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車池の伝説~その3

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前回、「車池」の伝説を、ファンタジー部分を取り除いて、再構成した。

その結果、なんとも陰惨な「人身御供」殺人事件が明らかになった。

今回は、前回とは全く別の点に注目し、「車池」伝説を考察していきたい。

今回、物語の中で注目するポイントは、大蛇の「嫁」という部分だ。

特に「嫁」という部分を軸にして、考察していく。

伝説の中で、大雨に困った村人たちは、その原因を、

池に住んでいる大蛇の怒りだと判断する。

そしてその怒りを鎮めるために、大蛇に「嫁」を差し出そうとする。

日本の民話では、恐ろしいものに「嫁」を差し出して、

その怒りを鎮めようとすることが多い。

相手は竜であったり、大蛇であったり、ヒヒであったりする。

は虫類や、猿に人間の嫁を与えてどうしようというのか、さっぱりわからないが、

民話などではひとつの定番である。

「嫁」というのは、一種の形式上でのことで、

実際には食料として、娘を献上している場合も多い。

同胞を、化け物の餌として差し出すということに、

抵抗があるのかもしれないが、所詮はごまかしである。

大体の物語では、通りかかった侍などが、化け物を退治する。

そういう意味では、この「車池」の伝説は、その定番から外れている珍しい例だ。

助けが来ることもなく、そのまま大蛇に「嫁」入りしている。

しかもその「嫁」入りの場面は、かなり美しく表現されている。

この「嫁」という部分に、注目してみる。

この「車池」伝説の中で、この「嫁」の部分が事実であったとしたら、

どういうことになるのか?

少なくとも、相手は化け物ではあり得ない。

人間の「嫁」を貰うというのなら、相手は人間の男に違いない。

婚姻というのは、同種族間でしか行なわれない。

犬と猫が結婚することはあり得ないし、

人間が蛇と結婚することもあり得ない。

この「車池」伝説の中で、娘が「嫁」になったというのなら、

相手は大蛇ではなく、人間の男だったのだ。

では、この物語が作られたと考えられる江戸時代、

山の中に一体誰が住んでいたというのか?

前々回、「車池」は菖蒲谷森林公園のはずれにある、と書いた。

実は菖蒲谷には小さいながらも集落があり、

そこに隠れるようにして住んでいる、人間たちがいたのである。

もちろん、現在では菖蒲谷は完全に無人である。

しかし森林公園内をぶらぶらと歩き回っていると、

人が住んでいたと思われる民家が、残っている。

一説によると、その昔、源平の戦いで敗れた平家の落ち武者たちが、

各地に隠れるようにして住み着いた。

菖蒲谷の集落は、この平家の落ち武者たちによって作られたものらしい。

「車池」という場所で、「嫁」を迎えたということは、

相手はこの菖蒲谷集落の男だったのではないだろうか?

山中に隠れ住んでいた菖蒲谷集落は、非常に小さい。

恐らくは数軒の家族が、山中に小さな畑を作ったり、狩猟などをしたりして、

細々と暮らしていたに違いない。

隠れ住んでいるので、外界とはほとんど交渉がなかったはずだ。

そんな中で、唯一、わずかながらでも交渉があったのが、

山の麓の「新宮」村だったのだろう。

どうしても山の中では手に入らないもの、例えば「塩」などを、

「新宮」村の人との物々交換かなにかで、手に入れていたと思われる。

ただ人数の少ない集落が、外界との交渉をほとんど持たず暮らして行く場合、

問題になってくるのは婚姻である。

狭い範囲内での、いわば近親婚に近いことを繰り返すことになる。

そうなれば、当然、種としての能力が弱まってくる。

これを回避するために、稀に外界である「新宮」村から

「嫁」をもらっていたのではないだろうか。

当然、隠れ里に嫁ぐわけだから、公的には死亡扱い、ということになる。

だからこそ、嫁いだ娘の墓を作ったのであろう。

それをごまかすために、「車池」の伝説を作り上げたのかもしれない。

こういう考え方もできる。

隠れ里で、小さな集落であるだけに、生まれてくる子供が男か女、

どちらかに偏ってしまった場合、ともすれば里の中での婚姻が、

できなくなる事態もあったのではないか?

生まれてくる子供が男か女かは、どうこうできるものではない。

結果として、村に結婚適齢期の若い女性がいなくなる事態があったのだろう。

その場合も、外界である「新宮」村から「嫁」をとることになる。

隠れ里だけに、町まで出歩くこともできない、窮屈な生活になる。

村の娘たちが、菖蒲谷への「嫁」入りを、いやがったのは当然のことと思われる。

結果として、立場の弱い貧しい家の娘が、貧乏くじを引かされたのだろう。

「車池」から「糸車」の音が聞こえてきたというのも、

近くに住んでいた娘が、本当に「糸車」をまわしていただけのことだろう。

生まれてくる子供のために……、という村人の解釈も、あたっていて当然だ。

なんといっても、そのために「嫁」に行ったのだから。

こういうふうに「嫁」というポイントに焦点をあてて考えた場合、

前回の解釈とは全く違った展開が見えてくる。

「車池」の伝説も、菖蒲谷に隠れ住んでいる人々の存在を、

隠すためのものだったのかもしれない。

そのため、ありもしない水害をでっち上げ、

いもしない「大蛇」を作り上げたのだ。

この解釈では、菖蒲谷に隠れ住んでいる人々をかばう、

「新宮」村の人々の優しさが感じられる。

前回の解釈とは、180度違う捉え方である。

3回にわたって、たつの市「車池」の伝説について考察してみた。

わりとどこにでもあるような、定番の伝説ではあるが、

細かく考察してみると、今まで見えてこなかったようなものまで見えてきて、

実に楽しい。

日本各地に残っている、伝説・昔話の類も、

真面目に考察してみると、そこから意外な歴史的な事件が見えてくる。

そういう所が、歴史のなんとも面白い所である。

しかし、いろいろと考えながら、ふと現実に戻ることがある。

ひょっとしてこんな事件が起こった、と考えているのは自分だけで、

本当は、別に何も起こっていなかったのではないか、と。

そういう所が、歴史のなんとも虚しい所である。

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