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ノストラダムスの大予言〜その1

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現在の若い人たちには、全く分からない話かも知れないが、
全世紀末、つまり現在から2〜30年ほど前には、
1999年に人類が滅亡すると考えている人たちがいた。

もちろん、これを盲目的に信じ切っている人は極少数だっただろうし、
そのために、具体的な、何らかの対策をとっていたという人は
ほとんどいなかっただろう。
盲目的に人類が滅亡すると信じている人より
遥かに多くの人が、そんな話は嘘っぱちだと信じており、
恐らくはそれよりも多くの人たちが、
1999年に何かが起こるのかな?という半信半疑な気持ちを持っていた。

現在、21世紀に入り、20年近い時間が経過して、
相変わらず人類は滅亡せず、地球上にはびこっていることから、
この1999年に人類が滅亡するというのは
「嘘」だったということになるのだが、
そもそもの所、どうして1999年に人類が滅亡する、
なんていう話が出てきたのだろうか?

これも、ある程度年齢のいっている人なら、皆知っていることであるが、
1999年に人類が滅亡するという話が、
ノストラダムスという予言者の書いた予言書に載っていたからである。
20世紀後半、日本でも幾度かのオカルトブームが巻き起こり、
その怪しいブームの中で、繰り返して取り上げられたのが、
ノストラダムスの予言書である。
日本では「ノストラダムスの大予言」という呼び方で知られている。
これは、作家・五島勉が1973年に出版した本で、
フランスの医師であり、占星術師でもあったノストラダムスと、
彼の書いた「予言集」について取り上げたものであった。
この中では、先に述べた「1999年に人類が滅亡する」という
予言の解釈を掲載していたこともあり、
当時、オイルショックや公害問題などで
社会不安が増大していた世相の中で、大ヒットした。
この「ノストラダムスの大予言」はシリーズ化され、
問題の1999年直前である1998年まで、
全10冊が出版されることとなった。
このシリーズ作品は、どれもそれなりに売り上げを上げていたようで、
ベストセラーランキングにもしばしば登場していた。
まあ、それだけ皆、ノストラダムスに興味があった、ということだろう。

ここで、そもそもの発端である「ノストラダムス」という人間について
注目してみよう。
彼は1503年、フランス南部の地中海に近い
プロヴァンス地方で生まれた。
亡くなったのは1566年というから、おおよそ16世紀の初めから
中ごろにかけて生きていたということになる。
日本では室町時代の終盤であり、
「ノストラダムス」の人生の終盤辺りが、
日本で織田信長の誕生した辺りになっている。
本名は、ミシェル・ド・ノートルダム。
「ノストラダムス」というのは、この「ノートルダム」を
ラテン語で表したものだ。
現代の人間には、予言者としてのみ
その名を知られている「ノストラダムス」だが、
彼はその人生の前半部分、というか大半を医者として過ごしている。
フランス南部でペストが大流行した際には、
積極的にこの治療にあたっており、医者としても活躍があったようだ。
後の伝説では、ノストラダムスはこのとき、
ネズミがペストを媒介することに気付き、ネズミ退治を命じたり、
酒や熱湯などで住居や通りを消毒したり、ペスト患者の死体を
火葬するように指示したといわれている。
これらが事実であるならば、正に時代を先取りしている様な医療技術を
ノストラダムスが持っていたことになるが、
恐らくこれらの話は、後に予言者として彼の名前が高名になってから、
創作されたものだろう。

後年、このころの経験を生かしたのか、
「化粧品とジャム論」なる本を出版している。
後年出版される「予言集」などと比べると、
そのタイトル名のギャップに戸惑ってしまう。
これは2部構成になっている小論集で、
第1部では美顔料や香料の作り方など、
第2部ではハチミツ・砂糖・濃縮ワインなどをたっぷり使った
いくつかのジャムの作り方が載っている。
この第1部の中に、彼がペスト治療の際に用いた
治療薬の処方箋なども含まれているのである。
「化粧品とジャム論」などという、いかにも
ちょっと気取ったタイトルがついているが、
化粧品やジャムのレシピ集の様なものだったのではないだろうか?
「予言集」ほどではないものの、この「化粧品とジャム論」も
人気を博し、16世紀中に10回以上も再販されている。
そういう視点から見ると、彼はなかなかの
売れっ子作家であったともいえるだろう。

彼が、我々の知っている様な「予言者」としての面を見せるのは、
1550年代に入ってからのことである。
大仰に「予言者」といっても、実際には占星術で未来のことを占い、
それを文章にして販売する、というのが彼のスタイルだったようである。
「暦書(アルマナック)」と呼ばれる、来年のことを予言したものを
刊行し、これを毎年販売していった。
まあ現代でも、年末などになると高名な占い師が
来年のことを占ったものを本にまとめ、
これを書店などで販売しているので、暦書の販売は
占い師としては、わりと一般的なことなのかも知れない。
このノストラダムスの「暦書」は大変な評判となり、
予言者・ノストラダムスの名前を大きく上げることになった。
そしてその名前が大きく売れた所で、大々的に販売されたのが、
より先の未来を視野に入れた「予言集」である。
1555年に発売されたこれは、正式には
「ミシェル・ノストラダムス師の予言集」というタイトルであった。
当然、こちらの方も大きな反響を巻き起こすことになる。
(まあ、400年以上後の現代ですらブームになるのだから、
 当たり前といえば、当たり前なのかも知れないが……)
この「予言集」の評判は王宮にまで聞こえ、
やがてノストラダムスは国王をはじめとする王族たちを相手に
占星術師として、占いを提供するようになっていく。
もうここまでくれば、占い師としては
頂点を極め尽くしたといっていいだろう。
彼は大きな名声を手に入れ、王族たちの信頼も勝ち取った。
ただ、やはり一部には、彼に対する批判勢力もあり、
彼の予言の曖昧さについても、苦情が入ることもあったらしい。
(彼の予言の曖昧さについては、現在でも
 多々突っ込まれていることであるが、
 逆にいえば、そういう部分を予言の中に含んでいたからこそ、
 彼の予言はその解釈の幅を大きく持ち、
 高い的中率を出せたのだともいえる)

今回は、ノストラダムスという人間がどこで生まれ、
どのような人生を送ったのか?ということを重点的に書いてきた。
次回は、彼の残した「予言書」の中からいくつかの予言を取り上げ、
それについて色々と検証してみたいと思う。

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