入り、1915年。
ドイツの潜水艦・U-28が、
イギリスの汽船・イベリアン号を撃沈したときに、
汽船の爆発に巻き込まれて、1匹の巨大な生物が放り出された。
潜水艦の乗組員6名の目撃証言によるとその巨大生物は、
体長20mほどのワニ状の生物で、頭は細長く、
足には水かきがあったという。
ことによると、指の間に張られている膜状の水かきではなく、
ウミガメの手足の様に、ヒレ状のものだったのかも知れない。
現在の潜水艦にはソナー(水中音波探知機)が装備されており、
それで水中の様子を知ることが可能になっているが、
この時代はまだ、ソナーは研究段階で
実用には用いられてはいなかった。
もし、このときU-28にソナーが装備されていたら、
もうちょっと、この巨大生物のことが分かっていたかも知れない。

1925年、アメリカ西海岸サンタクルーズに、
謎の生物が打ち上げられた。
この生物は全長が15mもあり、
顔にはクチバシのようなものが確認された。
この生物に関しては、白黒ながら現場写真が残されているのだが、
それを見た限りでは、クチバシのついている頭部は確認できるものの、
身体の部分に関しては、かなりボロボロになってしまっており、
それが本当にヘビ状の身体をしていたのかどうかは、
写真からは判別できない。
ただ、クジラとしてみるには、
かなり頭部が小さいような印象を受ける。

1964年、オーストラリア・クイーンズランド州沖合の
ホワイトサンデー島で、
フランス人写真家のロベール・ル・セレックが、
巨大なオタマジャクシのような生物の影を撮影している。
彼はそのとき、夫人と3人の子供、友人等と一緒に
キャンプをしており、猛烈な嵐で4日間閉じ込められた後、
彼らは海上にランチ(主に港内で使われる小型船)と
ボートで漕ぎ出した。
そのとき、子供が海中に変なものがいるのを発見した。
それは全長20〜25mほどの、
真っ黒で一定の幅で茶色の輪模様のついている、
ウロコの無いヘビのような生物であった。
これが水深2〜3mの海底に、微動だにせずに横たわっていた。
セレックはその姿をカメラに収め、友人と一緒に水中に潜り、
「それ」の6mほど傍まで接近してみた。
するとそこには盛り上がった頭頂部に、縦についた目蓋があり、
青白い緑色の目で睨む生物がいた。
それは突然、口を大きく開けて前進してきたため、
驚いた2人がすぐにランチに逃げると、生物は向きを変え、
珊瑚礁の裂け目からゆっくりと泳ぎ去ったという。
一緒にいた夫人の観察によると、その生物の背中には
1m半ほどの大きな傷口が開いていて、
そこから白っぽい肉質が見えたという。
……。
実に微に入り、細にわたった報告であり、
おまけに不鮮明ではあるが証拠写真まで撮影している。
研究者にしてみれば、格好の研究資料になるはずであるのだが、
残念ながら現在では、この話は全くの偽造であると考えられている。
と、いうのも、この写真を撮影した写真家のセレックが、
以前に詐欺を行なったことがあり、
インターポールに指名手配されたこともある人物だったからである。
さらに悪いことに、この写真を撮った1964年以前から、彼は
「金儲けのために、怪物の写真を撮る」ということを言っており、
この目撃談の信用性を、甚だしく失墜させている。

1977年、ニュージーランド沖で、
日本の漁船・瑞洋丸が巨大な生物の死骸を引き上げた。
通称・ニューネッシー。
「シーサーペント」じゃなくて「ネッシー」かよ、と、
ツッコミが聞こえてきそうだ。
鮮明な写真が撮られ、組織も採取されたが、
本体は腐敗し、悪臭がひどかったため、海洋に投棄された。
写真にはボロボロになった死骸が写されていたが、
これが中生代に実在していたプレシオサウルスの様に見えたため、
一大センセーションを巻き起こした。
後に水産大学の研究グループが、
この生物に関する調査報告書を発表した。
そこでは、怪物の正体については明言されてはいないのだが、
ウバザメの死体であるという説が有力とされた。
どうして、鮫の死骸がプレシオサウルスのように見えるのか?
実は鮫類は硬骨魚類ではなく軟骨魚類であるため、
その死体の骨の残り方も、普通の状態とは違った残り方をする。
ニューネッシーの写真も、2枚のヒレの残骸の上に、
まるで首のような残骸が一本ついているのだが、
これが鮫の頭部がほとんど無くなってしまった、残骸だとしても、
なるほど、なんとかそのように見えなくもない。
いかんせん、写真は鮮明なのだが、
肝心の死骸がボロボロのため、なんとも中途半端な調査しか
出来なかったようである。

これ以降、現在に至るまで、
「シーサーペント」は、世界中で目撃されているが、
ここ最近の傾向としては、一定の海域を根城にしているものが
多くなってきているように感じる。

イギリス・コーンウォールのファルマス湾で目撃されている
6〜12mのサイズの「モーガウル」。
これは頭に角の生えた首の長い生物で、
首の後ろには毛が生えているという。
頭、首とされていることからも、
これはウミヘビ型の「シーサーペント」ではなく、
首長竜に近いタイプだろうか?

アメリカのチェサピーク湾で目撃される「チェッシー」。
目撃証言によれば、背中に瘤のある3mほどの生物で、
頭はサッカーボールの様であるという。
サッカーボールのような頭というのが、イマイチイメージしにくい。
サッカーボール大の丸い頭ということなのか、
あるいはサッカーボールの様に、黒と白のツギハギ模様なのか?
もっともビデオに収められた映像には、左右に身体をうねらせて泳ぐ、
12mほどの生物が映っていたところから見ても、
ひょっとしたら複数のUMAを「チェッシー」として、
まとめて認識してしまっているのかも知れない。
名前のつけられ方などは、完全に「ネッシー」のパクリである。

もちろん、開放された大海原に生息しているわけだから、
一所ばかりで生活しているとは限らないのだが、
やはり「その」場所で良く目撃される、ということは多い。
酷く穿った見方をしてみれば、これは観光客を呼び込むのに
非常に都合のいいUMAであるともいえる。
仮に本格的な調査が行われて、何も見つからなかったとしても、
そのときに別の海域へと移動していた、という言い訳が
立つからである。

この「シーサーペント」に関する目撃情報は、非常に多い。
だが、多いだけに、それぞれの目撃情報ごとに形や大きさに
かなりの食い違いが生じ、統一的なイメージというものが
イマイチはっきりとしていない。
どちらかというと、海で出会った未確認生物は、
とりあえず全て「シーサーペント」ということに
されてしまっているといっても過言では無いようである。
そういう意味では、「シーサーペント」というのは、
「ネッシー」や「ビッグフット」といった、
特定の生物を表す固有名詞というよりは、
UMAといった、1つの概念的なものへと、変化してしまっている。
少なくとも、複数のUMAが「シーサーペント」として、
ひとまとまりにされてしまっている現在では、
その目撃例を年代別に並べて、これを検証するという手法は
全く意味をなさない。
それだけにこの「シーサーペント」に関しては、
他のもので見つけ出した、歴史的なターニングポイントというものも、
見つけ出すことが出来なかった。

いつか、いくつもの「シーサーペント」が、
その生息海域などによって細分化され、
個々に名称を持つようになれば、
そのときこそ、自分の手法も生きてくるのではないだろうか?
「モウガル」や「チェッシー」の例を見ても、
「シーサーペント」の世界で、細分化の流れが起こっていることは、
確かなようである。

この「シーサーペント」に関しては、
それらの細分化がさらに進むまで、検証は不可能のようだ。
残念。

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