いよいよ、日本全体がえらい暑さになってきた。
NHKの夜のニュースでも、トップニュースが猛暑だ。
確か夏になる前は、今年は冷夏になるとか言っていたような気もするのだが、
その予想は見事に外れたようである。
自分が小学生のころ、夏休みのお昼といえば「あなたの知らない世界」であった。
これは昼にやっていたバラエティ番組の、夏の特別プログラムで、
視聴者から寄せられた心霊体験を、再現ドラマで見せるものだった。
これがもう、小学生だった自分にはとんでもなく怖い番組だった。
スプラッタとかホラーとか、映画などとは違う、
体験談ならではのミョーなリアリティが、真面目に怖かった。
ぶっちゃけていうと、あの「あなたの知らない世界」の再現ドラマほど、
怖かったドラマは無かった。
無論、当時、自分が子供だったことも、大きな要因ではあると思うが。
昔は夏になると、テレビなどで心霊特集を、よくやった。
バラエティやドラマだけではなく、自分が子供のころよく見ていた、
特撮番組でも「夏の心霊シリーズ」などと銘打って、心霊ものをやっていた。
いつのころからか、そういうものもなくなってしまった。
この「心霊」というものは、基本的に幽霊話である。
幽霊、というのは、死者が成仏できず、この世に化けて出てくるものらしい。
らしい、と書いたのは、自分がこの幽霊というものを、見たことが無いからだ。
これを見るためには、どうも霊感という才能がいるらしいのだが、
自分はこの才能が全くない。
大学時代の友人に1人、これが見えるという友達がいたが、
友達が見えているからといって、自分が見えるわけでもない。
その友人の性格からして、全くの嘘ということはないのだろうが、
やはりどこか信じられない気持ちがあった。
この幽霊を、絵に描こうとした画家達がいる。
いわゆる「幽霊画」だ。
幽霊を絵に描くといっても、恐らく画家達にも、これが見えていたとも思えず、
あくまでも想像の上で「幽霊」を描いたのだと思われる。
そもそも幽霊といっても、結局描くのは人間の姿だ。
普通の人物画と、大差はない。
やや恨めしそうな顔をしていたり、足が消えていたりするだけだ。
そういう意味では、人物画を得意にしている画家ならば、
「幽霊画」を描くのは、そう難しいことではなかっただろう。
この「幽霊画」を描いた画家の中で、もっとも有名なのが円山応挙だ。
彼は江戸時代中期の画家で、現代まで続く「円山派」の祖でもある。
他にも「幽霊画」を描いた画家が大勢いる中で、
この円山応挙を第一に持ってきたのには、ちょっとした理由がある。
現在では、一般的に幽霊には足が無いもの、ということになっているが、
この「足の無い幽霊」をいうのを、最初に描いたのがこの円山応挙なのだ。
いわば、足の無い幽霊の生みの親だ。
彼の描いた幽霊画は、美しいものから不気味なものまで、様々だ。
現代人の抱く、幽霊のイメージそのものが描き出されている。
まさに幽霊画のパイオニアといえる。
彼の弟子の中にも、幽霊画を手がけていた者もおり、
幽霊画というのは「円山派」のお家芸のひとつといえる。
当時の絵は、フスマや屏風に描かれたもの以外は、
掛け軸にされることが多かった。
掛け軸にする、ということは、床の間にこれを飾ったということだが、
一体何を考えて、大切な床の間に幽霊画を飾ったりしたのだろうか?
ひょっとしたら「怪談」を楽しむ集まりなどの時に、
例外的に「幽霊画」が飾られたのかもしれない。
現在のように明るい照明の無い時代、
ほのかな行灯の光に照らされる「幽霊画」は、どれほど不気味であっただろう。
福島に「幽霊画」で有名なお寺がある。
その名を金室山、金性寺。
真言宗の寺院である。
このお寺は、実に86幅もの「幽霊画」の掛け軸を所蔵しているのだ。
毎年、8月16日、17日に、この所蔵している「幽霊画」を公開している。
これだけの幽霊画を鑑賞できるのは、恐らくここだけだろう。
一応、「供養」ということになっているので、
絵の前には、小香と花が供えてある。
ここの幽霊画、最大の目玉は「津軽の雪女」である。
雪女は幽霊ではなく、妖怪では?と思われるだろうが、
これは長年の奉公を終え、故郷に帰る途中で不慮の事故に遭い、
なくなった少女の幽霊である。
他の「幽霊画」が多かれ少なかれ、不気味さが漂っているのに対し、
この「津軽の雪女」はただひたすらに儚く美しい。
というか、怖さが無い。
設定の上では、誰かを恨んで亡くなったわけではないので、
その姿に悲しみは感じられても、恨みは感じられない。
作者不明、製作年代不明の作品だが、恐らく江戸時代のものではないだろう。
現在でも通用しそうな、タッチで描かれている。
これなら普通に飾っていてもいいな、と思える美しさだ。
TVから「心霊」特集が姿を消して、久しい。
昨今の猛暑を顧みれば、そろそろ本当に怖い「心霊」話で、
肝の冷えるような思いをしてみたいものだ。